2-15 機械知性
突然の警報。想定外の使い方にヤシャのフレームが耐えられなかったのかと一瞬だけ思った。
違った。
これはヤシャの内部からの警報ではない。
これは警報であり、警告。
外部からのデータの流入を確認。ハッキングではなく正当な上位権限者からの割り込み。
相手の意志は音声でなく文字データとして表示された。
『未登録船舶に告げる。泊地内部において、許可なく他船の軌道を変更することは認められない。直ちに海賊行為を中止せよ』
「海賊ではなく救助行為だ。未登録船舶より返信。こちらはガスフライヤー金剛所属の宇宙機、機体名ヤシャだ。そのように呼称願いたい。操縦者はリョウハ・ウォーガード中尉」
『了解した。中尉、救助プランを述べよ』
「旅客船グローリーグローリアは正規乗組員が全員死亡している。船体は無事だが自力で航行することはできない。そして、ダフネ補給泊地には危険なデブリが散乱している。現在の軌道変更の目的は旅客船をデブリ帯から引き離すことだ。デブリ帯の外に出れば金剛をドッキングさせて乗客を乗り移らせるのが可能になる」
『合理的なプランだと評価する。しかし、リョウハ・ウォーガードは第五整備宇宙基地の駐在武官として登録されている。なぜそこにいる? 貴官は脱走したのか?』
「俺の任地は消滅した」
『貴官の言い分は確認した。では、速やかにブロ・コロニーの軍司令部に出頭せよ』
「ここはブロ・コロニーに向かうための中継地点だ。ブロ・コロニーの跡地に向かう途中で正規の乗組員が全滅した民間船に出会った。民間人の安全確保は俺の配属先より優先されるべきだ」
リョウハはここで少し考え込んだ。
話している相手は何者だろうか?
最初は泊地の情報中枢が何かの拍子に再起動したのかと思った。だが、話していると「民間人」と会話している気がしない。まるで「おなじ軍人」と話しているようだ。
流れてくるデータに逆探知をかける。泊地のミキである岩塊からだ。だが、そこを中継しているだけかもしれない。彼はデータの流れを追いかけるほどのスキルは持っていなかった。
『貴官の判断は正しい。現在の任務を継続せよ。邪魔をした』
「上位権限者に質問したい」
『何か?』
「あなたは何者か? 階級、姓名を伺いたい」
『貴官が知る必要はない』
赤く染まった視界が元に戻り、警報がやむ。
データのやり取りも終了した。どうやら相手は立ち去ったようだ。
「金剛管制! 今のやり取りは記録しているな?」
「リョウハ君、現在対応中だ」
「何があった?」
管制官の声に余裕がない。何者かが立ち去った直後ではなく、今現在危機に直面しているかのようだ。
「こっちにも来たんだよ。『海賊行為を中止しろ』っていう警告文が。司令が受け答えしている」
「そちらでも、中止? 何を中止するんだ?」
「こちらでやっているのは補給作業の下準備だ。泊地の管制は機能を停止しているようだから、個別の部分にアクセスして円滑な受け取りが出来るようにしていたんだ。確かに越権行為な面はあるが……」
「泊地の機能が麻痺しているのが原因だろう。非常時の緊急避難で押し通せないのか?」
「非常時に特化した権限を持つ君が責任者ならばそれも通ったかも知れないが、なかなかそうも……」
「軍人が徴発するか、民間人が略奪するかの違いか」
リョウハは納得した。
彼の「救助作業」だって軍人という身分が無ければもっと紛糾したかも知れない。
「金剛管制より通達。謎の存在との対話はヤシャの任務とも密接に関係する。こちらの状況をリアルタイムで送る。聞いておいてくれ」
「こちらヤシャ、了解」
危険なデブリがグローリーグローリアにぶつかって来ないかどうか監視しながらになる。
多少忙しくはなるが、問題にするほどではないだろう。
ヤシャのコックピットにレツオウの声が流れる。
怒りを押し殺した苛立たしげな声だ。
「こちらの行動は民間の通常の活動、あるいは商取引きの範囲内である。そちらが何者であれ、掣肘されるいわれは無い」
無味乾燥な文字による応答がある。
『否定する。貴公の行動には売買契約や金銭データの移動が伴わない。商取引きとは認められない』
「これは商取引きのための商品の移動だ。そもそも、我々が扱っているのはブラウ資源公社の資産だ。公社所属の我々が活用するのに他者の許可は必要ない。それとも、あなたは公社上層部からの委任状でも持っているのか? 公社からの正式な命令があるのならそれには従おう」
『否定する。貴公の公的な身分は第五整備宇宙基地の運航長だ。ダフネ補給泊地の物資を自由にする権限はない。そして、貴公は現在『司令』と呼ばれている。この事から資源公社とは別の組織に所属していると推測できる。公社の物資を別の組織のために役立てるなら、それは正当な権限を有していても『横領』となる』
「私の身分は生き残るための暫定的なものだ。私の身分はともかく、この船は資源公社所属のガスフライヤー金剛でありフウケイ・グットード航海士が船長代理を務めている。これは否定できまい」
『否定する。その船はガスフライヤー金剛ではない。金剛・改だ』
「何だと⁈」
ヒサメが勝手に船名を変えた事が厄介ごとを引き起こした。
リョウハはそう思ったが、事はもっとずっと重大だった。
『金剛・改の情報中枢と金剛の情報中枢の間には連続性が存在しない。よって、金剛・改は金剛のパーツを利用して造られた新船舶だと判断できる』
リョウハは法律に関してはあまり詳しくない。
船体の99%が共通なのに新船舶と判断されるのは常識ではありえない。が、船の情報中枢を新しくする場合、元のソフトをそっくり移植してその上でバージョンアップを図るのが普通だ。同一船舶であるか否かの判定は情報中枢で成されるのだろうか?
ある船のソフトをコピーしてバラまいたら同一船舶が増殖するのだろうかと下らない事を考えたが、さすがにそれは無いか。
レツオウはしばらく唸っていたが、ついに敗北を認めた。
「ダフネに対する働きかけは一旦、すべて中止しろ。この問題は一から考えなおす必要がある」
『理解いただけて感謝する。貴公らの航海の無事を祈る』
「ダフネで推進剤が入手出来なければ我々の航海はかなり短い物となる」
通信終了の定型文に嫌味を返していたが、相手が人間であるとは思えない。むなしい抵抗だ。
金剛・改の側でも通信が終了したようだ。あらためて慌ただしく動きまわる気配が伝わって来る。
「ロウラン君、相手の正体はつかめたか?」
レツオウの問いに運航班の数少ない女性クルーが答える。
「通信は直接的にはダフネからです。ですが、言い回しの癖は軍用の情報中枢の特徴が見えます。謎の上位権限者は軍用の何者かで、機能を停止していたダフネの端末を乗っ取ったものと推測します。これ以上の事は私では分かりません」
「電子戦は我々の専門分野ではないからな、仕方あるまい」
「では、専門家を呼びますか?」
「あまり彼女に頼りたくないのはリョウハ君に言った通りだ」
「ならば上位権限者と交渉して最低限の補給だけでも認めさせますか? リョウハ君は救助作業の続行を承認されていますし、その流れでブロ・コロニー宙域までの推進剤を要求するのは理にかなっています」
「最低限の補給、だけでは足りない。我々が生き残るだけならそれでも良いが、ブラウ惑星系にはあちこちに孤立している人間の集団がある。生き残った数少ない大型船舶として我々は彼らに補給物資を届けなければならない。それが出来なければ1000人単位で死者が増えるだろう。……すでに終わってしまった大量虐殺の前では誤差にもならない数字かも知れないがな」
「ブラウ惑星系の人類の守護者として立つおつもりがあるのでしたら、今は実行可能なすべての手段を使うべき時だと愚考します」
「……そうだな。彼女はどうしている?」
ヒサメの様子を第三者の口から聞くチャンスだ。
リョウハは耳をすます。
「ヒサメちゃんでしたら部屋をひとつ徴発して、そこから何かやっています。時折、工場区のエネルギー消費が跳ね上がるので、何か作っているのでしょう。食事の時と診察を受ける時は出てくるので完全に引きこもる気はないようですが、周りと打ち解けようとはしていません。部屋から出る時には護衛として生物兵器が付き従っていますね」
「機嫌は良さそうか?」
「夫に単身赴任された新婚ほやほやの若妻ぐらいでしょうか?」
ヤバい。
そうだった。
若妻はともかく、「俺が君を守る」とか言っておいて直後に女子校生の救助に奔走するとか、もはや喧嘩を売っているとしか思えない。
何か土産物でも買って帰れないかと、リョウハは半ば本気で思案した。
戦慄している鬼神の焦燥をよそに、レツオウが宣言を始めた。
「相手が何者であるかわからないのが難点だが、こんなところで補給作業の邪魔をされる訳にはいかない。強行突破も含めて実行可能なすべての手段を用いて補給を完遂する。ヒサメ君に連絡を取ってくれ。この件は当面は彼女に一任する。彼女があの機械知性らしき存在を攻略できればそれが最善だ。機械知性の背後に人間がいるのが確認できたら私が説得を試みる」
「どちらも失敗したらリョウハ君に前面に出てもらって力づく、ですか」
「遺憾ながら、そうなる」
ここで交信先が切り替わった。
管制官がリョウハに直接話しかけてくる。
「司令はああ言っているけど、大丈夫かい?」
「文民側のトップが他のすべての手段を試した後で交戦を決意したのなら、それに従うのは軍人の務めだ。問題ない。……問題があるとすれば、それはもう一つの別の部分だ」
「それって?」
「こちら側の今後の行動方針を俺のところに通信で流してもよいのか、という問題だ。ダフネに傍受されても知らないぞ」
「……え?」
軍事行動や外交にかかわるなら「防諜」という概念ぐらい持ってほしいものである。




