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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
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2-16 百鬼夜行の船

 旅客船グローリーグローリアはデブリ帯の中を10時間以上かけてゆっくりと移動した。

 スピードの遅さのおかげでかえって安全だ。小さなデブリがいくつかぶつかったが、船体に損傷はなかった。


 途中で女の子たちから日常のこまごまとした事について話しかけられ、いろいろと返答した。

 女の子相手に気の利いた言葉がかけられるリョウハではないが、女生徒たちは十分に楽しんだようだった。……玩具にされた、とも言う。


 合間にヒサメとも多少の話はできた。

 こちらは日常会話というより、仕事上の打合せに近い。謎の上位権限者との電子戦ではヒサメと言えども完全勝利とはいかないらしい。その正体すらつかめないが、相手の反応速度から言って意外に遠くにいるのではないかという事だ。光速によるラグが気になるぐらいには遠方にいるらしい。

 ダフネの制御権の取り合いをして、いくつかの機能はこちらで奪い取ったと暗号化した通信で言っていた。


 機体の制御をシミュレーションモードにして操縦訓練を行った。

 それにも飽きたら仮眠をとった。


 そして、ついに金剛・改がその巨体をダフネ補給泊地にあらわした。


「こちらヤシャ。ようこそダフネ補給泊地へ。到着を歓迎します」

「こちら金剛・改。どういたしまして。って、挨拶して来るのはリョウハだけかよ。ここの主人面をしているおせっかいな機械知性はどうした?」

「治安維持以外の事には興味がないのだろう。救助作業を邪魔されないだけでも重畳だ。グローリーグローリアには移動能力がほとんどない。そちらから寄せてくれ」

「そうだな、まずは女の子たちを収容しよう。司令、よろしいですね?」


 ヤシャでは聞こえなかったが、承認する答えが返ったようだ。

 金剛・改がバーニアを吹かして移動を開始する。船体がクルリと回転して背面をこちらに向けてきた。


「繋留索をこれから流す。そちらで引っ掛けてくれ」

「了解。四本か?」

「三本で十分だろう。その後でドッキングチューブだ。やれるな?」

「トミノ式でやれる作業はヤシャでもすべて出来る」


 作業形態をとった人型のヤシャが客船から離れる。

 送られてきた単分子ワイヤーの先をグローリーグローリアの各所に固定する。


 強靭なワイヤーが巻き取られ、二隻の船が接近する。最後に金剛・改が反撥するようにバーニアを吹かし、相対速度を一致させる。


「大将、ドッキングチューブの操作方法は記憶しているか?」

「大丈夫だ。班長たちが出てくるまでも無い。その代わり、中での作業は任せる」

「麗しの女生徒たちが最初に見るのが俺たちの髭面になっちまうけどな」

「せいぜい男の魅力をアピールしてくれ」

「おうおう、余裕だね」


 余裕と言うか、彼女たちの矛先がよそにそれてくれると助かる。


 伸びてくるチューブの先端を誘導する。操作方法が、とか言っても作業の大半は自動で終わる。ただし、金剛のドッキングチューブは建造されてから一度も使われていない設備だ。チェックを怠ることはできない。


「気密再確認。周辺放射線量も許容範囲内だ」

「オーケー、大将。女の子たちの出迎えは俺たちに任せて帰還してくれ」

「こちらヤシャ、任務完了を確認。これより帰投する」





 作業形態(ひとがた)を解除して全長・全幅を縮小させたヤシャを金剛・改の格納庫に収めた。

 いつ再度の出撃がかかるか分からない。核融合炉はアイドリング状態を維持する。推進剤とハンドガンの弾丸を補給。壁際に出発時にはなかったヤシャ専用の武装パーツ……大型のレールガンがあるのを見てニンマリする。

 外観の目視検査を行い問題なしと判断した後で、目視検査は人型で行った方が良いのではないかと思案した。表面積が増加するという意味でも関節部の状態を確認する上でもその方が良い。この事をヤシャのマニュアルに書き込んでおこうと決めた。


 勤務体制の問題だろうが、ヤシャの帰還と同時に整備員が入ってこないのは面白くない。

 わずかに不満を抱きつつ、格納庫での作業を終えて宇宙服のまま船内に入る。まさかとは思うが、こちらを担当する予定の整備員まで女生徒たちのところへ行っているのではあるまいな?


 何かの気配を感じた。

 振りかえると、物陰から印象深い銀色の髪がたなびいているのを見つけた。アレで隠れているつもりなのだろうか?


 リョウハは微笑んでいた。

 ネット経由の行動がデフォルトの彼女が自分でやって来るとは思わなかった。声をかけようか、見なかったふりをしようか迷う。


 迷っている間にヘルメットをかぶったような頭が物陰から出てきた。

 目があった。


「ただいま、ヒサメ」

「……おかえりなさい」


 たわいのないただの挨拶。

 それだけなのに胸の奥が熱くなる。


 ずっと年下に見えるのに実は年上の少女は、ためらいながらゆっくりと近づいて来る。


 が、騒がしい気配が伝わってきた。

 ヒサメの足が止まり、リョウハの背後を見ている。


 振り返ると、女の子が二人と彼女らを案内する翼を持った黒豹の姿があった。


 黒豹はもちろんギム・ブラデスト。少女の一人目はパトリシア・エマーソン。もう一人は確かケティとか呼ばれていた女学院のお調子者だ。


 野生動物さながらににじり寄って来ていたヒサメはその場にとどまり、ランフロールの少女たちは無造作に近づいて来る。ギムだけが多少の遠慮を見せた。


「会いたかったです、リョウハさん」

「黒豹さんに案内してもらいました」

「……来てしまいましたが、ひょっとしてお邪魔でしたか、中尉?」


 まったくその通りだ。

 そう思ったが女の子たちの前では口には出せない。非難の気持ちを込めて睨みつけるのに止める。


 はっきり言うべきだった、と後悔した。

 二人の少女に間合いに入られた。受けた訓練にしたがって拳を繰り出そうとするのを自制する。自制したせいで身体が硬直した。

 少女たちに腕を掴まれてしまう。


「はなしてもらえないかな。壁に叩き付けたくてうずうずするんだ」

「まぁたまた、嬉しい癖に」

「中尉は本気ですよ。パトリシアさん、ケイトさん」


 ギムが注意するが、少女たちはとり合わない。

 ギムの視線が、そして少女たちの目もリョウハの背後に注がれる。


 衝撃を受けた面持ちで、銀の髪の少女が立ち尽くしていた。


 ヤバい、と思ったが、戦闘行動以外だととっさの対応が出てこない。


 何を察したのか、ケティがリョウハに身体を摺り寄せてきた。完全に見せつけている。


 リョウハがさらに硬直し、ギムの目が宙を泳いだ。

 知らずに核融合炉の前で銃撃戦をはじめた奴を見る目つきだった。


 ヒサメは逃げた。

 ケティはニンマリと笑った。勝利の微笑み。


「ヒサメ!」


 リョウハは後を追おうとした。

 パトリシアはまだしも良識的だった。すぐに手を離したので事なきを得た。

 が、ケティはリョウハの腕を完全に抱え込んでいた。


 邪魔だ。


 リョウハの脳内で戦闘用にスイッチが入った。入ってしまった。


 リョウハは腕を振って拘束を振りほどいた。そして、ケティの頭をその大きな手で顔の側から掴んだ。

 少女は悲鳴を上げた。

 女の子らしい可愛らしい悲鳴ではなく、生命の危機にさらされた人間の極限の叫びだった。


 ギム・ブラデストが大慌てで飛びかかる。

 宇宙服を着たままのリョウハの腕に牙をつき立てようとする。回避のために手を離したリョウハに向かって携帯のスピーカーから声を出した。


「やめてください、中尉。頭蓋骨を砕く気ですか!」

「……そこまでのつもりは無かったぞ。せいぜい、顔の皮をむしり取るぐらいだ」

「それ、100%本気ですよね?」


 戦慄の鬼神の名を持つ男は一瞥した。少女は白目をむいて失神している。異臭をはなつ液体が無重力を漂った。

 金髪の少女パトリシアもガタガタと震えていた。


「中尉、やりすぎです。彼女らは一般人ですよ」

「そうか? ならばこそ、軍人を拘束する様なマネをするべきでは無かったな」

「腕をつかまれた事より姫君を傷つけられた事を怒った様に見えましたが」

「否定はしない」


 少女たちの事はリョウハはもはや「どうでも良い」枠に放り込んでいた。救助任務が終わった以上、関わりは一旦そこで切れた。ヒサメをもっと傷つけるなら「敵対者」のカテゴリーに変更するだろう。


「ヒサメを追う。悪いが、この場は任せる」

「……リョウハはここにいない方が良さそうですね。行ってください」


 銀の機械少女の姿はもう見えない。

 リョウハは後を追うのに聴覚も動員しようと宇宙服のヘルメットをとった。


 今まで隠れていた物があらわになった。

 額の小さな二本の角が見える。


「鬼……」


 パトリシアがうめいた。

 ギムがその翼で彼女の視界を遮る。


「アレは放し飼いの猛獣の様なものですから、迂闊に近づかないでください」

「否定はしない」

「そこは否定する努力ぐらいはしてください!」


 黒豹が鬼神を叱りつけた。





 リョウハがヒサメを追って行った後も、パトリシアはしばらく震えが止まらなかった。

 黒豹が何かするとケティ発の液体は壁に吸い込まれて行った。パトリシアはケティがショックで死んでしまったのではないかと心配したが、幸い息はある様だった。


「何なの、何なのあの人。あの(オーガー)

「あの角は彼が戦闘用強化人間として生まれた印ですよ、お嬢さん。地球ではどうだか知りませんが、この辺りではけっして珍しくはありません」

「どうしてこんな酷い事が出来るの?」

「彼は『戦闘用』ですよ。暴力を『酷い』と感じることも出来ないのでしょう」

「黒豹さんは彼がああだと知っているのに私たちを案内したのですか?」

「……言い訳になりますが、あなたたちがいきなり彼に飛びかかるとは思っていなかったのですよ。普段の彼は冷静で知的な人物です。会って普通に礼を言うだけならば彼も普通の対応をしたでしょう。彼は自分を軍人と定義しています。軍人である以上、民間人に自分から危害を加えるような事はしません」


 ギムはその翼をばさりと広げた。

 どこかへ通信をつなげ、失神したままの少女の回収を頼んだ。


「ケティがされたのは危害では無いのですか⁈」

「自分からは、です。それとも、戦う者に飛びかかってその手足を拘束する行為は『危害』のうちに入らないとおっしゃる?」

「ぜんぜん違うじゃないですか! 私たちは彼に怪我をさせた訳じゃない!」

「彼を殺害する為の前段階と酷似した行動をとったのが問題なのですよ。そして、あなたたちは彼の姫君を傷つけた」

「それは……、そうです」

「いえいえ、分かっていますよ。傷つけたと言っても恋の駆け引きとして特におかしな行動をとったわけでは無い。むしろ普通のやり取りです。姫君が人間と顔を会わせることなくずっと過ごして来たこと、そこから連れ出されたのがつい先日の事なのが問題なだけで」

「そうなんだ。あの子に後で謝っておいた方が良いかな?」

「仲良くしておくべきなのは間違いありません。彼女と喧嘩するなんて私には恐ろしくて出来ませんし」

「鬼が怒るんだもんね」

「それを横に置いても、です。彼女はこの船の中で最も力のある人物ですよ。あなたたちは何も知らない新しい環境に放り込まれた。しばらくは礼節を守って慎重に行動する事をお勧めします」

「そうします。ありがとう、黒豹さん」

「……それです」

「はい?」

「私の名前はギム・ブラデストです。こんな姿ですが、人間としての権利を持ち義務を課せられています。けっしてペット枠ではありません。お忘れなきよう、お願い申し上げます」

「ごめんなさい」

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