2-18 スペースソードバトル
ヒサメの側に先刻の出来事のわだかまりがあったとしても、この場での反応に遅滞するほどでは無かった。
ブースターの増設されたフルアーマー『金剛・改』が加速を開始する。3G程度のリョウハにとってはもどかしい加速だが、色々と増設した直後で何のテストもしていないとあってはこの加速ですらかなり無理がある。
とはいえ、脆弱だった上面まで完全に装甲で覆った新しい『金剛・改』は多少のデブリなら弾きとばして移動が可能だ。この局面でこれは頼もしい。
「管制室! 射線から敵の位置と正体を割り出してくれ!」
リョウハは叫ぶ。
ま、敵の正体に関してはとっくに見当はついている。反陽子砲搭載艦なんか、ブラウ惑星系にそう何隻もない。
「敵は接近中だった正体不明物体。砲撃によって敵の偽装が剥がれた。ヤツはガンキューだ」
「え?」
「あ、これは俗称だ。正式名称は反陽子砲搭載艦ビッグアイ。ブラウ惑星系の中で唯一『戦艦』の呼称を持つ」
「それは知っている。その艦なら惑星系外縁部で哨戒任務についていたはずだ。なぜこんな所の治安維持に顔を出す?」
「わからん。今うちの司令が向こうの艦長に通話を求めている」
「バロン艦長は長命者の中でも古参だ。話が通じる可能性は低い」
「まったく、勝手に動き出すのなら亜光速物体の迎撃をやってくれれば良かったのに。それが本来の任務だろう!」
「同感だが、難しかっただろうな」
反陽子砲には破壊力はある。だが、敵を追尾する性能は無いし効果範囲も決して広いとは言えない。加えて反陽子は文字どおり負の電荷を持っていてラムスクープを行う相手には相性が悪い。相手が星間物質の陽子を集めるための磁場で反陽子は弾かれてしまう。
敵に回せば厄介だが味方としては役立たず。よくある事だ。
「敵の位置と火線のデータをヤシャに転送してくれ」
「それは私がやる」
ヒサメの声が割り込んできた。こんな時だと言うのにどことなく嬉しそうな声だ。
リョウハも微笑んでいた。
「ありがとう。あと、ヤシャの操縦系と金剛の動きを繋げられるか? ここから金剛を操作したい」
「現在は乱数移動中。それでは足りない?」
「乱数移動はそのままに。必要な時にはこちらの操縦を優先できる様にしたい」
「了解、30秒まって」
「頼む」
リョウハは30秒の間に反陽子砲の防御方法を考える。
その間にも上に下に多方向にGがかかる。金剛の推力方向は基本的には前方だけだ。なのでこれは旋回によって生じるGなのだろう。
乱数移動もさほどの効果は無いと言える。金剛の向きを観測すればどちらへ向かって加速しようとしているかは分かってしまう。また、巨大であり平べったい形の金剛は旋回性能が高いとは言えない。
「出来上がったばかりで悪いが、追加した装甲を敵艦方向へ射出できるか? 砲撃を受け流す盾にしたい」
「可能だけど、反陽子砲を探知してからでは間に合わない。リョウハの反応速度がマイナスにならない限り無理」
「そこは多分何とかなる」
「分かった。3番トリガーに動作を設定した。これで一枚外れる。もし、全部の装甲をパージするなら2番3番トリガーを同時押しして」
「了解。……来る!」
レツオウが向こうの艦長に対話を求めていたはずだが、予想どおりそれは決裂した様だ。
反陽子砲の火線がはしる。
光速には及ばないとは言え、目で追える様なスピードでは無い。しかしそれは金剛から大きく逸れた。
外れた、訳ではない。
逸れたはずのビームが振り回されて襲ってくる。
リョウハは掃射されるビームの軌道を見切った。
この程度なら盾に頼るまでも無い。船体をロールさせて回避する。反陽子ビームは翼の端をかすめて通り過ぎて行った。
「今のは何?」
「これがビーム兵器の特質だ。単体の砲弾と違って撃ち続ける事で振り回すことができる。反陽子砲と呼ばれているが、性質としてはマシンガンに近い。黎明期のある種の機関銃が『肉切り包丁』と呼ばれた様に、その攻撃は一種の斬撃となる」
リョウハが反陽子砲に対して『盾が間に合う』と言った理由がこれだ。
反陽子が飛んで来るスピードには反応できなくともそこから派生する斬撃には対応できる。
もちろん、ビッグアイ側としても斬撃の振りを速くしてリョウハの反応を間に合わせなくする事は可能だ。しかし、振りが速すぎると今度は反陽子ビームの密度が低下して実質的な威力が消滅する。いかに破壊力に優れた反陽子ビームといえどもある程度の振りの遅さは必要なのだ。
話している間にももう一度ビームが襲ってきた。
今度の太刀筋は金剛の中央を通っている。船体をロールさせても避けられない。
リョウハは躊躇うことなく3番トリガーをひいた。
装甲パーツが外れて後方へ。
反陽子ビームとぶつかって大爆発をおこす。
離れているはずの金剛本体にも衝撃が来る。
「被害は?」
「無し、いえ、軽微。センサー系がいくつか死んだぐらい」
「良し」
ブラウ惑星系の最強兵器の攻撃を凌いだにしては上々の部類だろう。
さらなる攻撃が来るかとリョウハは警戒する。
だが、来ない。
「どうしたの? エネルギー切れ?」
「そんなはずは無い。長らく動いていなかったから整備不良、という可能性も無いとは言わないが」
「じゃあ、どういう事?」
「連続攻撃でこちらのガードを切り崩しに来ると思ったんだが、無駄撃ちを嫌った様だな。長距離からの斬撃では効果が薄いと見て近づいてからの突きを狙っているのだろう」
「突き。……ビームを動かさないで最初から当てに来るっていう事?」
「こちらに反撃手段が無い以上、有効な戦法だ」
同種の武器を持つもの同士の戦いだと斬り合いの様になるのだが、現在の『金剛・改』はほぼ丸腰だ。
第一管制室からもう一つ通信がつながる。レツオウだ。
「リョウハ君。戦況は不利、と見て間違いないかね」
「はい。しばらくは膠着状態ですが、時間が経つにつれてこちらが不利になります。こちらからの反撃手段が無いのが致命的です」
「破壊探査用のミサイルは積んであったはずだが?」
「そんな物、反陽子砲に迎撃されたらひとたまりもありません」
「そうだろうな」
戦闘の素人とは言え、レツオウだって本物の戦闘艦相手に探査用のミサイルが効くとは思っていない。
そこへさらにもう一つ通信が来る。今度は第二管制室からだ。
「中尉、差し支えなければ、船のコントロールをこちらに渡してもらいたい」
その声は名ばかりの船長、フウケイ・グットード。
金剛・改がそれ以前の金剛と別の船だと見なされた事で名ばかりの船長である意味すら失った男。リョウハは悪意などまったく無くナチュラルに「こいつ何しに来た?」と考えた。
「作戦案は?」
「ビッグアイのビームの軌道を見て気付きました。敵はシンジュやダフネに被害が出ない様にビームを撃っている」
言われてリョウハは二発の攻撃を脳内でシミュレートする。
確かにそう解釈してもおかしく無い軌道だった。そして、敵艦と金剛・改、衛星シンジュの位置関係にも気づく。
「うまく動けばシンジュとビッグアイを結ぶ直線上に入る事ができる?」
「可能です」
「お手柄だ、船長。こちらで軌道計算を……」
「計算はすでに完了しています」
だからコントロールを渡せという訳か。
リョウハは微笑みを浮かべていた。彼が一番に信頼しているのは自分の能力だが、有能な味方は嫌いではない。
「ヒサメ、緊急時の回避動作はこちらの操作を最優先にしてくれ。それ以外の操船は第二管制室にまわす」
「了解」
「フウケイ船長。ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ」




