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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
宇宙戦艦襲来 分離装甲艦『金剛』
19/69

2-1 全体集会 招集

 ガス惑星ブラウはG型恒星ダイテラスの周囲を巡る第四惑星だ。

 軌道のすぐ内側にアステロイドベルトがある事も含め、太陽系の木星とほぼ同じ地位にある。ダイテラス系には太陽系の水星相当の星がなく、第二惑星にはバクテリアからほんの少し進化した程度の生物しか居ないのが違いだ。


 もともと、この星系が注目された理由は第二惑星だった。

 単細胞生物から多細胞生物への進化経過が観察できるという理由で観測所が置かれ、そしてこの位置が人類版図のさらなる拡大のための補給基地に良いのではないか言われる様になった。


 そこで持ち込まれたのが合計12隻のヘリウム採取船ガスフライヤーであり、4つ(と、おまけ一つ)の整備宇宙基地だった。巨大だったブロ・コロニーも、もともとはガスフライヤーたちをバックアップするための物だった。






 今、惑星ブラウの恒星化まで心配された超爆発から、ガスフライヤー『金剛・改』は3G加速で緊急離脱を行っていた。

 だがそれは長く続けられるものではない。緊急発進したため推進剤にも限りがある。一部の乗員への体力的負担も大きい。


「中尉、船外の放射線数値が下がってきています。まだまだ平常値には程遠いですが、どうやらピークは越えたようです」


 操縦席につかまる翼付きの黒豹ギム・ブラデストが言った。

 鬼の異相をもつ強化人間リョウハ・ウォーガードも船長席のモニターをチェックする。


「船底の温度の上昇もとまった」

「前例のない現象なので油断はできません」

「油断するつもりはないが、大丈夫だ。爆発の原因はすでに通りすぎた」

「あなたは我々より多くの情報を握っているようですね。機密でないならお教え願いたいのですが」

「後でな。今はロケットの出力を絞ってくれ。1G加速を二分間継続。その後、慣性航行へ移る」

「了解しました」


 金剛・改の加速が鈍る。

 もちろん、ここは宇宙空間だ。加速が減ったからと言ってこれまでに獲得した速度まで失うわけではない。金剛・改が順調に惑星ブラウから離れて行っていることに変わりはない。


 リョウハはほっと息をついた。

 どうやら生き延びることには成功したようだ。


 だが、これからやるべき事の多さに安堵の息はため息にかわる。

 強引に指揮権を強奪したのは彼自身だ、誰を恨むわけにもいかない。直接的な戦闘とは関係ないこれから先の事は誰かに丸投げしたいが、少なくともフウケイ・グットードから譲られた24時間の間は彼が指揮を執るべきだろう。

 大災害から離脱しての最初の24時間、つまり今後の方針を決定するのは彼の役目という事だ。


 船長席に直接コールサインが届く。

 誰からだろうと思いつつ受けてみる。リョウハの前に「厳格」という言葉を絵に描いたような顔が浮かんだ。良く見知った少しだけ苦手な相手、第五整備宇宙基地の運行責任者だったレツオウ・クルーガルという男だ。


「リョウハ君、今指揮を執っているのは君か?」

「クルーガルさん、今まで何をやっていたんです? 基地からの避難指示は私よりあなたが出す方が筋だと思いますが?」


 基地駐在武官の恨みがましい声に運行責任者はバツが悪い顔をした。


「ヒサメ君関係の騒ぎは私の管轄外だからな。カグラ・モローの宇宙艇が接近してきたあたりで、薬を飲んで寝てしまった。寝て起きたら世界がひっくり返っていた。何がどうなっているんだ? 納得のいく説明を要求するぞ」

「……情報の開示とすり合わせは必要でしょうね。分かりました。その為の場を用意します」


 船内の見取り図を呼びだす。今、この船に乗っている人間は50人かそこらのはずだ。その程度の人数が集まれる部屋などいくらでもあるだろう。

 ざっとあたりを付けた後、放送設備を動かす。


「こちらはリョウハ・ウォーガード中尉だ。まず報告しておく。本船は当面の危機は脱した。船外の放射線量も船体の温度も低下傾向にある。繰り返す、本船は当面の危機は脱した」


 黒豹が背中の翼を打ち合わせた。拍手のつもりらしい。レパスも真似をして両手の鎌をカチカチとぶつけていた。

 通信が繋がったままのレツオウが彼を観察しているのがやりにくい。


「本船は間もなく慣性航行へ移る。それから約15分後、1615に船内の全員を集めて集会を行いたい。そこでこの船と人類全体が陥っている状況について説明する。各員は1615までにブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す、1615までにブリーフィングルームに集合せよ。なお、この船に初めて搭乗した者も多いと思う。なので、ガイドシステムを作動させる。ブリーフィングルームまでの道筋は青い矢印で表示される。それに従って移動するように」


 映像の向こうのレツオウが「合格だ」と言うようにうなづいた。

 映像が消えるのとリョウハが放送を切るのがほぼ同時だった。


「それから、ギム殿。すまないが……」

「お構いなく、中尉。ここを無人のまま放置するわけにはいきませんよね。私はここからモニターで参加させていただきます」

「感謝します」


 1G加速が終わるまでの間にガイドシステムを作動させる。

 このあたりの操作は第五整備宇宙基地と同じなので戸惑うことはない。





 ガイドシステムの作動はリョウハ自身にとっても有効なものだった。彼には自然発生人(ナチュラル)を大きく上回る記憶能力があるがそれでも『金剛・改』の内部構造はうろ覚えだ。

 空中に浮かぶ矢印に従ってゆっくりと移動する。


 この船の中での生活は長くなりそうだ。船内の移動経路ぐらいは体に覚えこませなければ、と戦争狂らしいことを思う。

 もっとも、その前に考えておかねばならない事は多い。


「ヒサメ、聞いているか?」

「……」

「ヒサメ?」

「大丈夫、聞こえている」


 明瞭な、それでいて元気のない声が応じた。


「どうかしたのか?」

「ちょっとノイズがね」

「また、何かあったのか?」

「大きな問題はない」

「さっきの加速でどこかに無理が出たのか?」

「大丈夫。原因も対処方もわかっている」

「手に負えないようなら早めに言えよ」

「そうする」


「これから始める全体集会の事なんだが」

「ヤダ」

「顔を出せとまでは言わないが、皆への説明はヒサメがやった方がいいと思うんだ。情報の一次側に少しでも近い人間が話した方が情報の精度が上がる」

「それでもヤ」

「……分かった、主な説明は俺がやる。間違いがあったら遠慮なく正してくれよ」

「それぐらいなら」


 ゆっくり移動していたら、ヒカカ班長の怒号が響いてきた。

 何事か、と思って耳をすますと、ブリーフィングルームが片付けられていなかったらしい。フウケイ・グットードのものらしい弁解交じりの声によると、航海の無事終了を祝ってそこで宴会をやったらしい。無重力で宴会をやってその後に3G加速。それは確かに大惨事だろう。


 ぶつくさ言いながらも整備班のドワーフたち、生活班のおばさんたちを中心に片付けと掃除が始まったようだ。


 彼らに任せておけば、会場の準備は大丈夫だろうと判断する。

 今のうちに何をどう話すか思案を始める。が、その思考は廊下の向こうからやって来るグラマーボディの美女に遮られた。

 直接の面識はないが顔ぐらいは知っている。彼女がカグラ・モローだ。


「ハァイ、彼氏さん」

「なんだそれは」

「だって、ヒサメの彼氏さんでしょう? あの子と話しているとあなたの名前ばっかり」

「嘘だな」

「嘘じゃないよ、あの子が口にする名前の99%はあなたのものね」

「人名を話すことが極端に少ないだけだろう」

「それは、まぁ、そう。小学生の恋愛レベルね」


 むっとした声が頭の上から降ってきた。


「誰が小学生よ」

「あら、聞いてたの?」

「さっきからリョウハと話していたのは私」

「お子様でないなら大人の恋愛って、見てみたくない? 経験はないんでしょう? そこに男性型のセクサロイドでも持っていない限り」

「大きなお世話。これだからオバサンは」


 豪華な美女が不意に動く。豊満な胸にリョウハの左腕を抱え込む。お互いに簡易宇宙服を着ている。体温を感じたりはできないが、何かの香水が強化人間の鼻孔をくすぐった。

 片腕を拘束されるとは戦争狂にあるまじき失態。リョウハは内心の動揺を抑えて無表情を保つ、努力をした。


「な、な、な、何をやっているのよ!」

「何って、オトナの恋愛の最初の一歩よ。まだナニもヤってないじゃない」

「ヤるな」


 発音が卑猥だ。


「離してもらえるかな、モロー博士」

「カグラと呼んでちょうだい」

「モロー博士」


 カグラ・モローはしぶしぶ腕をはなした。


「博士、真面目な話がある。乗船している間、正式に船医として活動してもらいたい」

「構わないけど、他に有資格者は居ないの? 私は資格は持ってるけど、臨床医としての経験はないわ。ペーパーもいいところ。人間相手の医者として病院で働くなら半人前扱いもされないでしょうね」

「この船の本来の船医は休暇中だ。整備宇宙基地の方には最初から医者はいない。医療機械を操作するための特別教育の終了者なら何人かいるが」

「重傷者や重病人が出たらカプセルに入れて搬送が基本なのね。そういう事なら引き受けるけど、本当に凄い名医だと期待されても困るわよ」

「最初にやってもらいたいことは被ばく放射線量と放射線障害の検査です。今はまだ症状が出ていなくとも、すでに致死量の放射線を浴びている可能性すらある」

「あぁ、確かにそれは必要ね」


 美人マッド生物技術者は嫌な顔をした。

 今は元気だけど実は致死量の放射線を浴びている、なんて人間に告知するなど誰もやりたくない。


「嫌な役目を押し付けて申し訳ない」

「それが医者の役目ってもの。気にすることはない。……それより」

「ん?」


 モロー博士の目が肉食獣のものになった。これは比喩的な意味だ。しかしその眼にはリョウハをも後ずさりさせるだけの迫力があった。


「今のはこの船にいる全員に対する健康診断の依頼だよね。つまり最強の戦闘用強化人間の研究ができる」

「過度な検査は禁止だ」

「組織片の採取と全身のスキャンを手始めとして」

「おい!」

「やっぱり切り開いて中を直接見てみたいよね。普通のメスは通るのかな? 再生能力はどのぐらい?」

「禁止だと言っている!」

「けちけちしなくとも、ちゃんと後で元に戻すからさ」

「戻せなくなる姿しか浮かばない」

「ならせめて、減数分裂した細胞の採取だけでも」

「何をどうやって採取するつもりだ?」

「それはもちろんナニをどうするのよ。手がいい? お口がいい? それとも私の事も愉しませてくれる?」

「……」


 不覚にもリョウハは絶句していた。

 頭上からヒサメがかみついてくる。


「このエロ年増! どさくさ紛れに何を口走っているのよ」

「あらお子様。……ねぇ、エロい女医さんて素敵だと思わない?」

「掃除も終わるようだ。そろそろ集会をはじめる。失礼する」


 吸着靴の性能上ぎりぎり歩行とみなされる速度でそこから逃げ出す。

 彼の高感度の聴覚がカグラのつぶやきを拾った。


「ガタイに似合わず純情なのね。童貞かしら?」


(ほっとけ!)

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