表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
30/69

2-12 野心家の嗤い

 レツオウ・クルーガルは野心家である、というつもりは本人にはない。

 彼は普通にそこそこ善良な男だ。しかしながら、権力を手に入れるチャンスがあるのにそれを見逃すほど枯れてもいない。

 壊滅したブラウ惑星系を復興させるために全力を尽くす。その過程で権力を手に入れる。二つは容易に結びつくし、彼はそれらを両立させるつもりでいた。


 彼は今、金剛の第一管制室から発進しようとするリョウハの専用宇宙機を見送っていた。


 リョウハの専用機は作業用のトミノ式をベースに再設計したものだと言う。

 が、その姿はトミノ式とは似ても似つかない。作業肢は付いているそうだが高加速時には邪魔になるという事で今は折りたたんで関節をロックしている。大きさは本体だけでトミノ式の二倍ほどもあるだろう。現在は機体を挟み込むようにプロペラントタンクが設置されているのでさらに大きく見える。


「管制室から専用機へ、射出用カタパルト準備完了。……その機体の名称の設定を求める」

「やっぱり名前がいるか?」

「当然だ。特に希望が無いならリョウハ機で済ませるが?」

「……金剛が母艦で鬼が乗る。ヤシャだ。機体名称はヤシャで登録してくれ」

「了解した。管制室からヤシャへ、こちらはオールグリーン。すぐに発進するか?」

「こちらヤシャ、ヤシャの点検はまだ終わらない。あと三分くれ」

「こちら管制室、了解。ゆっくり点検してくれ。組み上げたばかりの新品だ。本来なら一週間ぐらいかけてテストしたいぐらいだ」


 担当管制官とリョウハの間で会話が続いていた。


「リョウハ君は大丈夫でしょうか?」


 唐突に言ったのはレツオウの副官のような存在ムサカ・クランツだった。レツオウは鷹揚にうなづく。


「今回の任務だけならば彼ならどうにかするだろう。将来的・長期的にはけっして大丈夫ではないがな」

「どういうことでしょう?」

「彼は不必要に危険に近づく癖がある。プロとしてはその辺りがダメな点だな。今回の件でも私だったら先行しての救助作業など決して主張しない。金剛で乗り付けて、万全の支援を受けられる状態で救助する。本人も言っていたが、二重遭難を避ける配慮は必要だからな」

「では、その事を本人に指導するべきでは?」

「リョウハ君のためを思えばその通りだが、我々としては彼が危険を冒してくれるのはありがたい。それに、彼の実力を把握しているのは本人だけなのでどの程度の無理をしているのかよく分からん。そして何より、彼が希求している物はおそらくスリルと冒険だ。彼が望んでいる一種の報酬を渡さずにいるのはかなり怖いぞ。あれだけの力を持つ者がスリルを求めて暴走する所を想像してみろ。近寄りたくないから」

「では、彼は早死にするしかないと?」

「冒険家とはそういうものだろう」


 ムサカは納得したような承服しがたいような微妙な顔をした。


「彼が実年齢でも成人ならそれで納得できるのですが」

「人体工房が非人道的なのは今さらだろう。ところで、フウケイ船長はどうした? いつもなら管制室に詰めているはずの時間だが」

「診断の結果、軽い脳障害が発見されたとかで、治療のためにしばらく休むそうです」

「そうか。ま、所詮はお飾りの船長だ。特に問題はあるまい」


 フウケイ・グットードが船長職にあるのは金剛の元々のクルーの生き残りだからであって、その能力によるものではない。ちなみに、整備中の金剛の居残り当番だった乗員はもう一人いたのだが、彼は遺体となって発見されている。ゴーストによって殺害され、その存在を知らなかったリョウハが特に救助活動をしなかったためである。

 フウケイの直属の部下としてはレツオウの本来の腹心である運行班のメンバーを当てている。レツオウとしてはお飾りに実権を渡すつもりはさらさら無かった。






「こちらヤシャ、点検終了だ。停止状態で可能なチェックはすべて終了した。いつでも良い、やってくれ」

「何度も言うが初使用の新型だ。異常を察知したらすぐに救助を求めろ」

「了解した。だが、新型と言っても各部に使われているのは十分に枯れた技術だ。基幹となるパーツにここ10年以内に開発された物はない。信頼性はある」

「あの姫様ならこっそり改良していても不思議はないがな。……5カウントで射出する。カタパルト操作はこちらで」

「ケーブルの切り離しはこちらでやる。起動電流の供給をよろしく」

「了解した。問題なし。……5、4、3、2、1、射出」


 カタパルトによる射出と言ってもダフネに向けて勢いよく発射したわけではない。ヤシャの噴射炎が金剛を傷つけないように横に向けて軽く打ち出しただけだ。

 ずんぐりとした不格好な塊のような形状のヤシャはケーブルにつながれたまま星の海へ放り出される。


 管制室の計器がケーブルを通じて膨大なエネルギーがヤシャに流れ込んでいることを示している。


 緊張の一瞬だ。


 起動用のエネルギー、ヤシャに搭載された小型核融合炉の起動用のエネルギーが供給されたのだ。この作業は万が一のことを考えて母船の中では行わないことになっている。


「核融合炉起動、成功。ケーブル切り離す」

「おめでとう。貴殿の航海の無事を祈る」

「ありがとう」


 モニターに映し出されるヤシャがケーブルを切り離す。

 同時に宇宙空間で自機の存在を明瞭に示すためのライトアップを開始する。金剛は船体の各部に発光体を備えているが、ヤシャは機体全体に発光する塗料を使う方式を採用したようだ。恒星から遠く離れた宇宙空間だというのに光と影の強烈なコントラストを示すこともなくヤシャはその姿をはっきりと明示する。

 リョウハのカラーである青を基調に隈取のように黄色のラインが入ったデザインだった。


 ヤシャは内蔵ジャイロの効果を確かめるべく左右に上下に旋回し、機体をロールさせる。


「こちらヤシャ。機体の操作性は良好。ただしオプション装備の配置には一考の余地ありだ。プロペラントタンクを設置したままでは手足が伸ばせない」

「こちら管制室、それは姫様に言ってくれ。それに、どうせ手足が必要になるのはダフネ到着後だ。問題はないはずだ」

「ヒサメならリアルタイムでモニターしている。が、ハードポイントをデザインしたのはヒサメだが、オプションを取り付けたのはヒカカ班長らしい。運用データの集積が必要だ」

「了解した」

「それではメインロケットの噴射を開始する。データを取りながらダフネヘ向けて適当に加速するので、減速時の航法計算は頼む」

「引き受けよう。念のため言っておくが、加速でプロペラントを半分使おうなどと思うなよ。ダフネとの速度同調の為には金剛も減速しなければならないことを忘れるな」

「こちらヤシャ、了解」


 ダフネへ向かって高速で移動中の金剛から発進した以上、金剛が持っている速度分も減速しなければダフネを通り過ぎてしまう。

 補給泊地には通り過ぎようとする荷物を捕獲する設備もあるが現状ではそれの作動は期待できない。


「TR・TLロケット、噴射開始」


 ベースとなったトミノ式は双発機だが、ヤシャのメインロケットは四発ある。前方左右に二発と後方上下に二発、十字型に配置されている。そのうち前方の二つのロケットが作動を開始した。


 まずは微速前進、と誰もが思ったのだがヤシャは弾かれたように加速する。

 モニターの映像は追跡が間に合わない。レーダーによってその無事を確認する。


「想像以上の推力だ。気に入った」

「こちら管制室。ヤシャ、最初から飛ばし過ぎではないか?」

「これでも全力にはほど遠いぞ。B1・B2ロケット、噴射開始」


 加速がさらに倍になった。


「フレーム強度もまだ余裕、か。その気になれば20Gぐらいは出せるんじゃないかな?」

「それは……。リミッターをつけて運用した方がよくはないか?」

「俺なら何とか乗りこなせる」

「ならば個体認証をつけて他の者には扱えないようにした方がよいな」

「そのあたりの安全策は任せる。……軽い異常発生。プロペラントタンクの接続部にストレス?」

「そのタンクは民生品のアリものだったな。メーカーの保証は3Gまでのはずだ。安全係数は三倍はとられているが、10Gを超える加速だと破損する危険がある」

「20Gは無理か。いや、何とかなりそうな」

「何をした?」

「ヤシャの手を伸ばせる範囲内にタンクのラッチがあった。二か所で保持すれば20Gは無理でもそこそこの加速には耐えるだろう」

「プロペラントタンクを手荷物あつかいか? 言っておくがヤシャの限界を見極めようなどと思うなよ。減速前に推進剤を失ったら金剛で迎えに行くのも難しい」

「俺だって宇宙の果てまで飛んでいきたくはないさ」





 ヤシャは分解することなく無事に遠ざかって行く。

 レツオウはそれを見送って薄く嗤った。

 リョウハが彼のコロニーのために女性を調達してくれれば、彼の権力の掌握はより完全な物になる。


 現在の金剛の人事はほぼ理想的な物だと判断する。

 内外に対する対人・社会的な統率は彼レツオウが「自分の組織」として行う。

 金剛の機械的な部分に関してはヒサメが「自分の船」あるいは「自分自身」として管理する。

 金剛の生物学的環境はカグラが「自分の生態系」として制御する。

 リョウハにまわす危険な仕事はこの先、いくらでも出てくるだろう。彼には「彼の冒険」を満喫して貰えばよい。


 このトップ四人が満足していれば他の者は従うしかない。

 他の三人に見限られない為にも、自分の仕事はしっかりとやらねば。


 レツオウは部下たちから報告を受ける。


「ブロ・コロニー残存部分から定時報告。ウロボロスの口は健在。ただし、他星系からの入電はなし。よその超空間通信設備がすべて破壊されたのではないかと、推測が述べられています。宇宙には恨みや呪いが満ちていると追伸があります」


 ブロ・コロニーの生き残りは少しおかしくなっている様だ。無理もないが。


「惑星系外縁部から接近して来る物体は依然としてこちらからの呼びかけに応えません。相対速度が大きいのでこれからよほどの減速をかけない限り通り過ぎるだけだと思いますが」

「そいつへの注意は怠るな。亜光速の襲撃者の仲間かもしれない」

「了解です」


「衛星シンジュの観測拠点と通信が繋がりました。相手は相変わらず、『自分がシンジュのすべてを制圧した』と宣言した人物です」

「テヅカ何某か。厄介な奴がいたものだ。通信はこちらに回せ」

「通信、回します」


 レツオウの前に不機嫌そうな顔をした若い男の映像が浮かんだ。

 彼のフルネームを口に出すことはこの管制室内でははばかられる傾向にある。


「またアンタか、おっさん。そう何度も呼びだすんじゃないよ。こっちは暇じゃないんだぜ」

「これは定時連絡というものだよ。お互いの無事を確認しあうだけでも有用だ」

「無駄な時間を使いすぎだっての」

「そうだな。個人が持つ時間の量は有限だ。君がそんなに忙しいというなら、定時連絡だけでも誰か部下に任せたらどうかね?」


 テヅカが本当にシンジュのすべてを制圧しているなら簡単なはずだ、とレツオウは暗に挑発する。


「アンタは俺を馬鹿だと思っているのか? 外部との連絡を他の誰かに任せるだって? 内通してくれと言っているようなものじゃないか」

「信頼できる部下の一人もいないとは不幸なことだな」


 この男にまともな部下などいるはずがない。

 そもそも、シンジュに駐留している人間の名簿にこの男の名前はなかった。


 だが、レツオウはこの男がシンジュを制圧しているという言葉を疑っていなかった。こいつにはそれが可能だろうと、身近な類例が示している。


「昔から船長をしている人は良いねぇ。その船を使って流通王国を築くという野心もさぁ。で、今回の用事は俺の顔を見ることだけか? ならば切るぞ」

「強いて言うなら君からも情報の提供があったランフロール女学院のチャーター船に、先行救助のメンバーを派遣したという報告かな。つい先ほど出発した」

「へ? 俺はそこは結構危険だと言わなかったか?」

「心配ない。当船の保安要員は優秀だ」

「ま、俺としては先行した奴が死んでも関係ないけどな。その船さえ無事なら」


 テヅカは薄ら嗤いを浮かべている。その目はレツオウを通して金剛を見ている。彼がシンジュを制圧したという能力を使ってこの船の乗っ取りも考えている事は容易に想像できた。

 隙さえ見せなければ問題ない。とは思うが、油断はできない。万が一にも船内から彼に呼応する者がいたらおしまいだ。


 テヅカには金剛の正確な情報は渡していない。また、彼の事をこの管制室にいる者以外の誰にも話すつもりはない。


 その理由はテヅカの名前と顔、特に彼の額にあった。

 そこには小さな二本の角が生えていた。


 彼のフルネームはテヅカ・ウォードク。


 人体工房製の戦闘用強化人間がもう一人いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ