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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
27/69

2-9 事案

 ヒサメが混乱したためか、あたり一面がメチャクチャな動きを始めた。

 壁が脈動し、そこかしこからロボットアームやその他の工作機械が飛び出してくる。まるで障害物競走だ。ある意味、理性的に追い詰めてくるより危険でもある。先ほどまではあった「殺さない程度の手加減」が今はない。まともにくらったら即死級の攻撃が容赦なく襲ってくる。

 とは言え。


「たとえ百万の軍勢でも、指揮官が混乱していたら意味はないんだぜ」


 リョウハは進路上に硬化手投げ弾を連続で投げつつ突進する。

 ヒサメがうろたえている今が一番のチャンスだ。


 工場区は差し渡し100メートル程度、ヒサメの居場所を追跡する方法があればその発見は困難ではない。


 視認した。


 確かに女の子だ。

 頭に大きなヘルメットをかぶっている。ヘルメットから銀色の髪が四方にたなびいている。

 首から下は全くの生身だ。部屋着らしい薄い白のワンピースを身に着けている。無重力環境でワンピースとか無防備すぎだろうと思わないでもないが、ここではそもそも防御を固める必要が無かった。


 今までは、だが。


 彼の姿を直接見て、少女はさらに慌てた。

 細い腕を無意味に振り回し、言葉にならない叫びをあげている。


 リョウハを押しつぶそうと新たな壁が迫ってくる。

 その壁を蹴って、逆に加速する。


 工作用の切断機械を取り付けたいくつもの腕が彼の進路を遮る。


 ここで止まってはいられない。


 青鬼モードに移行。強引に突破を図る。

 切断工具を白刃取りし、ロボットアームを殴りつけてひしゃげさせ、生体電流の放出で焼いた。


 それでも限界はあった。


 迫る刃を宇宙服の装甲で受け流したつもりだったが、その工具には何か彼の知らない能力があったようだ。予想以上の切れ味で装甲が切り裂かれる。左の手首を骨に達するほど斬られた。

 血がしぶく。


 とっさの判断でその血をヒサメに向けて飛ばした。


 悲鳴が上がった。


 女の子は男より血に対して強いと聞くが、ヒサメはそうでも無い?

 期待したよりはるかに大きな効果があった。少女は硬直し、ロボットアームの動きも同様に止まった。


 ゴールだ。


 次の瞬間、リョウハは少女の身体を胸に抱きとめていた。


(小さいな)


 それが最初の感想だった。

 ヒサメの年齢は15かそこらのはずだったが、もっとずっと幼く見える。


 リョウハはまず自分の常識を疑った。15歳とはこのぐらいの大きさが普通なのだろうかと。

 何といっても彼の周囲には「戦闘用」の大柄な人物が多かったし、そもそも本人が「普通の15歳」を経験したことがない。しばらく悩んだが、どちらかと言うと栄養不足による発育不良だろうと結論した。


 かぶっている「ヘルメット」と思ったものは頭に直接接続された情報機器だと判明した。基本的に取り外しはできないようだ。

 そこからたなびく銀色の髪も、本物の髪ではなかった。放熱や他の機器との直接接続に使用できる多機能のデバイスであるようだ。


「リョウハ」


 しばらく沈黙が続いたあと、少女が名を呼んだ。

 彼女も彼の事を観察しているようだったが、彼女にとって意外なことは何ひとつなかっただろう。彼のスペックデータなどすべて知り尽くしているはずだから。


「ヒサメ、俺の勝ちだな」

「その顔はやめて、食べられそうな気がするから」


 ニヤリと笑ったリョウハは少女の返答に傷ついた。が、すぐに気付く。まだ青鬼モードのままだった。

 解除して人間らしい肌色を取り戻す。


「こっちの方が良い。もともとの顔立ちは悪くないんだから」


 少女の手がバイザーをあけたリョウハの顔を撫でる。

 宇宙服を着ているため、彼の露出している部分はそこだけだ。


「腕は大丈夫?」

「俺ならこの程度は問題ない。皮膚はもうつながった。筋肉もすぐ治る。骨はしばらくかかるが」

「痛くはあるのね」

「痛覚を麻痺させるような機能(スキル)は持ち合わせがないな」


 ヒサメはおとなしくリョウハの腕に身をゆだねていた。


「私は負けたのね。私をどうするつもり?」

「当然、外へ連れ出す。抵抗する様なら、この姿勢からなら意識を奪うのも容易い」

「どうやるの?」

「頸動脈を絞めればいい。特に危険もない。失禁ぐらいはするかもしれないが」

「……それはとっても危険だと思う」

「あとは勝利者の権利だな」


 リョウハの手が少女の肌の上を滑った。

 あちこちを無遠慮にまさぐる。


「ちょっと、リョウハ、そこはダメ! あっっ」

「左腕は折れているな。3G加速の時に無理な姿勢をとっていたか? 他にも打撲が数か所。体の鍛え方が足りない」


 ひきこもり少女は涙目で鬼を見上げた。


「いや、足りないのは栄養の補給の方か。身体に巻き付けている電極は筋肉の刺激用だろう? 当人が意識しなくても自動で筋肉を収縮させてくれるヤツ。俺に言わせれば怠惰の極みだが、それなりの筋肉の量は確保できるはずだ。食事はしっかりととるように。それから……」


 リョウハの指先が少女の首筋から背骨にかけてなぞった。


「あんっ」

「頸椎にダメージがある。その頭部のユニットが重すぎるのだろう。重力下での行動が増えることを考えて着脱式にするかパワーアシスト機能の採用を考えるように。身体を鍛えて対応するなら指導するが」

戦争馬鹿(アナタ)の基準で考えないで」


 リョウハの顔面を小さな拳が襲った。が、当然ながらダメージのかけらもない。それどころか殴った方が不自然なほど痛そうにしている。


「電気刺激だけでつくった筋肉は十分な制御ができない。脳にそれを扱った記憶がないからな。まともに動けないだけなら良いが」

「筋肉が痙攣をおこすって言いたいんでしょう! 今、はっきりわかったわよ!」


 イロイロな理由で涙目だった。


「とりあえず、医者に診せに行くぞ」

「その医者がアレなのが問題なのよ」

「そこは諦めろ。代わりはいない」

「このまま行くの?」

「自由にして逃げられても困るしな。拘束されてひっぱって行かれる方が好みか?」

「そういう事を真面目に言わない! ……お姫様だっこで妥協してあげる」


 そのぐらいなら問題ない。

 リョウハにとってこの小さな身体の運搬が負担になるはずも無かった。


 リョウハはヒサメを抱えなおし、そして尋ねた。


「それで、出口はどちらだ?」





 リョウハとヒサメの戦い(ケンカ)は金剛の主船体側でも観測出来ていた。

 工場区の派手な組み替えは振動となって伝わる。エネルギー消費の増大も無視できないレベルだった。


 1G加速の終了後、閉鎖された連絡通路の前に人が集まっていた。

 ヒカカ・ジャレン率いる七人のドワーフたちと、白雪姫と呼ぶには少しだけ薹が立った美女カグラ・モローだ。翼が生えた黒豹ギム・ブラデストもやってきている。


「船体を伝わってくる振動はひとまず収まったようです」


 鋭敏な感覚器官をもつ黒豹が言った。計器をチェックしながらドワーフも応じる。


「エネルギー消費も通常レベルに戻りつつある。どうやら終わったようだな」

「終わったって、その大騒ぎ、リョウハ君が侵入してから始まったのよね。生きているのかしら、彼?」

「リョウハにはお嬢様特製の生物兵器(レパス)の群れを壊滅させた実績があります。お嬢様が姫様に勝てる自信があったのなら彼にも勝ち目があると考えるべきでは?」

「そのことは思い出させないでちょうだい」

「アイツはあの時、フル装備での出撃を選ぶことすらしなかったぞ」


 意地悪く言ったヒカカに美女の肘鉄が決まった。


 どんな結果が出たのか待つことしばし。

 連絡通路を切断していた隔壁が動き出した。ゆっくりと引き抜かれていく。わずかに空気が漏れるが、通路の素材の力でその穴もすぐに埋まっていく。


 開いた通路の先には見たことのない美少女を抱えた大柄な男の姿があった。


 リョウハの身長は2メートル近い。それも鍛え上げられた筋肉が盛り上がった姿だ。

 対してヒサメはローティーンと思われてもおかしくない未成熟なボディ。この二人が一緒にいると、やはり……


「事案発生だな」

「事案ね」

「私も事案だと思います」


 ヒカカ、カグラ、ギムが次々に言った。

 銀髪のメカ少女が幸せそうに大男に抱っこされているので、ますます痛ましく感じられるようだ。


 しかし、その評価にはもう一段下があった。

 ヒカカは拳を握り締めた。


「訂正する、事案じゃなくて犯罪だったわ」

「その評価はちょっと酷くないか?」


 抗議するリョウハだったが、ドワーフは無言でヒサメの白いワンピースを指さした。

 血痕が点々と残っている。


「あ」


 七人のドワーフたちの一斉攻撃が行われた。

 ヒカカ一人が相手ならリョウハは余裕でさばいただろう。また、ヒサメを抱えていなければ七対一でも後れを取ることなどありえない。

 受けも回避もままならずリョウハは轟沈した。


 合掌。

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