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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
32/69

2-14 救助作業

 可憐な少女のあまりのセリフにリョウハは一瞬フリーズした。

 だが、その言葉から相手がかなり追い詰められていることを察する。大きなストレスにさらされていると人は普通でない言動をとるものだ。


「落ち着いてください。そのような申し出がなくともそちらの全員を救助する予定です」

「助けてください。お願いします。何でもします」


 少女は同じ内容をうわごとのように繰り返している。

 どうしよう?

 話が通じない。


 軍隊的には肉体言語(ひらてうち)で語りかけて強制的に話を聞かせるところだが、少女相手にそんな真似はできない。そして、通信越しでは手を届かせることも出来ない。

 こんなのは専門外だ。

 リョウハは困り果てた。

 音と映像だけで錯乱した少女をなだめられるか? 変顔でもして見せればよいのだろうか?


 コクピット内にある物だけで何とかしようと思う。

 慣性航行中に適当に拾った音楽ファイルを流していたのを思い出す。彼の言葉が相手の心に届かないのであれば、音楽を届ければよい。


 この場にあったBGMかどうかは知らないが軽妙なメロディが流れ出す。


 果たして、反応はあった。

 少女のうわごとが止まり、その瞳に知性が戻ってくる。


「ネオ・クラシック。……タンゴ・プリントン?」

「すまん、俺は不調法者だ。これはネットから適当に拾ってきたファイルだ。その言葉が音楽のジャンルなのか作曲家の名前なのかも知らない」

「たとえ偶然でもたくさんあるファイルの中からこれを選んだのだから趣味がいいと思います」


 人気リストの上位にあったものを無作為に拾っただけなのでリョウハの趣味がよいかどうかは疑問が残る。

 ま、そんな些事はどうでもよい。


「俺はリョウハ・ウォーガード中尉だ。あなたの名前は?」

「パトリシア。パトリシア・エマーソン。ランフロール女学院の6年生です。あの、本当に全員助けていただけるのですか?」

「もちろんその予定だ。ただし、俺は先発隊だ。母船の到着にはもう一日待ってもらわなければならないが」

「ああ、よかった。地球に帰れるのですね」


 一瞬、言葉に詰まる。

 本当の事を話してまた錯乱されたらどうする?

 迷った挙句、真実を半分だけ話すことにする。


「残念ながら、地球との連絡は回復していない。ブロ・コロニーは破壊され、惑星ブラウで起きた大規模な爆発の影響でブラウ惑星系は壊滅的な打撃をこうむった。だから、救助と言っても我々の母船、ガスフライヤー金剛に収容するだけだ。救助というより遭難者同士で助け合うといった方が近いかも知れない」

「地球から来る船もないの?」

「災害発生後にブラウ惑星系にやって来た船は一隻もない」


 それは地球でも何かが起こったことを意味する。

 パトリシアは黙ってうつむいた。


「それよりも、今この場の話をしよう。ここから見る限りそちらの船内はかなり暗いようだが、何か異常でもあったのか? こちらのモニターにはそんな表示はないが」

「これは亡くなったスベンソン先生の指示です。宇宙で遭難したらこうするものだって。なるべく動力を使わないようにして、生命維持装置に負担をかけないように安静にしていろって」


 いつの時代の宇宙事故のつもりなのだろうか?

 リョウハはため息をついた。


「何か間違っていましたか?」

「旅客ブロックのエネルギーは主船体の核融合炉から供給されている。そちらを止めない限り、船内の照明を落としたところで誤差のうちにも入らない。そしてその船の大気浄化設備は優秀だ。エネルギーが潤沢なら船内でキャンプファイヤーを燃やしても何の問題もない」

「薄暗い中で冷たい非常食をポリポリ食べていた私たちの苦労は何だったの?」


 素人考えによる「ご苦労さま」な無駄な努力だ。が、コメントは避けた。


「そちらの人数は? 生存者は何人いる?」

「生存者って。……今の私たちはそういうカテゴリーなんだ。ええっと、23人。いや、24人だったかな?」

「こちらの情報だと出発時点の名簿で教師2人と生徒25人だが?」

「なら23人だ。スベンソン先生と客室乗務員の人たちが入り込んで来た人たちに殺されて、マリー先生と生徒2人が連れて行かれた」

「暴徒の侵入を許したのにその程度の被害で済んだのか? どういう状況だ?」


 いや、命のかわりに「女の子の大切なもの」を奪われている可能性はあるが。

 しかし、どうやらそういう訳ではない様だ。


「最初に入ってきた男たちの後から鬼が来たの」

「鬼?」


 なじみ深い単語に戦慄の鬼神は思わず反問していた。


「行動が鬼だったのか? 容姿が鬼だったのか?」

「両方。最初に襲ってきた男たちも怖いと思った。でも鬼はその男たちを皆殺しにした。いとも簡単に、無造作に」


 何故だろう、その情景が容易に想像できる。


「それは別におかしな話じゃない。暴徒たちは致死量の放射線を浴びて自暴自棄になった者たちだと聞く。どんな社会的制裁も意味のない状況では殺す以外に有効な手だてがない」

「あなたは人間の頭が弾け飛ぶのを見ていないからそういう事が言えるのよ!」

「すまん。俺はそういうのは平気になるように条件付けされている」

「ごめんなさい、軍人ってそうなんだ。……鬼は言ったの。自分はここから脱出する。でも、自分の宇宙機には何人もは乗れない。連れて行くヤツを選別するって」

「それで先に脱出した者が3人か」


 リョウハはその「鬼」の行動は軍人として特に悪いものではないと判断する。民間人の少女たちの心に大きな傷を残した様だが、それは「戦慄の鬼神」がとやかく言える事ではない。

 どこへ向かって脱出したのか不明だが、レツオウに言えばたぶん調べられるだろう。

 この時、その鬼の事をもっと詳しく尋ねていればこの先の展開が多少は変わったかもしれない。しかし、女学院の生徒たちを救助する上で鬼の事は些事だった。


「その者たちに対して今できる事は何もないな。別の助けが来るかどうか分からなかった時に先に脱出できたのは幸運とも言えるし。……それより、今いる23人の健康状態は?」

「お腹が痛かったり息苦しいと言ったり、みんな多少なりとも調子がおかしい」

「ストレス性の障害かな? 命にかかわるような重傷や急病人がいないなら問題ない。とりあえず、明りは全部つけるように。娯楽用の設備も自由に使って構わない。その代わり、全員を一ヶ所に集めてくれ。救助の方針はそれから発表する」

「分かりました。やって見ます」

「頼んだぞ。そちらから呼びかけたら通信はいつでもつながるようにしておく」

「ありがとうございます」


 少女との通話をいったん終了する。

 金剛との通信をつなごうとして、そちらが入りっぱなしだったことに気付く。


「聞いていたか、金剛管制」

「もちろんだ。相手を混乱させないように口は出さなかったが。……なかなか、好感度を稼げたようじゃないか」

「別に意識してやったわけじゃない。それより、どうやって救助する?」

「どう、とは?」

「金剛をここまでもってきてドッキング可能か?」

「できればそれは避けたい。全幅800メートルはでかすぎる。そこのデブリ密度の中に入りたくない」

「では、カグラの貨物艇を使うか?」

「アレはあくまで貨物用だからな。その場合は宇宙服を着ての船外作業が発生する。ど素人23人に宇宙服を着せるだけでもえらい手間だ」

「引率の教師もいない様だしな。選別して教員を連れて行くとは迷惑な」

「顔か身体が好みだったんだろう」


 本当に迷惑だ。


「ではどうする? グローリーグローリアをデブリ帯の外へ出すか?」

「それがベターだろう」

「そうかも知れないが俺がコックピットに侵入したとしても、俺の権限でこの船を動かせるとは思えない。船長か本社役員の許可が必要だ」

「その船の持ち主は10光年ぐらい先にいるな」

「ではヒサメに頼むか。普通の民間船をハッキングするぐらいならどうとでも出来るだろう」


 返答に少し間があいた。


「リョウハ君。レツオウだ。その提案は許可できない」

「理由を聞いても?」

「我々はこれから強固なコミュニティを築いていかなければならない。強い組織には優秀すぎる個人、替えが効かない個人は不要だ。ヒサメ君が不要とは言わないが、彼女が居なくなったら立ち行かなく組織は健全でない。だから必要不可欠な時以外、彼女の異能に頼るのは禁止する」


リョウハは少し考えこんだ。

 優秀すぎる個人、には彼自身も含まれているだろう。だが、ただ一枚しかないワイルドカードに頼りきるのを危険視するのは理解できる。

 狡兎死して走狗烹らる、という言葉もある。不要になった過剰な戦力は捨てられるものだが、レツオウが彼とヒサメの代替となりうる戦力を見つけられるのならそれはそれで面白い。

 彼はうなずいた。


「それだと少々苦労することになる。旅客船の本体を動かせないのならヤシャをタグボート代わりにするしかない」

「その宇宙機でも推力が足りないのではないか?」


 ヤシャに単体なら20G出せる推力があろうと、動かす対象の質量が100倍なら0.2Gにしかならない。実際のヤシャとグローリーグローリアの質量の違いは1000倍はくだらないだろう。


「推力の不足分は時間で補えばいい。むしろゆっくり動いた方が安全でもある」

「デブリ帯を出るのに12時間ぐらいかけても問題ないか。よし、その計画を許可しよう」

「作戦を実行します」





 パトリシアたちに計画の説明を行い、船の外殻に近づかないこと。宙にぷかぷか浮いていないことを徹底させた。

 ヤシャの残存プロペラントでは計画の実行に心もとないことが発覚した。解決策として、ヤシャの作業肢の能力をフルに発揮させる。グローリーグローリアのプロペラントタンクから推進剤の提供を受けられるようにチューブをつないだ。

 作業用としてなら人型である事も悪くない。


「リョウハさん、そろそろ時間ですか?」

「こちらの準備は完了した。そちらは全員そろっているか?」

「全員着席しました」

「そうか。少し、話しておこう。今、俺はグローリーグローリアのコックピットのすぐ横にいる。この船は実用性より装飾性をとったタイプで船の一番前に窓の付いた操縦席がある。当然、そこは外部からの影響には弱い」

「どうしたの?」

「見えるんだよ、ここから。操縦士が口元に飲み物が入ったチューブを運んだままピクリとも動かないのが。船体を回転させて旅客ブロックを盾にすれば彼が生き残るだけなら簡単だっただろうに。乗客をまもって死んだ勇者の姿だ。黙祷でも十字を切るのでもよい。ほんの少しだけ、彼のために時間をくれ」


 リョウハ自身は名も知らぬ相手に敬礼を送った。

 通信の向こうからはすすり泣きや祈りの文句が聞こえてきた。


「よし。当船はこれからガスフライヤー金剛とのドッキングポイントへ向かう。大したGはかからないが、自分の頭の上に物がないかは確認するように」

「ケティの上に当人が噴射したマヨネーズが浮かんでいる以外は問題なしです」

「そうか。速やかに退避せよ。カウントダウンを開始する。10、9、8……」


 今のヤシャは両手両足をグローリーグローリアに接地させた四つん這いに近い姿勢をとっていた。

 格好の良さだけを追求するなら二本の腕だけで押していくべきだろうが、それだと安定性が悪いしパワーも不足する。リョウハとしては絵になるかどうかより実用性をとる。


「……2、1、発進」


 ヤシャは4つのロケットを背中側に全力噴射する。

 席についていればほとんど感じない程度のGがかかる。が、それでも多少は動く物があったようだ。通信の向こうで「マヨネーズはキャッチしたよ!」と歓声が上がった。


 その時だった。

 ヤシャのコックピット内が赤く染まった。けたたましいブザーが鳴り響く。


 非常警報!

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