1-9 巨大化バトルは爆発とともに
巨大レパスが接近してくるまでの間に準人型の動作チェックをおこなう。
各関節、異常なし。
左右バーニア、正常作動。
ジャイロ回転数、規定範囲。
準人型の正式名称はトミノ式であるらしい。リョウハが借りた機体の商品名はトミノ式52型。トミノという名前は過去の偉人からとったらしいが、軍人ではないらしくリョウハの記憶には該当人物は見当たらなかった。
トミノ式の身長はおよそ6メートルほど。本体だけなら3メートル強。
本体はほぼ球形でその左右にバーニアがある。バーニアのさらに先が『肩』でそこから作業アームが伸びている。
バーニアの推進軸方向にも二本の作業アームがあり、無重力でこれはただの飾りじゃないかと素人目には見えるのだが、ヒカカたちDタイプメンバーは機体を固定するのに重宝しているらしい。
なお、『頭部』と呼べるものは特にない。ある程度センサーが集中しているブロックはあるが独立した『頭』にはなっていなかった。
『大将、ヤツには電気的なエネルギーやある程度は熱エネルギーも吸収できる能力がある。トーチや電撃は通じないぞ』
「物理的に殴り倒せばいい」
『言いにくいが、準人型ではパワーでも負ける』
「単純な腕力だけが力じゃないさ」
腰が回転しないのが難点だが、トミノ式なら格闘技的な動きはすべてできそうだ。腰の問題もそもそも踏ん張る地面がないなら気にする必要はない。
そして、宇宙機には人間には不可能な動きができる。戦闘用強化人間である彼にも不可能な動きだ。
つなげた糸を引っ張って、大型レパスが接近してくる。
高速で突進してくるかと思ったが、先刻まで同胞が散々翻弄された相手が搭乗していると認識しているのだろうか? 比較的ゆっくりと慎重に近づいてくる。
遅いのは嫌いだ。
トミノ式をクルリと回転させる。
この機体は準人型だがアンパックなどと言う非効率的な姿勢制御はしない。
この狭いコクピットのまわりには高速回転するリングがある。リングの回転数の変化で機体の向きなどいくらでも変えられる。
頭を敵に向け、バーニアを吹かして自分から突っ込んだ。
トミノ式の外被には装甲と呼べる強度はない。ただし機体の主要フレームが露出している部分は別だ。装甲ではなく構造体だが、パイロット保護の立場からこちらは十二分な強度で設計されている。
強度のある頭頂部を敵に叩き付けた。
衝撃は敵味方平等に襲ってくる。
「うっ」
コクピットに余裕がない、無理矢理に入り込んでいる状況でとるべき戦術ではなかったと後悔する。
折りたたんだ脚で肺が圧迫された。
が、衝撃は平等と言っても質量はトミノ式の方が大きい。巨大レパスはバランスを崩して大きく弾け飛んだ。
チャンスだ。
もう一度バーニアを吹かしてレパスに追いつく。その鎌を両手で掴む。
ジャイロリング減速。鎌を掴んだまま機体を回転させる。足場が無くても自在な姿勢制御ができるのがこの機体の優位点だ。
スライムもどきの万能細胞製とはいえ、こいつの構造は基本的に甲殻類のもの。ひねりを加えた回転で鎌を比較的簡単にもぎとる事ができた。
回収されないように遠くの宇宙空間にポイする。
片腕になったこいつなんか怖くないぞ。
ヒカカはトミノ式のパワーが巨大レパスに及ばないと言った。
それは作業アーム一本のパワーとレパスのパワーを比較すればそうなるだろう。だが、格闘とは手足の一本ずつでするものではない。
地上で腰を入れて殴るのと同じく、ジャイロリングの操作で機体を回転させつつその勢いを利用して殴る。
反動で離れていこうとするレパスをさっき貼りつけられた糸を手繰って引き止める。
今度は逆側にぶん殴る。
こいつの中枢も生体パーツであるようだ。人間の脳と同じく揺さぶられ続けるとまっとうに機能できない。
『生物兵器をあんなに簡単に……。ヒカカさん、あの人はいったい何者なんですか?』
『なんだ、知らなかったのか? 戦争狂いの強化人間。我が第五整備宇宙基地が誇る二枚看板の一つ。同じ戦闘用強化人間同士の格闘大会で相手を子ども扱いしてぶっちぎりで優勝した化け物だ。事、戦闘に関してはあいつの右に出る者はいない』
班長と話しているのはさっきの二等航海士さんかな?
『そんな人がいるなら最初から頼ればよかったのに』
「そこは同感だ。ヒカカ班長、次に同じようなことがあったら自分で対処せずにまずこちらに通報するように」
『ガハハハハ。獲物を盗ろうとして悪かったな』
問題はそこでは……あるな。
その認識で間違っていない。
巨大レパスを殴り続けて作業アームに黄色や赤の表示が増えてきた。
相手もぐったりしているようだし、そろそろ決めよう。
アッパーカット気味の一発で敵の腹をこちらに向かせる。
トミノ式の正面ハッチを開放。手を伸ばしてラッチに引っかけた空間狙撃銃をひっつかむ。
中枢パーツがあるあたりに銃弾を撃ち込む。
機能停止しない?
この距離でこの向きからでも銃弾が貫通しなかった? それとも場所がずれているのか。
3発、4発と位置をずらして銃撃する。
まだ足りない。
トミノ式の右腕は機能停止寸前だ。
左の腕を拘束している糸をレパス自身の鎌で切断する。自由になった左手を銃撃でグズグズになった傷口に突っ込む。
傷が再生しようとしているのを振り切って奥へ侵入させる。そこにあった何かを掴む。そのまま抉り出した。
傷の再生が止まった。
どうやら正解だったようだ。
でくの坊と化した巨大レパスを遠くに蹴り飛ばす。
機能を停止した生物兵器は宇宙を漂って行き、突然に爆発した。
自爆機能でもあったのか? 放置していた残骸がすべて爆発するなら少し厄介だ。
「モロー博士、生物兵器の自爆機能について説明を要求する」
通信を飛ばすが、返答はない。
「モロー博士?」
『失礼、ギム・ブラデストです。カグラお嬢様は現在混乱中です』
「何だそれは?」
『まず断言いたしますが、タイプ・レパスには自爆機能は存在しません。今の爆発は外部的な影響によるものです』
「外部って、ビーム兵器でも撃ちこまれたのか?」
確かにそんな風に見えないこともなかった。
『当たらずとも遠からず、といった所でしょうか。中尉は現在の状況について何かご存知でしょうか?』
「地球が爆発したとか、そういう話か?」
『今なんと?』
「違うなら、別にいい」
『なんだか恐ろしい言葉を聞いた気がしますが、当面はこのブラウ惑星系の話であります。現在のブラウの観測映像を入手したのでそちらに転送いたします』
トミノ式のサブモニターに発光するいびつな球体が映し出される。
これがブラウ?
ほとんど面影がない。
『解析データによりますと先ほど、亜光速の物体がブラウの大気圏を通り過ぎたようでございます。それにより尋常でない衝撃波が発生、圧縮された水素やヘリウムが核融合爆発を起こした模様。光速で伝播する電磁波はしばらく前から到着していてレパスたちの制御に影響を与えていましたが、今しがた爆風とでも呼ぶべき水素の原子核がここまで届き始めたようです』
リョウハの表情もさすがにひきつった。
「すまん、俺のミスだ」
『何を失敗すればそんな結果になるのか……いえ、言わなくて結構です。あなたの非常識ぶりはよっく見せてもらいましたから』
「駐在武官の権限で非常警報を発令する。基地の崩壊も視野に入れた緊急避難令だ。司令官は何をしている?」
『大将、言いたくはないが司令官の居室は遮蔽ブロックの根元の部分だ。真っ先に影響を受けている。……あと、さっきから姫様が音沙汰無いのも外部とリンクしている状態で電磁衝撃をくらったのかも』
「死なないまでも気絶ぐらいはしているかも知れないな。……遊びすぎたか」
『あなたにはあれが遊びなんですか?』
最初からフル装備で出ていればとっくに終わっている。
緊急時のみの権限で、基地内の情報を集める。あまりよろしくない。陽子の奔流が遮蔽ブロックを叩いている。
安全係数を大きくとって必要以上に頑丈に造られている遮蔽ブロックだが、ビーム兵器と見間違えるレベルの奔流にいつまで耐えるだろうか?
見ると遮蔽ブロックの縁が赤熱し融解しかけている。
『おいおいおい、あれが崩壊したら俺たちはいったいどうなるんだよ?』
ヒカカ班長の部下の一人が彼ら全員の気持ちを代弁した。




