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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
37/69

2-19 カウンターアタック

 フウケイ・グットードは普通の青二才である。

 遺伝子プールを維持するために遺伝子改良をまったく行わずに続いた家系の出であり、そのあたりはランフロール女学院の生徒たちと通じるものがある。

 遺伝子的には完全にノーマル。

 外科的な強化処置もなし。

 強化なしで天才だとか凄い才能を秘めているとかも無い。

 宇宙船においては単なる数合わせとして誰にでもできる仕事をしているだけだった。


 しかし、それは昨日までの彼。

 先日、彼は謎の存在に殺されかけ、生命は助かったものの脳に障害を負った。障害を補うために脳にチップを埋め込んでもらった。


 ヒサメ・ドールト製作、カグラ・モロー執刀による脳内チップの埋め込み。

 彼女らを知るものならだれもが言うだろう、その二人にタッグを組ませたら駄目だと。あるいは、単に「混ぜるな危険」。


 脳チップを得て目覚めた後、フウケイは文字通り「目が覚めた」ような気分だった。

 生身の脳だけで生活してきた間の知的活動など、今の彼からすれば眠っていたに等しい。演算能力も空間把握の能力も格段に向上している。

 今の彼が以前の彼と同一人物と呼べるかどうか心配になるレベルの能力向上だったが、彼自身はそれを良しとした。

 生身のままでも普通に暮らしていけるのならそれでもいい。だが、今は違う。ヒサメとリョウハ、突出した能力を持つ二人に助けられ、二人に生かされる形で足手まといになり続けるなど彼にもごめんだった。

 何といっても二人はまだ十代。リョウハに至ってはわずか12歳児に過ぎないというではないか。


 力が欲しい。そのためには悪魔に魂を売り払う事も厭わない。

 それが彼の本音だった。


「アイ・ハブ」


 リョウハから船のコントロールを受け継いだ時、彼の心は震えた。

 彼はもう敵に何の抵抗も出来ずに殺される存在ではない。きちんとした戦力であり運命にあらがう力を持っている。


 彼は敵艦ビッグアイと金剛・改、衛星シンジュの位置関係を思い浮かべる。

 今の彼ならば三者が一直線上に並ぶための軌道変更など暗算で十分だ。第二管制室の二等航海士時代から使い慣れたシートについて船を操る。


 金剛・改が明確な目的のもとに運行を再開したことで、反陽子砲の攻撃が再開された。

 二発、三発と襲ってくるが、そのたびにリョウハのコントロールにより攻撃を回避。または受け流す。


 フウケイはそれをかすかに不満に思った。

 今の自分ならば同じような回避行動はできそうだ。もっとも、それを口に出すことはしなかった。敵艦が同じ攻撃を繰り返すなら彼でも対処できるかもしれないが、何か新しい戦術を取られたら彼ではどうしたら良いか分からなくなる。


「よし、うまいぞ。直線上に入った。シンジュを気にする限り、相手はしばらく攻撃できない」

「人間の盾を使うのはあまり好みではないがな」


 レツオウとリョウハがそれぞれ喋った。

 人間の盾、衛星シンジュには観測基地がある。威力がありすぎる反陽子砲は基地に被害をもたらす危険なしにはシンジュに直撃させられない。

 ほっと息をつくフウケイだった。


「船長、この先の行動について何か考えは?」

「……ありません。中尉、反撃は不可能なのですよね?」

「距離が離れすぎている。長距離攻撃が専門の戦艦がこちらに致命傷を負わせられないほどの距離だ。こちらの攻撃なんか届くわけがない。正直なところ、シンジュを盾に取れたといっても状況がさほど変わったわけではない。ビッグアイは接近してくるし、近づかれたらシンジュを盾にし続けるのも難しくなる。相手の攻撃再開のタイミングがわかるようになった程度だな」

「そうですか。では、可能な限り速やかにシンジュに接近、大気圏に突入することを提案します。シンジュに降りてしまえばビッグアイには何もできないでしょう」


 名ばかりでなくなった船長の提案にレツオウは唸り、リョウハは沈黙した。


「フウケイ君。それではビッグアイが存在する限り、我々は二度と宇宙に戻れなくなるぞ」

「ですが、敵艦を撃破する方法がない以上、次善の策を選ぶしかありません。とりあえず命をつないでおけば、あとは交渉でどうにかすることも可能なのでは?」

「その交渉が難しい。というか、無理だ。あちらの艦長に取次ぎを頼んでも全く応じてこない。バロン艦長はおそらく言葉を話せる状態ではないのだろう。あの戦艦は長命者の艦長の権限を自動機械が勝手に使って暴走しているのだと推測できる」

「中尉もダメ、司令もダメ。状況の打開が可能なのはヒサメさんぐらい?」


 機械少女も会話を聞いていたようだ。

 遅滞なく反応してくる。


「私も無理。戦艦のハッキングも平時なら面白そうだけど、その場合も司令部から連鎖的に攻略することになったと思う。既に戦闘態勢に入っていて司令部は物理的に消滅。ほぼスタンドアローンで動いている戦艦を乗っ取るのは不可能」

「致し方なし、か。非常に残念だが、フウケイ君の案で行くしかなさそうだ」

「それでは戦略的な敗北となる。……気に入らないな」


 レツオウは同意した。が、リョウハが一人で険悪な空気をまとっている。

 この男はずいぶんと負けず嫌い、とまで思ってからフウケイはゾッとした。

 リョウハの実年齢を思い出したのだ。ホルモンバランスはとれているから日頃の落ち着きはある。高い知性もあるから大抵の事には対処できる。しかし、致命的に人生経験が足りない。

 最強の戦闘用強化人間は負けず嫌いなのではなく、その強さにより「負け方を知らない」のではないだろうか?

 ほどほどのところでの敗北を認めることが出来ず、勝利するためにどんな無茶でもやってのける。それが彼の強さの源泉なのでは?


「中尉殿、何か不穏な事を考えていませんか?」

「別に不穏ではないぞ。ビッグアイを破壊する方法を考えていただけだ」

「それは不可能だとあなた自身が言っていたのでは?」

「問題という物は何が問題なのかがはっきりした時点でその半分が片付いているというのが俺の持論だ。この場合は敵に届く武器がない、というのが問題だ。ならば簡単だ。こちらの武器が届く距離まで近づけばいい」

「本気ですか? というか正気ですか? 本物の戦艦に接近戦を仕掛けるなんて、できるとは思えません」

「危険がないとは言わない。だから、金剛はこのままシンジュを目指してほしい。俺はヤシャで出る。金剛と同じくシンジュを背負って接近すれば至近距離まで近づけるはずだ。こちらの武器が届く距離なら俺は負けない」

「直径400メートルの球型艦を全長10メートルそこそこの宇宙機で破壊できるわけがないでしょう」

「変形したらもう少し大きくなるぞ」

「手足の長さは普通、宇宙機の全長に含めません!」


 フウケイはこれは絶対に認めてはならない事だと思う。

 リョウハの主張する作戦はあまりにも無謀だ。恐れを知らない少年(ガキ)の所業だ。大人としてこれは叱ってやらなければならない。


「中尉、あなたが異常に強いのは理解しました。軍事用の強化人間として生まれたあなたの戦闘能力は私などの想像を絶している。ですが、今回は相手も軍艦ですよ。それも、莫大な資金と長い時間を費やして建造されたブラウ惑星系最強の戦闘艦です。いくらあなたが肉弾戦最強でも相手の土俵で戦って勝てるわけがない。私は反対します。危険すぎる」

「フウケイ君。事、軍事面に関してはリョウハ君の判断が第一だ。それがルールだ」

「ですが司令。私には彼の言葉が冷静な判断によるものだとは思えません。12歳の子供の英雄願望による行動など、止めずにどうします?」


 レツオウの返答には少し間があいた。

 ヒサメもリョウハもその間、あえて口をはさまなかった。これは大人としてどう行動するかの問題だ。子供たちが口を出せる事柄ではない。


「フウケイ君。リョウハ君が言いそうな言葉を君に送ろう。彼は子供である前に軍人だ」

「ですが!」

「確かに我々が生き延びるだけならば彼が危険を冒す必要はない。だが、戦艦ビッグアイは我々にとってだけの脅威ではない。この大災害のさなかだ、生き残るために超法規的な行動に出る必要があるものは我々だけではあるまい。そしてあの艦はそれを許さない。秩序が崩壊した世界の中で古い秩序を愚直に守らせようとする、アレはそういう存在だ。あの艦が振りかざす正義はもはや害悪でしかない」


 フウケイ・グットードには何が正しいのか分からなくなってきた。

 だが、経験不足から無謀な行動に出ようとしている子供をいさめるのは正しいことに違いない。


「司令はあの戦艦を排除するために中尉を犠牲にするおつもりですか?」

「そうだ」

「中尉はそれでいいんですか!」

「死んでくれと言われたら死地に赴かなければならないのが軍人だ。問題ない」

「ヒサメさんは、ヒサメさんはそれでいいんですか!」

「良くない。だけど今のリョウハは自分の存在意義を背負っている。私にも止められない」

「心配するな。俺の勝利条件はここへ帰って来ることだ。俺は負けない」

「うん」


 女の子の泣きそうな声を聞いたら、もう何も言えなくなった。


「よし。リョウハ君は出撃の準備、ヒサメ君はそれを最大限にバックアップ。金剛・改のあらゆる機能の使用を許可する。フウケイ君は万が一に備えて大気圏突入ルートを算出してくれたまえ。ただし、実際には突入せずにリョウハ君を迎えに行く予定であることを忘れるな」


 行動方針は決した。

 結局、リョウハにすべてをゆだねる事になってしまった。


 フウケイ・グットードは泣きたくなった。

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