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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
破滅する世界 ガスフライヤー『金剛・改』
13/69

1-12 超人の時間

「無理をする」と宣言したリョウハだったが、その表情は浮かなかった。


 状況が不透明すぎる。

 ヒサメに助けを請われた以上、その通りに動くことに異存はないが敵の正体も目的も戦力も全く不明なのは痛い。目の前の戦術目標だけを見てそれを盲目的に達成しようとするのは士官のやるべきことではないと思う。


 敵の正体は不明。

 状況的にガスフライヤーの中枢システムを乗っ取っていると思われる。金剛のシステムがいつ乗っ取られたのかも不明。整備基地に入港した時にはすでに乗っ取られていて今顕在化したのか、つい今しがた乗っ取られたのかも不明だ。


 敵の目的も不明。

 ヒサメが焦った声を出していた点からこちらに敵意があると思われる。交渉の余地がある相手なら惑星ブラウの爆発から逃れるまでは休戦したいが、今のところは直接的暴力以外のコミュニケーションは成立していない。


 敵の戦力も不明。

 中枢システムの乗っ取りによりガスフライヤーの無人設備は敵の支配下にあると思われる。それ以外の戦力はその有無を含めて不明。巨人宇宙往還機の中に一個大隊が隠れていた、という可能性すらある。ヒカカ班長たちが整備を始めていた以上、可能性としては低いが船体の大きさから見れば不可能ではない。


「現状を打破するためには現在保有する全戦力の投入が必要であると判断する。非常時に付き、支援システムなしでリミッターを解除する。作戦目的、ガスフライヤー金剛の中枢システムの破壊」


 ガスフライヤーの内部構造を思い浮かべる。

 情報処理機械のハードはさほど大きいものではない。よって、電算室のような専用の設置場所は設けられていない。船体の各所に分散配備されている。そのすべてを破壊するのは不可能だが、処理速度の関係上ある程度は重要度に違いがある。第一、第二管制室にある2つが最重要のはずだ。

 これが戦闘艦なら中枢システムが船のメインフレームの内部に埋め込まれていたりするが、民間船は整備の都合上むき出しだ。管制室の正面にレリーフとして埋め込まれている。


「当面の戦術目標、敵性の搬送機械群の戦略的無力化。不随目的、要救助者の確保」


 第二管制室にはフウケイ・グットード二等航海士が倒れているはずだ。

 とどめを刺されていなければ、酸欠空気の中に放置されているだけならばまだ救命できる。


「リミッター解除。制限時間3分。……能力、開放」


 リョウハは青鬼と化した。

 皮膚の色が青黒く変化して、硬質化していた。多少の刃や銃弾などは跳ね返せる優秀な装甲だ。

 その下の筋肉組織も通常の哺乳動物の限界を超えたパワーを引きだす物に変わっていた。デメリットは燃費の悪化。いや、燃費そのものは良いのだが、発生させるパワーが膨大すぎて通常の食物から摂取できる程度のエネルギーでは消費に追い付かない。これは本来、外付けの強化ユニットを装備してから使用すべき力だ。


 とは言え、これで短時間ではあるがリョウハの戦闘能力は飛躍的に跳ね上がる。

 ここまでの戦いで使用した能力は彼に言わせれば「優秀な自然発生人(ナチュラル)でも行使可能な力だ。この見解に異論を唱える者は多いと思うが、彼は心の底からそう思っている。


 そして、ここから先は超人の時間だ。


 リョウハは床を蹴り、壁の手すりを突き放して加速した。

 前後からの挟撃など許しはしない。前方の敵をまず排除する。


 敵として現れた搬送機械は二本のアームと三つの球体タイヤを持ったタイプだ。360度全方向に動く球体タイヤは動きの自由度が高い。が、限界も存在する。

 ガスフライヤーは宇宙空間より大気圏内を飛行している時間の方が長い。だからこんな機械が使われている。


(床の上しか走れない物が無重力で役に立つと思うな!)


 敵は自動機械だ。反応速度は早い。が、そのアームは力強さと動作の確実性を重視したものだ。格闘戦は難しい。

 リョウハと搬送機械が激突する。

 その寸前、機械は自ら回転しながら横殴りのフックを、あるいはラリアットを仕掛けてきた。リョウハ自身が先刻トミノ式で使ったのと同じ戦法、腕の速度が足りないのなら身体全体で補えばいい。


(しかし、その手は水平方向にしか使えない)


 青鬼は身を沈めることで攻撃を回避した。

 右手に持った振動アックスを使うまでもない。下から突き上げるような左の掌底で応戦する。


 搬送機械はそれなりに重い。だが、ここは無重力。


 床に吸着していた球体タイヤが離れた。

 搬送機械はそれだけで自由には動けなくなる。


 宙に浮いた搬送機械をコントロールする。

 後ろから来た二台目の機械にぶつける。

 こちらのタイヤも床から離れた。


(邪魔だ)


 この程度の機械の相手をしている暇はない。

 搬送機械の死角であるタイヤの下をくぐりぬける。

 その背中を蹴って自分は加速。自由を失った機械を後方からくる物に対する障害物として利用する。


 そのまま100メートルほど高速移動する。


 物資の輸送路に下へのスロープを見つける。


 あれを下りれば第二管制室へ行ける。第一管制室へはもっと先で上へ行かねばならない。


 リョウハはわずかに迷った。

 第二管制室より第一管制室を優先すべきではないか? 敵の本体がいる可能性が一番高いのは第一管制室、もしくはそこの情報処理機械の中だ。


 第一管制室に敵がいるのが確実であったなら彼はそちらへ向かっただろう。彼にとってフウケイ・グットードの命はその程度の価値しかなかったし、大勢の命を救うためにはその方が効果的だ。

 だが、第二側が正解である可能性もあった。

 両方を回らなければならないという可能性もそれと同じぐらいあった。

 リョウハは下へ向かった。


 下で気密扉に出会う。

 この船の中枢が敵である以上、通常の手続きで開くとは思っていない。今度こそ振動アックスを叩き込み、半壊した扉を強化された腕力でもぎ取る。


 気密が失われる心配はない。金属製の扉の向こうは固体のみを通過させる半流体の壁だ。


 流体も突破。第二管制室へ入る。

 二酸化炭素が充満している空間だが、簡易宇宙服を身に着けている彼には当然ながら影響がない。また、そうでなくとも彼ならば短時間であれば酸素の補給なしでも活動が可能だ。


 管制室の中に立つ者がいた。

 いや、立っているわけではなかった。座席から立ち上がろうとした時に酸欠空気を吸い込んだらしい。足だけを床に吸着させて意識を失っている。

 ちょっと頼りない風貌の男、フウケイ・グットードだ。

 おそらく呼吸も心臓も止まっているだろう。


 同時に正面に錨のマークの金のレリーフも確認する。

 あれが情報処理機械のハード本体だ。


 フウケイの事は当面無視、それどころかブービートラップを警戒してなるべく距離を取る。

 レリーフに振動アックスを叩き付けた。

 火花が散る。

 これだけでも十分だろうが生体電流を放出して念入りに破壊した。


(これで良し)


 破壊中にも周囲に目を走らせていた。

 探すというほどの事でもない。非常用の救命具を入れたロッカーはもともと目立つように設置されている。


 トラップを警戒するが、ここでしり込みする選択肢はない。

 ロッカーから救命バルーンを取り出す。

 宇宙服の代用に酸素を供給してくれるだけでなく、人工呼吸や心臓マッサージまで自動でやってくれる優れものだ。こういった救命用具は基本的にスタンドアローンなので中枢システムに操られる心配はない。……そのはずだ。

 万が一の時は諦めてもらおう。


 フウケイの身体を救命バルーンに放り込む。

 無線機のスイッチを入れた。


「第二管制室側の情報処理機構を破壊。要救助者の確保に成功」


 返答は、ない。


(ハズレか)


 ここまででどれほどの時間を使っただろう?

 1分か? それとも2分?


 確認する時間も惜しかった。

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