2-7 子供たちは愛を語る
リョウハは攻略すべき連絡通路のスペックを呼びだした。
全長20メートル、直径3メートルの軟質素材のチューブだ。穴が開いても自動で修復してくれる優れものだが外部からの攻撃に対する防御力は持っていない。これの途中にシャッターが下りて通行不能になっているらしい。
自分ならこの通路をどうやって防衛するか考えてみる。
シャッターにセンサーを設置、侵入して来る敵を通路の外から狙撃する。もっと確実に殺るなら、狙いなどつけずに通路全体に弾幕をはればいい。逆に非殺傷の攻撃をするなら敵の後ろにもう一つシャッターを下ろして通路を完全に分断、そのまま宇宙に放逐する手もある。トミノ式を使うなり金剛自体を動かすなりで回収してもらえるだろうが、そんな事になったら恥ずかしくて表を歩けなくなりそうだ。
うん、無理だ。
あの通路はヒサメのキルゾーンだ。絶対に突破できない。
装甲付きの重宇宙服に強力な推進器をセットすれば力技での攻略も不可能ではないが、その場合はあの通路を通る必要性もまた消滅する。
ここは素直に別ルートからの侵入を考えるべきだろう。
リョウハは少し迷ってから、作りかけの軍服もどきをそのまま片付けた。これは子供の喧嘩だ。軍服を身につけるような任務ではない。
愛銃MK-775を入れたロッカーにも手をつけない。跳弾がどこへ跳ぶか分からないという問題もあるが、それ以上にヒサメの容姿が分からないのが痛い。全身サイボーグ化していたり生命維持装置を着込んでいたりしたらヒサメ得意の機械人形と見分けがつかないかもしれない。迂闊な銃撃はできない。
自室を出ようとしたら軽い警告表示が出た。
加速開始までもう間がない、室内で対Gシートに納まるべき、と。
もちろん無視する。たかが1G、リョウハからすれば気にするほどの物ではない。さすがに船体を前後に貫く直線通路にいたら墜落死は免れないが。
そんな事にならないよう、素早く移動する。
目的地はA7番エアロック。
船体上面のほぼ中央に位置する人間用の出入り口だ。そこからなら主船体の背中にへばりついた工場区のやや前方に出ることが出来る。
ヒサメ相手の喧嘩なら簡易宇宙服よりはもう少しマシな防御力がほしい。
リョウハはエアロックの中にずらりと並んだ各種宇宙服の中から標準タイプのハードスーツを選択した。ファンタジー世界のプレートアーマーのような物だが、それよりははるかに軽い。リョウハの身体能力ならこれを着たままニンジャのような動きも可能だ。
手早く着替えている間に、宇宙服の列の一番はじが空白になっているのに気付いて苦笑いした。先日戦ったパワーアシスト付き重宇宙服は、どうやらここから持ち出されたものだったらしい。
持ち出す装備品を選択する。
前回活躍した振動アックスの装備は当然だ。今回は予備バッテリーも用意することにする。
命綱代わりに使用する予定のワイヤーガンを点検する。
単分子ワイヤーは少ないスペースで長大な活動範囲を保証してくれる。
背中に機動ユニットを背負おうとして、これは取りやめた。
ここにあるユニットはすべて民間用のものだ。確実な動作と安全性が売り。軍用と違って機敏な動作も瞬間的なパワーも期待できない。体になじませた動きが出来ない装備なら最初からない方がマシだ。
部屋の片隅に硬化手投げ弾があるのを発見した。
これは作動するとまず発泡して体積を急速に拡大する。そして直後に硬化。本来は船体の損傷を素早くふさぐための物だが、暴徒鎮圧用としても重宝する。リョウハは8個入り1ケースを宇宙服のラッチに取り付けた。
リョウハが設定した作戦開始時刻までまだもう少し間があるようだった。
彼は大気の振動と電波の両方を使って話しかけた。
「ヒサメ、聞いているか?」
「……」
「ま、今は聞いていないとしても記録にぐらいはとっているだろうから、かまわず話させてもらう。ヒサメが外を、人間を恐れる気持ちは理解した。未知の存在への恐怖、それまでいるのが当たり前だった存在が消えてしまうことへの恐怖、よくわかるぞ」
ちなみにリョウハのこの発言を聞いて、ヒサメは唇を尖らせて「全然わかってない、やっぱり戦争バカ」とつぶやいていたのだが、そんな事はリョウハには知る由もないことだった。回線がつながった状態で黙っているのならともかく、最初からマイクのスイッチが切られていたら彼にだって気配を察するすべはない。
「一方的に打ち明け話をされるのも不公平という気がするので、こちらの話にも付き合ってもらおう。……知っているとは思うが、俺は人体工房で新型の戦闘用強化人間のプロトタイプとして生まれた。これといった親はいない。多数の人間の遺伝子を混ぜ合わせ、そこに散々手を加えているからな。まあ、それでも、子供のころはそれなりに愛情をもらっていた、のかな? 自分の作品が可愛くない技術者などいない。扱いは悪くなかった。しかし、当時の俺は問題児だった」
今も大変な問題児だ、とツッコミを入れる者はここには居ない。
「当時の俺はあまり戦いたがらなかったからな。戦意がない。闘争心がない。同期の中で一番スペックが低い失敗作とみなされていた。あまりにも戦わないのでいっその事もう処分してしまおうか、なんて話も出た。仕方ないからそうなって初めて戦った。相手はこちらを本気で殺しに来る生物兵器の群れだった。先日のカグラ・モロー作の生物兵器とちょっと似ていたな。アレもモロー一族の誰かが作ったものだったのかも知れない。少しだけ苦戦したが、こちらが本気になったらあまり面白い戦いにはならなかった。俺は別に返り血を浴びるのが好き、ってタイプじゃないし」
「……」
「そうこうしているうちに疑問がわいた。自分は何のために生きているのか、と。自然発生人の子供だとなかなか答えが出ない問らしいが、俺にとっては簡単だった。俺の製造目的なんか、最初からはっきりしている。戦闘用、だものな。自分が戦うための存在だというなら戦闘能力を磨いてやろうという気にもなった。そして俺はやりすぎた、のかも知れない」
リョウハは自分の拳を見つめた。
「俺は体を鍛えた。戦略や戦術を勉強し、戦闘技能を磨いた。そして、同じ強化人間ですら俺には誰も勝てなくなった。そうやって強くなったが、その強さを生かせる戦場はなかった。俺たちの開発なんか惰性で続けられているだけで、本格的な戦争なんか何世紀も起こっていない。俺たちに必要な戦闘能力はせいぜい酒場の喧嘩の仲裁程度だと知った時には、正直絶望した」
「……」
「絶望して、ヤンチャした」
彼は遠い目をした。
反省はしているが、後悔はしていなかった。
「戦闘訓練にかこつけて、一年先輩の相手をグチャグチャにした。俺たちの再生能力でも完治が難しいぐらいの文字通りのグチャグチャに。それで今度は逆の理由で処分されそうになった。凶暴すぎる、ってな」
勝手なものだ、と戦慄の鬼神は嗤った。
「ま、それが狙いでもあったんだけどな。俺を処分しようとするなら、俺は処分されないための戦いが始められる。たった一人の戦争では遅かれ早かれ俺が死ぬことになっただろうが、少なくとも戦って死ぬことはできる。俺はそれでもかまわなかった。が、そんな俺が欲しいと言ってきた男がいた。ジャック・ドゥ司令だ」
「……」
「彼のおかげで殺処分を免れたのはほんの少しありがたいという程度だったが、あの人は俺に任務をくれた。俺の生きる意味をくれた。姫君の護衛任務を、な。近代的な軍人ではなく騎士だと思えば、戦う者として悪い役割ではない。俺は生きる意味を得た。この任務は全力で務めさせてもらう」
再び船内アナウンスが入る。1G加速に向けてのカウントダウンが始まった。
リョウハは宇宙服のバイザーを閉じる。エアロックを作動させる。赤色の警告表示が出るが保安部権限で動作を続行させる。
室内の空気が排出され始めた。
「この任務に全力で当たるつもりだからこそ、現状が気に入らない。護衛相手の顔を見ることも出来ず、その健康状態がどうであるのか知ることも出来ない現状がな。これは俺のわがままだ。ヒサメ、これから会いに行く」
宇宙服に通信が入る。
ヒサメから答えが来たのかと思ったが違った。男の声だ。運行班の誰かだったと思うが、声だけではとっさに名前までは出てこなかった。
「A7番エアロック。誰だ? 誰が使用している?」
「こちらA7番エアロック、リョウハ・ウォーガード中尉だ。何も問題はない」
「すぐにも加速が始まる。船外作業は許可できない」
「たかが1Gだろう。俺にとっては気にするほどの重力ではない。そちらは予定通りに加速してくれればいい」
「工場区に行くつもりか? 気持ちはわかるが加速が終わるまで待て。今は危険だ」
「別に気持ちで行動している訳じゃない。戦術上の必要性だ。ヒサメは以前の加速により負傷している可能性が高い。1Gとは言え有重力下ならその迎撃行動には遅滞が出るだろう。そこを突く」
「……そこは姫様の怪我が悪化するから加速を延期してくれと頼み込むところではないのか?」
「それは本人が自分で申し出るべき事だな。俺は対戦相手の弱点を突くだけだ」
「これだから戦争狂は。あとで姫様に拗ねられても知らないぞ。……分かった、船外活動を許可する。夜這いでもなんでも行ってこい」
「感謝する」
「加速するぞ、踏ん張れ」
「了解」
無重力だった船内に重力が発生する。
リョウハは今まで壁だと認識していた床に立ち、重さを感じながら歩いた。
エアロックの中はすでに真空だ。
大気中なら天井にあたる部分を開放する。大気圏突入にも耐える強靭な扉が重々しく開いていく。
今は船体の底面を惑星側に向けているからこちらからでは発光を続けるブラウの姿を見ることはできない。代わりと言っては何だが、金剛の船体の各所が光を放っているので明りに苦労することはない。
航行中の宇宙船はなるべく目立つことを義務付けられているので、全体がまるでクリスマスツリーのようだった。
ここから工場区まではほんの50メートルほどしかない。
ただし、地球上と同等の重力下における垂直落下の50メートルだ。
そこそこのスリルにリョウハは笑みを浮かべた。
「行くぞ」
高さ50メートルのバンジージャンプ。
リョウハは手近のフックに単分子ワイヤーを絡ませると、虚空に身を躍らせた。




