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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
26/69

2-8 人形たちの腹の中

 加速を始めた金剛は垂直に立った壁のようなものだ。

 高さ500メートル、幅800メートルの垂直の壁。ただし地面はないのでここから落ちたら無限に落下し続けることになる。無限の落下の間に金剛に戻って助けてもらえばいいのだが、そんな醜態は絶対にさらしたく無い。


 工場区までの落差は約50メートル。

 リョウハはその半ば以上を自由落下した。真空中のため、地球上を模したシミュレーションでの経験より落下速度が速い。残り20メートルあたりからワイヤーを操作して制動をかけた。常人なら骨折しかねない勢いではあったが着地に成功する。


 迎撃の動きはない。

 まあ、当然だ。ヒカカ班長たちだって船外作業ぐらいはするのだ。近づく者を問答無用で攻撃するようなシステムは組めないだろう。


 工場区の有人ブロックのありかはだいたい想像がつく。

 通路がないどころかそちらが「下」になる事すら想定されていない場所を歩いて移動する。非常用の出入り口を発見、こちらはエアロックではない。固体以外の通過を阻む半流体扉だ。金剛本体との違いは大気圏突入が想定されているか否か。当然、金剛の方が丈夫に出来ている。

 侵入用の認証を行うと、硬化していた扉が半流体に変化する。加速度を受けて半流体が内側にたわんだ。もともと無重力を前提に作られた設備だ。重力下で作動させると半流体に穴があく可能性もあったかと冷や汗をかく。

 ま、内側からの1気圧に耐える以上、1G程度の重力は問題ないと思うが。


 内部に侵入しようとして、リョウハは不覚にもためらった。


 これは女の子のプライベートエリアへの侵入だ。

 モラルとして許されないと思うより先に、妄想が頭をよぎる。


 もちろん、彼にも生殖機能はある。実年齢以上に成熟させられた体は普通に性欲もある。それどころか、同期の強化人間の中には他種の強化人間との「交配実験」を任務にしている者もいたはずだ。


 他の者が絶対に入ってこれない場所で女の子と二人きり。


 先ほど「夜這い」と言われたことが生々しく胸に、そして下腹部に響いた。


 宇宙服の中での勃起は具合の良いものではない。

 リョウハは思考を無理矢理にそちらからもぎ離す。


(そもそも、自分からは絶対に出てこない以上、ヒサメに生殖能力が残っているかどうかも分からないんだ。妄想通りの美少女である可能性はさらに低い。運動不足なせいでブクブクに太っていて、風呂にも入っていないので垢まみれのアバタだらけ。手入れしてないボサボサ髪で……うん、萎えてきた)


 気を取り直して工場区へ侵入する。

 流体扉の向こうは思ったより落差があった。4メートルほどを落下した。ガチャリと音を立てて着地する。

 そこは足の踏み場もないほど何かの部品が散乱した部屋だった。


(もう少し整理したらどうだ?)


 ちょっと呆れてしまう。

 室内が与圧されているのを確認、呼吸可能であるのを確かめてからヘルメットのバイザーを開く。

 彼は嗅覚も常人よりは多少は強化されている。金属や樹脂の匂いとともに、必ずしも清潔とは言えない生活臭が混ざっているのを確認する。


 ここの空気はヒサメの生活空間までそのまま繋がっているようだ。


 あちらの通路の先だろうか、と当たりをつけた所で足元で蠢く物に気付く。

 ただの部品だと思った物のいくつかはれっきとした完成品。自律機動するロボットだったようだ。ただし無重力のみに対応したタイプ、無重力の中を飛ぶことはできても1G下での歩行は不可能。だからウゾウゾとしか動けない。


 蠢く物体たちはささやき声を出す。


「リョウハだ」

「リョウハ」

「リョウハだ」

「来た」

「来た」

「来た」

「リョウハが来た」

「警戒」

「警戒」

「警報」

「警告」

「警告」


「俺はそんなに危険人物か?」


 リョウハは思わずツッコミを入れた。

 いや、さっきまで性犯罪者的な妄想をしていた事を想えば間違った扱いではないが。


 金剛の主船体と同じくこちらにもアナウンスが入った。

 予定通り15秒後に加速を終了する、と。


 あたりが無重力になると、小さなロボットたちがふわりと浮き上がる。

 統一感のない奴らだ。二重反転プロペラを使う者もいれば昆虫のように羽根を震わせる者もいる。大きさも機能もすべて違う。工業生産品ではなくすべて手作りの品らしい。ヒサメ作としては素朴で拙い造りだ。修業時代・子供時代に作った物なのかも知れない。


 小さなロボットたちは協力して作業を始めた。

 部屋の壁から壁にロープを渡し、ネットを張り、そこに自分たちと同じぐらいの大きさの部品を引っかけていく。

 ここは部品の倉庫か展示場だったようだ。

 部屋の中にきちんと並べられていたパーツたちが加速によってすべて落ちた、それが先ほどまでの惨状だった。


 新しいロボットが通路の向こうからやって来たり、パーツをどこかへ運んで行ったりもしている。

 何らかのルールにのっとった組織的な行動。


「ロボットの生態系でも作っているのか?」


 小さなロボットたちに戦闘能力はなさそうだ。

 リョウハはそちらは無視して移動を始める。無重力に戻った室内を泳いで通路へと入る。

 記憶している工場区の見取り図にはこんな構造はなかったはず、と不審に思う。ヒサメが勝手に改造しまくって、その分が図面に反映されていないのだろう。保安担当者としては正確な図面の提出を求めたいところだ。


「リョウハだ。警戒」

「リョウハだ、警告」


 妙だ。

 小さなロボットたちが近くには居なくなったのに、まだささやき声が聞こえる。


 壁や天井が話している?


 そして、本命の女の子の声がする。


「ここまで来たのね、リョウハ」

「今頃気が付いたのか? かなり痛みがあるらしいな」

「痛み? この程度のノイズ、問題ない」

「戦闘生物なみの再生能力があるならともかく、怪我っていう物は放置するべきではないぞ」


 さて、ヒサメはどう出てくるか。

 リョウハは油断なく前後左右に視線を走らせる。


「私と戦うつもり?」

「必要とあらば」

「無理。いくらリョウハでもそこにいる限り私には絶対に勝てない」

「そうか? つい先日も同じような会話をした記憶があるが」


 亜光速で移動する敵に肉弾戦専門のリョウハでは何もできないと言われた。結果は知っての通り。


「あの時とは違う。あの時にはリョウハに行動の自由があった。今は、すでに詰んでいる」

「なら、盤面をひっくり返すさ」

「無理。それをやるのは私だもの」


 天井方向で異常。

 何かの予兆を感知した時、リョウハは全力で前方へ跳んだ。

 それが彼を救った。

 天井が丸ごと降ってきていた。彼をプレスしようと襲ってくる天井をギリギリで回避、通路から多少は広い空間へ退避する。


 床と天井の間に隙間が残っている所を見るとそれなりに手加減するつもりはあったようだが、あそこにいたら身動きが取れなくなっていたことは間違いない。致命傷にならないというだけで、相当な重傷にもなっていただろう。


「今のを避けるなんて、さすがリョウハね」

「自分の生活空間に釣り天井を仕掛けるとか、頭にも異常が出てないか?」

「その認識が間違いなのよ」


 どういう意味か、考えているヒマはなかった。

 飛び込んだ部屋の一見何もない所からロボットアームが出現した。金剛の物資搬入口にあるものほど大きくはないが、それでも太さが並みの人間の胴回りぐらいある。伸縮する機能もある様で、この部屋ぐらいならその全域に腕を伸ばせるだろう。

 リョウハは掴みかかってきたそいつを回避し、根元に硬化手投げ弾を投げる。相手の可動範囲を制限することに成功した。


「スゴイ、スゴイ! でも、ここは工場区。ロボットアームはいくらでもあるよ」


 部屋の壁の一部が後退する。開いた空間に新たに二本のロボットアームが出現した。


(なんだ、今のは?)


 特別に罠として設置したのでなくとも壁は普通に可動する。ロボットアームはどこへでも移動できる。そんなことが可能になる条件とは何だ?


「そうか、無人工場区なんて物はとっくの昔に無くなっていたんだな。あったのは工場区に擬態したヒサメ特製の人形(ロボット)だけ。この場にあるすべてがお前の人形(ロボット)だ」


 楽しそうな笑い声が返ってきた。


「そういう解釈でも正解かもね。私は自分が工場区全体に拡大したと思っているけど」

「自我の肥大化って物はあまりいい文脈では語られないぞ」

「ここにいる限り、私は百万の軍勢に守られているようなもの。戦いは数が大事なんでしょう? 硬化手投げ弾はあと何発あるの? 生体電流でここのすべてを焼き尽くせる? 詰んでいるとはこういう事よ」

「なめるなよ」


 敵がどれだけの大軍でも、この場合は大将さえ捕まえればこちらの勝ちだ。本人の姿が見えていなくとも、行方を捜す方法はある。

 リョウハはロボットアームの一方に硬化手投げ弾を投げつつ、壁を蹴って全速で移動を始めた。


「え、ええ?」


 ヒサメがうろたえている。


「私に向かって一直線? どうして、どうやったら私の居場所がわかるの?」

「教えてやらないよ」


 教えたら、たぶん怒るから。

 獣ほどとは言わないが、嗅覚だって自然発生人(ナチュラル)よりは強化されているんだ。


(ヒサメ、二、三日風呂に入ってないだろう)

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