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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
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2-21 冴えたやり方のその次の

 ヤシャは全体に装甲を貼りつけまくった打ち上げ型ヘリウムタンクの先端に仁王立ちしていた。

 長大なレールガンを槍のようにタンクの壁に突き立て、タンクミサイルの推進方向に直立している。頭が敵にまっすぐ向いている形だが、もともとヤシャは人型でも「頭から飛ぶ」のが基本のため特に困らない。


 ヤシャは関節の自由度が無駄なほど高い。その気になれば両腕を組んだ姿勢も可能なようだが、今回は増設したプロペラントタンクで着ぶくれしているために諦めた。


 タンクミサイルは加速を続け、ある程度の速度で待ちに入った。

 一刻も早く接敵したい。それがリョウハの望みだが、スピードを上げすぎて帰れなくなるのは怖い。それに、金剛・改に対する相対速度という意味ではスピードが上がっているが惑星ブラウに対する軌道速度という意味では減速しているのが恐ろしい。現在の運動量のまま慣性航行を続けても、たぶん惑星上に落下することはないだろう。だが、惑星表面に極めて近接した楕円軌道を描くことは間違いない。異常発光を続けるブラウにどこまで近づいたら致命傷になるか、それを判断するにはデータが不足しすぎている。


 敵艦と衛星シンジュをつなぐ直線上に居続けるように軌道修正しながら進行する。

 反陽子砲の直撃を受けたらどんな装甲があろうとひとたまりもない。戦艦ビッグアイの設計思想からして近づいてくるミサイルはすべて迎撃するはずだ。


 反陽子砲に代表されるビーム兵器は実体弾に比べて圧倒的にスピードが速い。だが、どんなに速いビームでも光速を超えることはできない。金剛・改がビッグアイの攻撃を回避しえたように、距離が遠くなれば命中率は落ちる。

 対して実体弾兵器の利点は敵をホーミングして追いかけられることだ。残念ながら大気のない宇宙空間では弧を描いて追いかけるようなことは不可能だが、発射された後に多少なりとも軌道を変更できることは大きい。遠距離ならば着弾まで時間はかかるが実体弾の方が命中率は上なのだ。


 では、遠距離ならばミサイル、近距離ならばビームを使うのが有利なのだろうか?

 そんな事はない、すべてビームで賄うべきだ。という設計思想でつくられたのがビッグアイだ。遠距離なら破壊力に優れた反陽子ビームで薙ぎ払う。相手がミサイルを撃ってきたら着弾前に撃ち落してしまえば良い。

 この設計思想が正しいかどうかはもうすぐ一つの答えが出る。


 リョウハとしてはビッグアイの能力が公式に発表されている物だけなら何とか攻略できるつもりでいる。

 ただし、楽観はしていない。

 軍事機密の壁という物はろくに戦争をしない軍隊においても厚いのだ。絶対に何か隠し技があると確信している。早い話が彼自身の能力だって公式発表されているものと実態とでは違うのだ。


 リョウハはずっと敵の観察を続けていた。

 近接防衛用の小型宇宙機でも搭載しているか、敵に探知されないようなステルスミサイルでも撃って来るかと警戒していた。


 何もない。

 何も起こらない。


 拍子抜けすると同時にリョウハはますます警戒を強めた。


 そして、ヤシャがビッグアイに、金剛・改が衛星シンジュに近づいた時、それは始まった。

 巨大な眼球のようだったビッグアイが変形を始めた。つぼみが花開くように中央の反陽子砲を中心に十字に広がる。広がった殻の内側からさらに外へと面積を広げる。


 あれは何をやっているのだ? 自分から被弾面積を増やすような真似をなぜする?


 そう自問してからリョウハは答えに気付いた。金剛・改を相手に被弾面積を増やしても問題ない。どうせ応射できる武器など持っていない。

 そして四方に花弁を広げたのは長距離ミサイル(こちら)に対応する武器がそこにあるからだろうか? あるいは長距離狙撃のために艦の安定性を増す効果でもあるのかも知れない。


 ビッグフラワーとでも呼ぶべき姿になったビッグアイがロケット噴射をおこなう。

 敵艦の推進軸は反陽子砲と直行している。

 砲口をこちらに向けたまま横方向への加速ができる。


 来る!


 横へスライドするビッグアイ。

 近づいているタンクミサイルがシンジュとの直線上から外れる。


 脚についた「手」で機体を固定しつつミサイルにも全力噴射させる。

 ビッグアイの未来位置へ向けて加速する。


 反陽子ビームが発射される。

 幸い、相手も加速中なせいか狙いはあまり正確ではない。外れな斬撃が二度三度と振り回される。

 リョウハはその斬撃をことごとく見切った。加速と加速停止で避けられる攻撃はそれで回避する。


 が、それも限界が来た。どうやっても避けられない斬撃が正面から襲ってくる。


 リョウハは追加装甲の群れを分離させた。

 ヤシャもタンクから緊急離脱する。


 反陽子の奔流がタンクに襲いかかる。

 もちろん、おこるのは大爆発。真空中だから衝撃波はない。代わりに猛烈な発光と放射線が襲ってくる。

 リョウハはそれをプロペラントタンクで受けた。中身が未使用のままとはもったいないが、この至近距離からの放射線ではまともに受けたら耐性のあるリョウハですら耐えられない。

 タンクは放射線とともに高熱を浴びて破損した。ただの邪魔物となったそれを投棄する。


 これだけの大爆発だ。相手のセンサーにも影響が出ているはず。分類からすれば小型の宇宙機に過ぎないヤシャなど見失っていてもおかしくない。

 今の砲撃をしのいだ以上、戦いの流れはリョウハの側に有利だ。


 レールガンの砲身を伸ばし、長距離狙撃モードで攻撃する。

 ビッグアイに接近するために加速したヤシャと金剛・改に近づくために加速したビッグアイ。両者の相対速度は恐ろしいほどの物になっている。戦艦と比較したら豆粒のような大きさの砲弾でも、命中すれば相当な破壊力となるはずだ。


 射撃直後にすぐ近くに分離した装甲版を発見する。

 人型のままのヤシャはその上に着地する。その場所でもう一回射撃。そして、装甲を蹴って位置を変える。

 バーニアを吹かさずにいれば、その分敵に探知されにくいはずだ。


 レールガンの効果が出るより先に反陽子砲の攻撃が来る。

 ヤシャとは見当違いの所を薙ぎ払うが、それでも浮遊する装甲版がいくつかまとめて爆散した。


 装甲版の間を飛び移りながら狙撃を続ける。

 装甲の中には自律機械が接続されたままの物もある。そういった装甲は自分でも動けるのでいい囮になる。


 最初に撃った砲弾がようやくビッグアイに近づく。

 さて、効果のほどは?


 命中するはるか手前で爆散した。

 迎撃された?

 少し違っていた。ビッグアイからウネウネと触手のような物が伸びていた。触手からはさらに繊毛のようなワイヤーが漂っている。


 コットン・テンタクル防衛機構。


 飛来する実体弾を受け止め、進路を逸らすための特殊装備だ。

 本来なら砲弾を横に逸らして艦本体を防衛する装備だが、今回は相対速度が大きすぎたため繊毛ワイヤーが接触した途端、砲弾もろとも吹き飛んだ。


 続けて撃った砲弾が同じように次々に防御される。

 触手の数も無限ではない。敵の消耗を強いているはずだが、戦艦と宇宙機では質量が違いすぎる。あの触手防御を突破するには砲弾の数が、鉄量が足りない。


 宇宙を漂う装甲を直接ぶつけられれば良いのだが、この場にある装甲の大半は軌道変更の能力を持っていない。無誘導の塊など、敵艦の周辺100キロメートル以内を通過すればマシな方だろう。自力で移動できる装甲もその機動力はビッグアイの1%あるかどうかだ。


 ならばどうする?


 触手防御が間に合わないほどの近くから砲弾を撃ち込むしかない。


 変形。

 宇宙機モードへ。各部の関節がロックされる分、こちらの方が推進力のロスが少なくなる。投影面積が少なくなるのもメリットだ。

 突撃するならこちらの方が良い。


 はく離した装甲の間から高加速で飛び出す。


 当然、敵に位置を捕捉される。


 来るだろう。

 反陽子ビームのスピードと比べたらヤシャの加速だって何ほどでもない。


 リョウハは触手防御の不自然なそよぎを見た。砲弾に対する防御とは関係なく動く。


 道を開く?


 何の道?

 反陽子ビームの通り道だ。


 リョウハはビームが発射される前に反応した。

 機体を「通り道」から外す。ビームが機体をかすめて宇宙空間に消えていく。


 ビッグアイは実体弾を発射した。近接防衛用の炸裂弾、

 リョウハが亜光速物体を迎撃した時に使ったのと同じ、破片による爆散円で敵を包み込む兵器。


 ヤシャは最大加速。20G。

 有人機としては常識外の加速で敵の狙いをそらす。爆散円が広がる前にその横を通り過ぎる。


 砲身を縮めたままのレールガンを乱射する。

 狙撃モードにする意味はないと判断。レールガンの初速よりビッグアイとの相対速度の方が大きいのだ。

 今は手数をかせぐ。


 もはや至近距離。


 刹那の判断。


 言葉として考えるほどの時間はなかった。ただ、感じた。この攻撃でもビッグアイは健在であると。


 近距離から発射された弾体は戦艦に損傷を与えるだろう。だが、触手防御はバイタルパートを守りきる。

 その未来が見えてしまった。


 もう今にもヤシャはビッグアイの横を通り過ぎる。

 そうなったらレールガンは届かない。


 後方から一方的になぶり殺しされるぐらいなら、このままヤシャを敵にぶつけてしまおうかと思う。

 が、女の子との約束の前にその考えは消える。


 たった一つしかない冴えたやり方は要らない。

 次善の策だ。


 緊急時用の操作。

 核融合炉の投棄。

 ヤシャの下半身を丸ごと分離する。


 下半身をミサイルとして使用し、コクピットのある上半身は離脱する。


 ヤシャの下半分が触手防御と接触する。

 小型の宇宙機のさらに半分といえども砲弾よりはずっと大きい。そして、ヤシャの外装は単分子ワイヤー帷子装甲だ。反陽子ビームを防ぐ能力はないが、繊毛ワイヤーとの接触程度には耐えた。

 下半身ミサイルは崩壊しながらも触手を押しのけてビッグアイの中枢部に到達した。


 その運動エネルギーだけでも恐るべき破壊力だが崩壊する機体からはさらに超高熱のプラズマジェットも飛び出した。核融合炉の崩壊によるものだ。

 花開いたビッグアイの中心部はひしゃげた。そしてプラズマジェットに引き裂かれた。


 巨大戦艦が誘爆する。


 リョウハの乗るヤシャの上半身が通り過ぎた後のはるか後方での出来事だが、過大な破壊力を持つ戦艦はその爆発もまた凄まじかった。

 またもや襲ってきた放射線を残っていた二つ目のプロペラントタンクでガードする。


「敵戦艦ビッグアイの完全破壊を確認。……状況、終了」


 リョウハは口に出して確認した。

 喜びはなかった。負けてはいない。だが、到底勝ったとは言えない結果だ。


「こちらの損害、下半身の完全消失。メイン動力の核融合炉がなくなった」


 推進剤はまだある。だが、それを有効に使うエネルギーがない。

 生命維持程度なら問題ないが、今のヤシャには通常のトミノ式程度の能力しかない。これでは金剛・改に帰れない。


「すまん、ヒサメ。約束を守れなかった」

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