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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
38/69

2-20 一撃離脱型強襲兵器

 リョウハ・ウォーガードとその専用機ヤシャは再び宇宙を駆けようとしていた。

 もともと出撃準備は完了していたが、それはあくまで迎撃戦闘の準備だ。結局おこなわれるのは長距離侵攻作戦。カタパルト上に固定したまま色々と換装し直した。


 通常火器としてはかなり強力なレールガンがまっすぐ前方に伸びている。ヤシャの運動性はこれによってやや低下しているはずなのだが、見た目の印象だけだと高機動型になった様に見える。レールガンの反対側に取り付けられているのは長距離用のセンサーユニット。ヒカカ班長は左右のバランスをとるためのカウンターウエイトとして装備したと言っていたが、今回の出撃では思いかけず重要な装備となった。

 それ以上に重要なのが前回使い潰した物と同様のプロペラントタンクだ。完全に同じ物は用意できずメーカー違いとかで細部のデザインは異なっている。取り付け位置もやや前方に調整された。このタンクが無ければヤシャは敵艦まで行きつくことは出来ても帰還は不可能になる。


 いや、帰還が不可能なだけでは済まない。

 今回の出撃では後ろから追いかけて来るビッグアイに対して突撃する形になる。すなわち、ヤシャは軌道速度を失う。衛星軌道上で軌道速度を失えばどうなるか、答えは惑星への落下だ。未だに歪な形状をして不気味な光を放つ惑星ブラウへの落下は死以外の何物ももたらさない。


「おい、大将。どう考えてもこの出撃は分が悪いと思うんだが」


 プロペラントタンクの取り付けとチェックを終わらせた後でヒカカ・ジャレンは言った。

 リョウハはヒサメから新たに送られてきた大量のデータに目を通しながら応じる。


「良くはないな。だが、亜光速物体を攻撃した時ほど悪いわけじゃない」

「それは比較対象に問題があるぜ。記録を見たが、天文学的な確率だったじゃないか。……それに、その時は失敗しても状況が悪化する訳じゃなかっただろう」


 どちらかと言うと成功して悪化した気もするが、深くは考えない。


「今回だって失敗しても金剛の状況は悪くならない。そうでなければこんな提案はしない」

「自分一人の犠牲で済むなら許容範囲内だ、なんて言い出したらまた殴るぞ」

「いや、民間人の安全を確保した上で戦闘要員が命をかけるのは当然だと思うんだが」

「大将、やっぱり一度、こっちへ出て来い。ぶん殴ってやる」

「理不尽だ」

「馬鹿野郎。俺たちだってただ守られてやるつもりはねぇよ。だいたい、軍なんて組織自体が崩壊しているんだ。俺たちの間に立場の違いなんかねぇ!」


 無線の向こうで息巻く班長にリョウハは冷静に応じる。


「それは認識の違いだな。俺は生まれた時から軍人だったし、死ぬ時も軍人として死にたいと思う」

「アホウ! そういうセリフはせめてあと10年は生きてから言え。いいか、必ず生きて帰ってこいよ。戻ってきたら色々と鍛え直してやるからよ!」

「お手柔らかに頼む」

「そう言えば、お前さん、酒は飲めたっけ? 肉体的には成人なんだよな」

「前に一度だけ呑んだが……」

「弱いのか?」

「ザルとか枠とか呼ばれた。最後には水でも呑んでいろと怒鳴られた。俺にとってはアルコールとは高カロリーの飲み物でしかないらしい」

「酔えないのかよ」

「血管の拡張作用はわかるぞ。あの苦みも嫌いじゃない」

「もういい、話すな。死にたくなる気持ちがよくわかる。……人体工房って所の非人道性をあらためて認識したぜ」


 人生の愉しみの過半を奪う暴挙にヒカカ・ジャレンは戦慄した。涙を流しているらしい気配があった。

 リョウハはまったく気にしていないのだが。


「そろそろ出撃する。作業員の退避は?」

「終わったが、もう少し待ってくれ。姫様の準備があと少しだ。カタパルトはまだ使えない」

「?」


 格納庫のハッチが開いていく。

 その向こうは宇宙空間……ではない。新しく取り付けられた装甲が進路をふさいでいる。


「装甲と船体の間を通って外へ出るのも可能だが、毎回それでは疲れるからな。今、装甲を組み替えてもらっている」

「了解した」


 見ていると増加装甲が動き出した。明瞭な宇宙空間(クリア・エーテル)が現れる。


「進路クリアー。カタパルトよろしく」

「了解。5、4、3、2、1。射出」


 軽い衝撃とともにヤシャが宇宙空間に放り出される。

 今回は核融合炉の起動のようなイベントはない。ジャイロ操作で機首をビッグアイへ向ける。

 長距離用センサーで敵艦を捕捉。敵もこちらに向けて加速中のようだ。ビッグアイの砲口はその推進軸とは一致していない。すなわち、こちらへ向けて加速中なら砲撃される心配はない。もっとも、球型艦は旋回性に優れている。あっという間に回頭を完了させて撃ってくる、何てこともあり得る。油断はできない。


 レールガンの動作を確認する。

 長距離狙撃モードへの移行、砲身部分が3倍ほどに伸長する。

 レールガンも火薬式の大砲と同様に砲身が長い方が初速の速い弾を撃てる。そして、内部にガス圧をためなければならない大砲と違って、レールガンの砲身にはそう大きな強度は必要ない。だから伸縮式などという無茶もできる。伸ばしたまま振り回したら破損するそうだが。


 リョウハはここから敵艦を狙撃してみようかと思案する。

 が、ちょっと考えて無駄で無意味な行動だと気づく。砲身を伸ばしたレールガンの初速は速いが、それはあくまでも「初速」に過ぎない。継続して加速が続けられるヤシャの方が最終的には大きな速度が獲得できる。ここから撃っても途中で砲弾に追いつき、追い越してしまうだろう。


「リョウハ・ウォーガード、ヤシャ。これより敵戦艦迎撃に発進する」

「こちら第二管制室、フウケイ・グットードです。その前に中尉にヒサメさんからプレゼントがあります」

「戦力の増強になるものなら何でも歓迎する」


 金剛・改もまた回頭を始める。支援射撃を行う方法でも考え出したのだろうかとリョウハは思案する。


「中尉、これは私からの追加情報です。航路計算上、シンジュの大気圏に突入しようとすると、シンジュを盾に取れない時間がどうしても発生します。特に大気圏突入直前が危ない。もちろん、どの瞬間が危険かはこちらにも分かるので回避に全力を尽くしますが……」

「皆まで言うな。そうなる前に俺がヤツを撃破すれば済む話だろう」

「そういう事です。あなたの大切な人を守りたかったら絶対に勝ってくださいね」

「……任務、了解した」


 これもまた一種の激励なのだろう。


 旋回を終えた金剛・改から大量の追加装甲が分離する。船体の主要部分の装甲はそのままで、翼の上面の装甲が剥がれている。そして、ブースターとして使われていた打ち上げ型ヘリウムタンクも一基、船体から離れた。

 剥がれた装甲がヘリウムタンクに集まっていく。


「これは、打ち上げ型タンクをミサイル代わりに使用するつもりか?」

「そう」


 リョウハのつぶやきにヒサメの声が応じた。


「大気圏に突入するなら翼の部分の装甲は空力の邪魔。船体が軽くなるならブースターの一基ぐらいは惜しくない」

「こんな物に直撃されてくれるほど戦艦は甘くないぞ」

「分かっている。でも、追加装甲は十分な速度を得たらもう一度分離もできる。リョウハが接近するための盾にも隠れ蓑にもなるはず」

「そうだな。十分な支援だ。ありがとう」

「どういたしまして」

「ついでに便乗させてもらう」


 リョウハはヤシャを人型に変形させた。

 取り付け位置の変更でプロペラントタンクを装備したままでも変形が可能になっている。着膨れしたように不恰好なのは仕方がないとあきらめる。

 ヤシャはそのまま打ち上げ型タンクミサイルの上に立った。

 タンクミサイルと比較したらヤシャの大きさなど「豆粒」とまでは言わないが「おもちゃ」程度の物ではある。ヤシャが便乗したところで重量に大きな違いはでない。このままミサイルに乗っていけばヤシャの推進剤が節約できる。何もない宇宙空間においては推進剤の残量こそが行動の自由度を決める。


 今度は第一管制室、レツオウから通信がつながった。


「リョウハ君。君だけに負担を押し付けることを心苦しく思うよ。だが、金剛がシンジュに足止めされることになったら、ブラウ惑星系全体の復興は10年は遅れることになるだろう。すまぬが……」

「そういう時の言葉は単純に死んでくれ、で良いのですよ」

「私にはそんな事は言えない。必ず生きて帰ってきてくれ。敵の撃破より君の生存を優先するように。いいね」


 それは不可能です。

 答えようとした言葉をリョウハは飲みこんだ。

 今回の戦いは反航戦になる。運動エネルギー兵器であるレールガンは敵に近づいていく間は強いが、すれ違ってしまったら役立たずとなる。対して敵の反陽子砲は後ろから狙い撃ってもまったく問題ない。むしろ、衛星シンジュという邪魔物が無くなって攻撃しやすくなる。

 結論としてこの戦いは近づく間に勝つか後ろから攻撃されて負けるかの二択であってお互いが生き残るような結末はあり得ない。相打ちなら可能性があるが。

 だが、レツオウもどこかで聞いているヒサメもそんな言葉は聞きたくないだろう。

 リョウハとしては敵の撃破に全力を尽くせばそれで済む。


「了解しました」

「リョウハ、タンクミサイルの発射準備完了。そちらにコントロールを渡します。……ええと、ゆー・はぶ・こんとろーる?」

「アイ・ハブ・コントロール。制御はもらった」


 ヤシャはタンクミサイルの先端から金剛・改に向けて敬礼を送った。


「では、行ってくる。必ず生きて帰る」


 本来、惑星ブラウの大気圏を離脱するために使われるロケットに点火する。

 強烈なGがリョウハの巨躯をシートに押さえつけた。

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