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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
破滅する世界 ガスフライヤー『金剛・改』
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1-14 自宅警備の本領

 ドワーフ型強化人間であるヒカカ・ジャレンは妻帯者である。彼が10も年下の自然発生人(ナチュラル)の女性をゲットした手段は第五整備宇宙基地の七不思議のひとつに数えられている。

 だが今はそのことが彼の心を苦しめていた。


(これは、イカンかも知れん)


 妻と子がこの基地にともにいればまだ良かった。だが、二人ははるか彼方。ブロ・コロニーで生活している。この全惑星系レベルの災害の中で無事でいられる可能性は低い。

 それでも彼は自分の責務から逃げなかった。自分も最前線に飛び出していきたい思いを抑えて複座宇宙艇から指揮を執っていた。


 ガスフライヤーの中枢がメインロケットを作動させようとするのを手動操作で押しとどめる。

 一歩間違えば作業員が全滅しかねない危険な作業だ。

 綱渡りのようなギリギリの動き。かと言って後の事を思えばロケットを破壊するわけにもいかない。


『よし、ガスフライヤーの中枢システムの破壊を確認。……班長、人員の移送を開始してくれ』


 リョウハから待ちに待った連絡が来た。

 遮蔽ブロックの状況をちらりと見る。もう限界を超えた。融解が始まった赤い斑点ばかりか穴が開いているところまである。しっかりした造りの作業用宇宙服やトミノ式ならともかく、簡易宇宙服では放射線に耐えられるかどうかわからない。


「了、解」


 この状況での宇宙遊泳は死刑台に送るのと同義かも知れない。

 そう思いつつ答えを絞り出す。


「メインロケットの停止作業をしている者は作業停止。すべて元に戻してその場を離れろ。嬢ちゃんの貨物艇は動かないのか?」

『無理よ。降伏を宣言して念入りに止めちゃったんだもの。そう簡単に再起動出来たら困るでしょう』

「そいつが動かせれば問題はすべて解決だったんだがな」

『あの時点では基地を捨てなきゃいけなくなるなんて想像も出来なかったんだから仕方ないわ』

「こんなに次々に事件が起こるなんて、いったいどうなってやがる? 嬢ちゃん、アンタ何かヤバいことの引き金を引いたんじゃあるまいな?」


 ヒカカにとっての事件の発生順は「カグラ・モローの襲来」→「惑星ブラウの大爆発」→「ガスフライヤーの中枢システムの反乱」である。


 いわれのない濡れ衣にカグラが反論しようとしたとき、この場にいる人類の中で一番多くの情報を握っている人物が状況に復帰した。


「みんな、よく頑張ってくれた。あとは任せて」


 宇宙服のヘルメット越しの通信はくぐもって聴こえるものだ。しかし、彼女の声だけは耳元で囁かれているようにクリアに響いた。

 聴くものすべてに対してそれぞれ違った補正をかける。それが人形姫の実力(こだわり)だ。


 工場区で造ったビックリドッキリメカでも出てくるかと思ったが違った。

 整備ブロックの係留アームの一本が動き出す。リミッターも何も関係ない動き、通常の5倍速ぐらいは出ている。

 あんな動きをさせたら後の整備が大変だ、と反射的に思ってしまう。そして、あのアームはこれが最後のご奉公だと哀しくなった。


 係留アームは動作範囲の設定も無視して動いた。

 停止中の小型貨物艇をつかむ。


『ちょっと、何するの?』

「動かす。舌かむよ」

『……』


 宇宙艇は貨物用ハッチの前に運ばれた。


「コンテナの開閉ぐらいは出来るよね、オバサン」

『誰がオバサンよ! 言っとくけど、今回はアンタに負けたんじゃ無いんだからね!』

「オバサンはリョウハに負けた。リョウハは私の名代。問題ない。オバサン呼び、継続」

『ちょっと、中尉。こいつ、こんなことを言ってるけどいいの?』

「リョウハの位置にはそこからの通信は届かない。中継器が必要。……届いても問題ないけど」


 開いたコンテナの中に基地の人員が我先に飛び込んでいく。

 外部作業に慣れない事務員の一人が宇宙に投げ出されそうになったが、ヒカカの配下の一人がそれを救助。事なきを得た。もっとも、放射線の致死量と即死量の間には膨大な隔たりがある。本当に無事だったのかどうかはあとで検査を受けなければわからない。


『おやっさん、貨物ハッチまでたどり着いたメンバーは全員乗りましたぜ』

「名簿と照らし合わせている暇はない。今の時点でそこにたどり着いていない者は残念だが諦める。姫様、やってくれ」

「コンテナはちゃんと閉めてね、オバサン」

『オバサンはやめなさい、小娘!』


 繋留アームが再び設計外の速度とパワーで動き出す。フレームを軋ませながら貨物艇に短い宇宙の旅を完遂させる。


「よっしゃぁ。ガスフライヤーに乗り移れ。宇宙に身をさらす時間は最小限にしろよ。照り返し程度とは言え、放射線を浴びることになる」

『その必要はありませんよ、班長殿。第一管制室はこちらで掌握しました。その艇ぐらいならガスフライヤーの内部に収容可能です』

「その声はさっきの黒豹さんかい? 大将はどうした?」

『中尉殿の口は現在ふさがっておいでです。お姫様、そちらのアームをはなしていただけますか? こちらで受け取ります』


 先ほどリョウハを襲った作業アームが本来の用途で使用される。

 小型貨物艇はガスフライヤー金剛のハッチの内部へ。

 規則上では念入りな固定作業が必要だが、非常時という事で省略。アームでの保持だけで済ます。


「俺らも船に乗り込むぞ。撤収いそげ」

『それはいいんですが、おやっさん。誰かひとり、忘れているような気がしませんか?』

「忘れていようがどうしようが、今から助けに行っている暇はない!」

『いや、そういう訳にはいかないお人なんですが』


 誰でも一緒だ、と怒鳴りつけようとしてヒカカはようやく気がついた。間違いなくガスフライヤーに乗っていない者が誰かという事に。


「……あぁ、忘れてたと言うか、元気な声が聞こえていたのでもう心配ないと思い込んでいたと言うか……」

「うん。このまま見捨てられるかと思った」

「申し訳ない。このヒカカ・ジャレン、粉身砕骨の思いで姫様の救助に向かわせて頂きます! おい、回頭しろ! 推進器全開!」

「本当に砕けちゃいそうだからそれはやめて。現在計算中。最初は肉体を捨ててプログラムになってそっちに移動するつもりだったんだけど」

「やめてください!」


 ヒカカの魂の叫びに、誰かのせき込む音が重なった。


「リョウハは口の中の物を飲み込んでから喋ってね」

『誰のせいだ!』

「私の責任じゃない。プログラムになって移動するにはそちらの容量が足りないから、面倒だけどハードごと持っていく事にした。……そろそろ始める。危ないから近づかないで」

「本当に大丈夫なんでしょうね?」


 能力はともかく、それ以外の部分でいま一つ信用できないヒカカだった。

 だいたい肉体(ハード)ごと移動で宇宙機の接近が危なくなるって、どういう事だ?


 その答えはすぐに出た。


「爆発ボルト、点火」


 引きこもり姫の専用区画、無人工場区が瞬く光とともに切り離される。

 姿勢制御用の小さなバーニアを吹かしてふわりと移動する。

 先刻で作業終了と思われた繋留アームがもう一度稼働する。分離した工場区をつかむ。ガスフライヤーの背中のハッチのない部分に押し付ける。


「さすが姫様だ。しかし、宇宙服での移動は不慣れでしょう。お迎えに上がりますのでその場に待機してください」

「必要ない。班長こそ早く退避して」


 工場区が足を広げるように変形した。

 工場区の構造を利用した変形のはずだが、何をどうやったのか、宇宙基地の構造を熟知しているはずのヒカカでもとっさには理解できない。


 広がった足の先がガスフライヤーのある場所を探り当てる。緊急用ブースターの取り付け位置だ。

 工場のハッチが開き、中から小型宇宙機、のようなものが出てくる。

 宇宙機のようなものは最低限の移動のみを果たした。足とブースター用ラッチ両方をガッチリとつかみ、両者の間のジョイントとなった。


 ドッキング、だ。


 ヒカカは自分の目を疑った。こんな事をわずか数分の余裕で考案し実現するなんて、技術畑の人間としては到底信じられない。

 彼は眼をしばたたせ、頭を振った。

 それだけで信じられないという思いを追い出した。


 あの姫様とあの大将、二人のやらかす事にいちいち驚いていては身が持たない。


 代わりと言っては何だが、カグラ・モローのキンキン声がヘルメットの奥で響いた。


『あーっ、あの引きこもり、家ごとの移動を成功させやがった!』

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