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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
31/69

2-13 先行偵察

 リョウハ専用宇宙機ヤシャ。

 その推力は絶大だった。ヤシャは金剛の到着予定時刻よりも24時間以上早くダフネ補給泊地の宙域に到達した。

 途中の慣性航行中は暇だったのでヤシャの性能把握と完熟訓練に費やした。この機体はまだ実機では未使用の機能も含めて、もうすっかり彼の手足だ。


 リョウハはほぼ空になったプロペラントタンクを切り離す。念のため、後で回収できるようにビーコンを付けておく。

 泊地での補給が上手くいけばこんなタンク程度は惜しくないが、人類の文明が壊滅している現状ではいずれはこんな物でも貴重品になるかもしれない。


 ダフネ補給泊地の中心はミキと呼ばれる直径1キロを超える岩塊だ。

 これがいわば重石である。ラグランジュポイントの影響でだいたい同じ位置に戻ろうとするこの岩塊からワイヤーを伸ばして遠方からの荷物を受けとめたりするのだ。


 ミキの周囲には宇宙船を停泊させたり荷物を並べておく空間が広がっている。

 ここは本来ならすべてが秩序正しく整然と並んでいるはずなのだが、今は見るも無残に崩れていた。


 ミキの中にも生存者は居るかもしれないが、馬鹿な真似をして生き残るチャンスを自ら投げ捨てたような奴らだ。心情的に救助の優先順位は低い。

 探すのはランフロール女学院のチャーター船。名称をグローリーグローリアと言うらしい。


「こちらヤシャ。ダフネ補給泊地への到着を報告する。相対速度はほぼゼロ。航法計算は正確だった」

「こちら金剛管制室。当然だ、そんな簡単な計算を間違えたりしない。そちらの様子はどうだ?」


 ヤシャとの通話はレツオウの副官、ムサカ・クランツが対応していた。


「金剛からでも観測できると思うが、かなり酷い。貨物の配置が乱れているだけでは無く、細かいデブリが散乱している。泊地の管制からの呼びかけもない。戦闘か破壊工作か、変事があったのは間違いない」

「こちらでは高速で移動する物体を観測しているが?」

「ボーラだな」

「は?」

「すまん、大昔の武器のことだ。ロープの両端に重りをつけた物で、回転させながら投げて使用する。ここで動いている物はちょうどそんな状態だ。単分子ワイヤーで繋がれた二つ以上の物体がお互いのまわりをまわっている。重りが三つ以上の場合はかなり複雑な軌道を描く。動きを予測するのは困難だ」

「単分子ワイヤーという事はワイヤー部分に触れてもマズイ?」

「宇宙服ぐらいなら真っ二つだな。金剛やヤシャでも非装甲部分なら損傷する」

「それは意図的に作られたトラップなのか?」

「偶然にしては数が多い。何かの係留作業中に事件が起きて撒き散らされた可能性もあるが、おそらくトラップだろう」

「……そうか。情報によればチャーター船の乗員が押し寄せる暴徒と交戦したそうだ。彼らが作ったのかもしれない」

「生命を捨てた奴らにはあまり効果が無さそうなトラップだがな。10人中9人までは素通りできそうだ」


 論評しながらリョウハはヤシャのセンサーブロックをトラップが集中している方向へ向けた。


「当たりだ。旅客コンテナを接続した宇宙船を発見した。明りは消えている。ここから見る限りでは大きな損傷はない」

「外部発光体は本体の動力が切れても一年や二年は持続するはずだ」

「敵が近づきにくくなる様に自分で消したんだろう。……微速前進。これから旅客船に接近する」

「大丈夫なのか?」

「特に問題はない。トラップの間を飛び抜けて一気に宇宙船に取り付くか、トラップの掃除をしながら接近するか迷う程度だ」

「ならば掃除を優先してくれ。ヤシャは基本的に単座だ。ヤシャだけがチャーター船に取り付いても救助は成立しない。その狂気の機体にリョウハ君以外の誰かを乗せるわけにはいかないしな」

「こいつの狂気はまだこれからだぞ」


 ヤシャにはリョウハ自身が呆れはてた機能がある。プロペラントタンクを切り離した事で可能になった機能だ。


「ヤシャはこれより作業形態に変形する」


 スイッチ・オン。


 ヤシャの胴体がひねるように90度回転した。十文字に配置されていたロケットが平面上に四つ並ぶ。

 干渉を避けるため、前部の二つのロケットが外側に移動した。それにより前部のマニュピレーターが自由になる。『肩』の外側に可動式のロケットが配置された形となる。

 後部からも『脚』の位置のマニュピレーターが展開した。後部ロケットは『腰』の位置にとどまるが、可動域は拡大する。これにより頭へと飛ぶのでは無く、人体に見立てた場合の『前後』に対しても加速が可能となった。

 最後に最前部のセンサーブロックの装甲が一部解除され、こちらも可動域が広がった。


「ちょっと、なんだその趣味的な機体は⁈ そこまで人型に似せる必要がどこにある⁈」

「って、見ているのか?」

「それは宇宙空間だ。多少離れていても光学観測ぐらいは通るさ。単分子ワイヤーまで見分けろと言われたら無理だが」


 そうか、とリョウハはヤシャを振り返らせ、金剛のいる方向に敬礼してみせた。


「こんな形になったのは先日の巨大生物兵器(レパス)との格闘戦の所為らしい。ヒサメはもっと人型に近い方が戦いやすいと思ったようだ。宇宙機を使っての殴り合いなんて他に武器があったら絶対にやらないし、武器をわざわざ手で持つ必要なんか無いんだが」

「持ち替えが容易なのは利点にならないのか?」

「ハードポイントに固定しておけば十分だ。特に射撃武器は関節のブレが影響すると致命的だ。わざわざ関節だらけの腕の先に持つ意味はない。人間が狙撃する時だって脇を締めてなるべく関節を固定して撃つものなんだぞ」

「ま、その機体は愛妻弁当のようなものだ。文句を言ったら罰が当たる」

「別に気に入ってないわけじゃない」


 弁当箱のふたを開けたら大きなハートマークが描かれていた。うん、それと同じぐらいは恥ずかしいな。


 リョウハはヤシャの両手にプラズマブレードを持たせ、旅客船にゆっくりと接近する。

 なんとなく嫌な予感がした。


 彼には超常的な予知能力などはない。嫌な予感も過去の経験や学習からの判断のはずだ。

 記憶を探ると、なんとなく工房時代の先輩強化人間の言葉を思い出した。


「お前が強くなろうとするのは良い。だがな、リョウハ。いつの時代も本当に勝つのは強いヤツじゃない。より狡猾なヤツ、詭計を駆使するヤツだ」


 あの男がトラップを仕掛けるなら、どうやるだろうか?

 わからない。

 だが、このまま前進してはいけない事はよく分かる。


「気が変わった」


 リョウハは切り離したプロペラントタンクの所に舞い戻る。両足で蹴って客船に向けて押し出す。


 さて、どうなるか?


 回転する単分子ワイヤーのブレードは広い宇宙ではそうそう当たるものでは無い。先ほど彼は10人中9人までは素通りと表現したが、実際には100人中99人の方が正解かもしれない。

 タンクは何事もなく流れていき、いきなり吹き飛んだ。


「リョウハ君、何があった?」

「指向性爆薬を使ったトラップだ。回転する刃物という目立つものと一緒に配置してあった。単分子ワイヤーを気にしながら接近したら横合いからドカン、だ」

「そっちが本命か。性格の悪い」

「トラップに対してそれは褒め言葉だな」


 リョウハは左手のプラズマブレードをしまい、代わりに小さなハンドガンを取り出した。

 小さいと言っても生身の人間が持てる大きさでは無い。穿孔用の機械を改造した間にあわせ武器で、宇宙で使うには反動が強く集弾性能にも難がある。ではあるが、今は貴重な宇宙機用の飛び道具だ。


「何をするつもりだ?」

「何を、とは?」

「そんなトラップがあっては近づけないだろう」

「存在さえ分かれば対処はできる。あたりのデブリを残らず片付ければ済む話だ。それに、あの罠はソフトターゲット向けだ」

「ソフト?」

「非装甲目標。普通の宇宙服やトミノ式の様な作業機のことだ。ヤシャの装甲は大気圏往還機用の単分子ワイヤー帷子装甲の端材を利用している。装甲部分ならあの程度の爆発では傷ひとつ付かない」

「愛されてるな」

「うるさい!」


 装甲部分なら傷も付かないと言っても装甲のない部分なら損傷を負う。作業形態だと関節が多い分、弱点も多い。ヤシャは人型になっていないと武器が使えないのが問題だ。

 リョウハは一見無造作に、その実細心の注意を払って接近する。


 単体のデブリに対しては指向性爆薬の作動範囲外からハンドガンで弾きとばす。

 ボーラ状の物体は単分子ワイヤーをプラズマブレードで切断する。ワイヤーを斬ってしまえば両端の物体は遠心力で勝手に飛びさっていく。


「おい。リョウハ君、きみはさっき手に持った武器なんて命中率が低くて役に立たないとか言わなかったか?」

「言ったと思うが?」

「ハンドガンが全弾命中している様に見えるんだが」

「今やっているのは戦闘じゃない。ただの作業だ。ターゲットも間に合わせのトラップだし、この機体の限界性能まで試されている訳じゃない」

「君の要求性能が高すぎるのはよくわかったよ」


 それ以上のアクシデントは起こらなかった。

 ヤシャは順調に掃海をおこない、あたりの宇宙はきれいになった。クリア・エーテルというやつだ。

 その過程で旅客船の船名も確認できた。間違いなくグローリーグローリア、ランフロール女学院のチャーター船だ。


 反面、船から何の反応もないのが気にかかる。

 正規の乗組員は全滅しているそうだが、少しぐらいは船の操作ができる者がいないのだろうか?


 お嬢様ばかりではそれも難しいのかもしれない。


 ヤシャはグローリーグローリアにゆっくりと接近した。両足のマグネットで船に吸着、甲板上に「立った」。


「こちらヤシャ。目標との接触に成功。これより接触回線による通話を試みる」

「こちら金剛管制室。了解した。幸運を祈る。……司令からの伝言だ。なるべく好感をもたれるように接触しろ。角はできるだけ隠しておけ、だそうだ」

「了解した。宇宙服を着ている。角は問題にならないはずだ」


 ヘルメットをかぶっていれば、バイザーを跳ね上げておいても額のあたりはちょうど隠れる。角度に気を付ければ見られることはない。


 通話を試みると言っても、普通に呼びかけたら届く先は無人になっているであろうコックピットだ。

 非常時用の操作で船の操作権を一部だけ譲り受ける。

 グローリーグローリアの情報中枢も正規の乗組員が全滅していることを認識しているのか、リョウハが自分の身分を入力すると素直に従ってくれた。


 船内のなるべく広い範囲に放送をかける。


「こちらは第五整備宇宙基地所属の駐在武官リョウハ・ウォーガード中尉だ。グローリーグローリア、生存者はいるか? いるなら手近の通話装置に話しかけてくれ。それでこちらにつながる」


 同じ内容をゆっくりと三回繰り返した時、ようやく反応があった。


「生きています。生きています。助けてください。今度は私を連れ出してください」


 薄暗い部屋の中で必死に叫ぶ、金髪の少女の映像が浮かんだ。

 これぞ正しい発育の十五歳ぐらいの女の子。特に胸部の発育はヒサメとの比較が哀れになるほどだ。さすがにカグラには負けるようだが。

 あちらにもコクピット内のリョウハの映像が浮かんでいるはずだ。


 少女は彼の映像に縋りつくように叫んだ。


「助けてください。何でもします。私を差し上げますから助けてください」

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