3-3:孤独な竜
アスカノフが飛んでいっていなくなる。
安心した。
アスカノフは正々堂々とした戦いに固執しているのがわかった。
俺にもじゅうぶん勝ち目がある。
それから俺とミーシェとルナは適度に休憩をはさみながら山を登った。
そして山頂へとたどり着く。
山頂は中腹と同じ、広く平らな場所になっていた。
その中央に竜がいた。
恐ろしき竜、アスカノフ。
長きにわたり人類と対立し、魔王ロッシュローブ侵略の際にロッシュローブに味方した存在。
ロッシュローブが敗れたあとは人間から迫害され、人の手の及ばない場所でひっそりと暮らしている。
アスカノフのように、容易に登れる標高の山に住んでいるのはまれだろう。
「臆せずやってきたか。勇者セフェウスよ」
「ムーンフェザーを返してもらうわなくてはいけないからな」
「フフフ。その勇敢さなら、あんな玩具を奪う必要などなかったかもしれぬな」
「お兄ちゃん、あそこにムーンフェザーがあるよ!」
遠くのほうに、巨大な鳥の羽根――ムーンフェザーがあった。
「アスカノフよ、あなたに勇者セフェウスは倒せません。あきらめてください。神に謝ればその罪はきっと許されるでしょう」
「ははははは!」
ルナの言葉を聞いてアスカノフが大笑いする。
空気が震え、木々がざわめく。
鳥たちが恐れて飛び立っていく。
「我は神などにひれ伏さん。竜こそがこの世界の覇者である」
そう自負するアスカノフ。
確かに竜と人間は地上の覇権を争っていた。
しかし、彼らが担いだ魔王たるロッシュローブが滅びると同時に、地上の覇権は人間のものとなった。
竜はたしかに強い。
個の生物としては最強だろう。
その巨躯で飛翔し、火炎ですべてを焼き尽くし、魔法すら操る。
しかし、唯一、彼らには繁殖力が皆無という弱点があった。
子を産み、子孫を増やし、大地に根付いていき広がっていき、発展してく人間社会に竜は完全に敗北したのだ。
彼らはただ、力を誇示するだけの存在なのだ。
「勇者セフェウスよ。貴様を倒し、人類を滅ぼす」
残念だが、俺が死んだところで人類の繁栄は続く。
アスカノはそれに気づいていないのか。
あるいは気づいながらも、その高すぎるプライドが許さないのか。
「いいだろう、アスカノフ。勝負しよう」
「では、あのときと同じように決闘をしようではないか」
あのとき……?
俺が勇者セフェウスだったときの話か。
ただ単に戦うだけじゃなかったらしい。
「我が力よ――」
アスカノフが呪文を唱える。
すると、アスカノフを中心に巨大な魔法円が浮かび上がる。
「顕現せよ!」
真っ白な閃光。
目を焼くような光が発し、俺たちは目をつぶった。
閃光は一瞬にして収まる。
目を開けると、先ほどまでいたアスカノフがいなくなっていた。
「ふふふ。この姿になるは久しぶりだな」
アスカノフがいた場所には謎の少女がいた。
頭に竜のツノをはやした少女。
年齢はミーシェとルナの中間くらいか。
「いでよ」
少女が唱えると、空中から身の丈ほどある剣が出現する。
少女はそれを手に取った。
とてつもなく大きく重そうな剣を軽々と。
「昔のように、我は人間の姿となって貴様と決闘しよう」
「……へ?」
「なんだ、その間抜けな顔は。よほど恐れていると見える。まあ、仕方あるまい」
……目の前にいるのは、もしかしてアスカノフなのか。
「アスカノフ。お前なのか?」
「いかにも。竜の巨躯に宿りし力を人間の姿まで小さくして凝縮させたのだ」
俺もミーシェもルナもあ然としていた。
アスカノフはドヤ顔を決めている。
「よほど怖いらしいな。なにか言ってみたらどうだ?」
「……か」
「『か』?」
「かわいいーっ」
ミーシェが声を上げた。
そしてそのままアスカノフに抱きついたのだった。
「なっ、なんだ小娘! 抱きつくな」
「かわいいよー、この子、ちっちゃくて」
「滅ぼされたいのか!」
「かわいいーっ」
俺たちは恐れてなどいなかった。
人間の姿に変身したアスカノフは――とてもかわいかったのだ。
「ええい、まとわりつくな! はなせ!」
「アスカノフちゃん、ぜったいこの姿のほうがいいよー」
「『ちゃん』だと!?」
困惑するアスカノフ。
ルナも笑みを浮かべている。
アスカノフには悪いが俺もすっかり戦う気が失せていた。
「アスカノフちゃん、戦いなんかしないで友達になろうよ」
「と、友達だと……」
アスカノフは戸惑っている。
そこにルナも加わる。
「アスカノフさま。戦いなど無益なことはよして、人間と仲良くしませんか」
「ばっ……! 人間などと慣れ合うと思うのか! 我は竜だぞ! こわいだろ!」
胸を張るアスカノフ。
はっきり言って、これっぽちも怖くない。
むしろかわいい。
「もーっ、こわがれよーっ」
ついに地団太を踏み出した。
竜としての威厳はかけらすら見当たらない。
「お兄ちゃん。まさかアスカノフちゃんと戦わないよね?」
「戦わないさ」
「戦えよ! もーっ! 我は竜だぞ!」
「竜と人間が争っていたのは大昔の話だ。人間の姿になれるのならいっしょに暮らしたらどうだ」
「アスカノフさま。一人で山で暮らしていてさみしくはなかったのですか?」
「さ、さみしくなどない……、わけではないぞ」




