1-13 獣の時間
来た道を逆にたどる。
元の搬送路に近づく。そこで通信が回復した。ただし宇宙服の無線だ。
『まだか、大将。遮蔽ブロックに光る斑点が見え始めた。もういくらも持たんぞ』
ヒカカ班長のだみ声だ。
ドワーフではなく女の子の声が聴きたい。割と切実に。
「半分、終わった」
『あと、援軍がそっちに向かった』
援軍、誰の事だ?
この基地に戦闘要員はリョウハしかいないはず。
聞き返す手間はかけなかった。援軍が間に合えばそこらで出会う。それで十分だ。
スロープを抜けて搬送路へ出る。
行きがけに蹴散らした搬送機械群が待ち伏せているのではないかと思ったが、何もない。かわりに物資搬入口方面でゴチャゴチャ騒いでいる様子があった。
あれが援軍効果だろうか?
誰が来たか知らないが敵の追撃を絶ってくれたのなら、まずまずの戦果だと評価する。
広い直線ルートだ。スピードを上げて跳ぶ。
通路の突き当たりから人間用の廊下へ入る。
ここから先は与圧区画のはずだが、なぜか扉は解放されていた。真空の直線の廊下を先へ進む。
(罠、か?)
罠が無かったらその方が不自然だと思える状況だ。だが、どんな罠だ? 真空中だからと言ってリョウハが不利になる要素はほとんどない。短期決戦であれば宇宙服の破れ目を気にする必要すらないのだ。
廊下の先に『第一管制室』と表示された扉がある。無機質で無骨な表札の下に子供の手作りらしい二つ目の表示がある。『かんせーしつ。パパのおしろ』だそうだ。
罠があったら喰い破る。
その覚悟とともに前進する。
至近距離まで来たとき、『パパのおしろ』の扉が内側からはじけ飛んだ。
かなりの運動エネルギーだが、戦闘用強化人間が怪我をするには足りない速度だ。リョウハは扉を余裕をもって払いのける。むしろ、扉の後ろから来るだろう攻撃を警戒した。
攻撃は予想外だった。
払いのけた扉以外のエネルギーで後方へ引っ張られる。それは目に見えない何かだった。
排斥ビーム? 反重力?
そんなものではない。宇宙服を着ていなければもう少し早く気づけただろう。それは風だった。
第一管制室の内部では空調システムが異常動作していた。内部の空気を通常では考えられない気圧にまで圧縮していた。その空気の圧力が扉を吹き飛ばしたのだ。
圧倒的な気圧差が爆風となってリョウハを後方へ吹き飛ばす。
時間が惜しい。
リョウハは手近な手すりをつかんで爆風に抵抗した。
そこへ敵の追撃。
管制室の中から飛び出してくる人影があった。
「!」
リョウハは一瞬、あっけにとられた。その人影は何からナニまで見えるようなスケスケの下着を着た女性の姿をしていた。
右手の振動アックスで両断しようとする動きが鈍る。
こいつが人間の訳があるか!
不甲斐ない自分を叱咤する。
超高圧から真空に近いところへの減圧を経験しても平気でいるのはそれ専用の強化人間なら不可能ではないが、高気圧によって廊下を加速しながら吹き飛ばされてくるのに恐怖の色も見せていない。自分の身を守るような動きもしていない。こんな人間はいない。
こいつはたぶんセクサロイドだ。性慰安用のアンドロイド。
乗員の中に好き物がいたのか船の備品として用意されていたのかは知らないが、これも搬送機械群と同じく敵に利用されているのだろう。
女性の正体に見当がついたのは良かったが、初動の鈍さがたたった。スケスケの女に抱き着かれる。
リミッターを外されているのだろう、可憐な外見からは想像もできないパワーで締め付けてくる。
「締め付けが強いのはもっと別のところにしておけよ!」
手すりを掴んでいるので左手が使えない。
膝を潜り込ませてセクサロイドとの間に強引に隙間を作る。開いた空間を利用して振動アックスをふるう。
その左腕をやすやすと切断。切断面は予想通りアンドロイドの物だが皮膚の部分から赤い液体が流れ出す。
SM趣味用の機能まであるのかよ。
もう一撃、叩き付けて右腕も切り離そうとする。
振動アックスに赤い表示がともり、切れ味が急速に低下する。
エネルギー切れだ。
このアックスはもともと戦闘用ではない。あくまでも非常時に一時的に使用するための物。隔壁を一枚破る以上の事は最初から想定されていない。
振動のないただの手斧としてふるってセクサロイドの機能を停止させる。
風に乗って離れていく壊れた女体を見送る。
腕の力だけで風に逆らって進む必要がありそうだ。
面倒だと思いつつ前方に視線を戻す。
ギョッとした。
追加が来た。
今のとは比べ物にもならない質量の物体。船外作業用のパワーアシスト付き重宇宙服。
大昔の甲冑のようなそれが宙を飛んで殴り掛かってくる。中に人がいるのかこいつもセクサロイドが着こんでいるのか不明だが、応戦しなければならない。
太い腕とエネルギー切れの振動アックスが交差する。
アックスは相手の装甲に弾かれた。
大質量に殴られた衝撃で左手が手すりから離れた。重宇宙服ともつれあいながら風に押し流される。
碌な武器もなしにこんな物をどうやって壊せばいい?
大昔の娯楽用バトル映像に似たようなシチュエーションがあったのを思い出す。
自分の身体を重宇宙服に絡みつける。
その関節を無理がかかる方向に固めて拘束する。相手の頭が廊下の突き当りに激突するように姿勢をコントロールする。
「筋肉ナントカー」
映像で見たそのままではないが、似たようなフェイバリットが完成した。
重宇宙服の頭部と無理がかかった関節が破損した。破損部から手をつっこんで電撃を送り込む。これで10カウントでも立てないだろう。
屁のつっぱりはいらない。
敵は倒したがふりだしに戻されたのが痛い。
リョウハは本来は壁である場所を蹴ってジャンプした。そしてなくなった扉の向こうで何かが動くのを見つける。
(まだ、居るのか)
戦力の逐次投入は普通なら悪手だが、時間稼ぎには有効な手段だ。
モグラたたきのように迎撃されたら厄介だと思案した矢先、リョウハの全身から力が抜けた。最初に設定した3分という時間が経過したようだ。
超人としての身体能力を失っただけではなく血糖値の減少による軽いめまいまで起こしていた。
(ヤバい)
フウケイの救命を後回しにしておけば、という思いが浮かんでくるのを押し殺す。
2つ目の重宇宙服が風に乗って来るのを見つめる。
覚悟を決めて拳を握る。
『助太刀いたしますぞ』
後方から「飛行して」来る者がいた。
翼をもった黒豹のような生き物。鳥類の物にしか見えない翼を昆虫のように高速で動かしている。風に逆らって飛び、リョウハよりも早く重宇宙服に激突する。
黒豹の牙が装甲に穴をうがち、その爪が関節部分を引き裂く。
「ギム・ブラデスト?」
『生身でお会いするのは初めてですな、中尉』
「援軍とはあなただったか」
『もう一体おりますがな』
イオンロケットの光る航跡をのこして飛来する物体がもう一つあった。体長50センチほどの小型の生物兵器だ。
そいつはいったいどうやって入手したのか、口に銃を銜えていた。MK-775空間狙撃銃ファイアビースト。彼の銃だ。
『そいつは中尉に助けられて恩を感じている様ですからな。受け取ってやってください』
「俺が助けた?」
そんな記憶はない。
が、銃を受け取るのは問題ない。
左手で手すりを掴んで体を固定、右手でファイアビーストを受け取る。ざっと点検するが異常はない。さすがは信頼性と整備性に優れた名銃だ。
情報処理機械であるレリーフはこちらの管制室でも部屋の真正面に飾られている。すなわち、この廊下からでも見える。
狙撃できる。
現状だと片手撃ちになるがどうせ無反動の銃だ。
やれる。
射線を遮るように三つ目の重宇宙服が現れるが一撃で機能を停止させる。
間をおかずにもう一発。
レリーフが砕け散る。
結果はすぐに出た。
中枢から割り込みをかけられて異常な動作を強いられていた下位システムが正常に動き出す。
隔壁が下りて与圧区画の気密を確保。
炭酸ガス消火装置は作動を停止し、空調システムは正常な気圧と酸素濃度を求めて全力運転する。
「よし、ガスフライヤーの中枢システムの破壊を確認。ヒサメ、聞こえているか?」
「ん、聞こえる。……ありがと」
「どういたしまして。班長、人員の移送を開始してくれ」
『了、解』
ヒカカ班長の返答はなんだか苦しそうだった。
まだまだ気を抜くには早すぎる。
『中尉、金剛の船内で正気でいるのは我々だけです』
「そうだな。人員の受け入れと出港準備をしよう。ところで、助かったがこのちっこい生物兵器は何者だ? こんなサイズの奴は見た覚えがないが」
『それはさっきまで巨大レパスだった奴ですよ。中尉が抉り出した核から再生しました』
あ。
そういえば、トミノ式で核を回収した後とどめは刺していなかった。それどころではなかった、とも言うが。
リョウハの視線を受けて小さくなったレパスは両手の鎌をこすり合わせてキュイキュイと鳴いた。




