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第八話:無限に湧いてくるゴブリン

◆迷宮/黒瀬視点


 監視画面の中で、4人と3匹が、じりじりと距離を詰めていた。


 こっちはゴブリン4体。

 先頭はジグ。後ろに2体。あと、1体は倒された時の交代要因としてあえて通路に控えさせている。


 ――真正面からぶつかって、全員で突撃、なんてさせるつもりはない。


「ご主人、ジグさん、めちゃくちゃ緊張してますね」


 ナノが、ゴブリン側の心拍グラフを映し出す。

 新品の心電図みたいに、ピークがやたら尖っている。


「そりゃそうだろ。初現場で初顧客対応だぞ。

 俺だって、初めて客先でプレゼンしたとき、手汗で資料ぐちゃぐちゃにしたし」


「共感ポイントそこなんですか」


 苦笑しながら、俺は〈オート退避ルール〉の設定を確認する。


【条件】ゴブリン系HP≦30%

【処理】

 ①黒煙エフェクト発動

 ②光粒子エフェクト発動

 ③転移魔法陣起動→回復部屋Aへ

 ④HP全回復・簡易体力増強ポーション投与

 ⑤状態安定後、通路C側サブルートに再配置


「よし、処理もちゃんと入ってるな」


「さすがご主人。死にそうなログだけは、本気で潰してますもんね」


「“だけは”って言うな」


 HP三割を切った瞬間、“死んだ風に見せて”強制退避。

 転移先の回復部屋では、ロクがポーションを飲ませて、回復したら別ルートに送り出す。


 冒険者の目から見えないところで、魔物のローテーションがぐるぐる回る仕組みだ。


 その一方で――


「冒険者側のHP閾値も設定しとくか」


 別ウィンドウに、4人のステータスが表示される。

 ざっくりとしたゲージだが、いまの平均体力は80%前後。


【撤退推奨条件】

 ・平均HP≦40%

 ・または、ヒーラー系の魔力残量≦30%


「このラインを切ったら、罠の出力を落として、出口方向へ誘導する」


 迷宮を落とさせない。

 冒険者を殺さない。

 でも、ちゃんと“痛い目”は見てもらう。


 自分でもよく分からない方針だけど――


 それが、一番長く回ると知っている。


「じゃ、そろそろ始めるか」


 通路の真ん中で、ジグが、ぎゅっと棍棒を握った。


 画面越しに伝わってくるくらい、手が震えている。


「ジグ。大丈夫だ。

 お前は、ちゃんと訓練してきた。

 “撤退ルール”も、俺が仕込んである。死なせはしない」


「……!」


 短く息を呑む感覚が、リンク越しに伝わってくる。


「だから、目の前の“相手”をちゃんと見ろ。

 怖がるのはいい。でも、目を逸らすな。それがリーダーの仕事だ」


 ジグの肩が、少しだけ下がった。

 固くなりすぎていた力が、ほんのわずかに抜ける。


「……わかりました」


 通路の奥。

 4人の冒険者も、同じように緊張している顔でゴブリンたちを見ていた。


 こっちと向こう。

 “新人同士”の初対面だ。



◆迷宮内/カイ視点


 通路の先に立つ小さな影は――やっぱり、ゴブリンだった。


 土色の肌。

 ぎょろりとした目。

 粗末な棍棒。


 ただ、俺が知ってる“雑魚モンスター像”と違うのは、そいつの“立ち方”だった。


 腰を落とし、棍棒を斜めに構え。

 足は、いつでも動けるように半歩引いている。


 適当に突っ立ってるんじゃない。

 完全に、“構えてる”。


「……なんか、思ってたより“ちゃんとした敵”っぽいな」


 レオが、小声でぼやく。


「カイ、どうする?」


「……まずは、こっちから仕掛ける」


 俺は、剣を抜いた。


「レオは正面から。俺が横から。

 セラは援護魔法、ミナはレオのすぐ後ろから、いつでも回復できるように」


「了解」


「分かった」


「う、うん……!」


 剣を構え、一歩踏み出す。


 ゴブリン――先頭のやつが、一瞬だけ肩を揺らしたように見えた。


 次の瞬間、そいつも、低く飛び出してきた。


「来る!」


 レオの盾と、ゴブリンの棍棒がぶつかる。


 ガン、と鈍い音。


 軽い。

 でも、勢いはある。


「おらぁ!」


 レオが盾で押し返す。


 ゴブリンは、すぐに半歩引いて体勢を立て直した。

 そこへ、後ろのゴブリンが入れ替わるように飛び込んでくる。


「交代してきた……!?」


 セラの驚きの声が飛ぶ。


 俺は、レオの横をすり抜けるようにして、横合いから剣を振り抜いた。


「はっ!」


 剣先が、ゴブリンの腕を掠める。


「ギッ!」


 小さな悲鳴。

 血が飛ぶ。


 ――が、その瞬間、ゴブリンの体が、ぴたりと止まった。


 次の刹那。


 その足元に、真っ黒な魔法陣が展開された。


「なっ――!?」


 黒い煙が、ぶわっと立ち上る。

 ゴブリンの体が、その煙に飲み込まれていく。


 同時に、煙の中で何かが弾けるような光。


 黒と光のコントラストが、ほんの一瞬、目を焼いた。


 煙が晴れたとき――そこに、ゴブリンの姿はなかった。


「……やった?」


 レオが、半信半疑の声を漏らす。



◆迷宮/黒瀬視点


「ご主人、エフェクト過剰じゃないです?」


 ナノが、ちょっと呆れた声を出した。


「いや、“倒した感”は大事だろ」


 オート退避ルールが発動したログが、コンソールに表示される。


【対象】ゴブリンID:G-003

【HP】29%→閾値以下

【処理】退避ルールA発動/転移成功


 回復部屋Aの監視水晶に切り替えると、そこにさっきのゴブリンが、ベッドの上にゴロンと転がり出てきていた。


「ギッ!? ……っ、あれ」


 自分の体をまさぐり、傷が消えているのを確認して、呆然とする。


 すかさずロクが横から現れ、慣れた動きでポーションを突っ込む。


「ギャッ、に、苦い……!」


「ロク、そこはもうちょっと優しくやれ」


「……」


 ロクは無言のまま、ゴブリンの背中をぽんぽん叩く。

 慰めてるつもりらしい。


「ほら、死んでない。痛い目は見たけど、死んでない。

 それでまた、前線に戻ってもらう」


「……」


 ゴブリンは、しばらく呆然としていたが――

 やがて、小さく息を吐いて、ベッドから降りた。


「ボス……オ、オレ、死んだかと思った」


「死んでない。

 お前らには、“死ぬ前に逃げる”ルールを組んである。

 それがちゃんと動いたってことだ」


「……」


 少しだけ迷ってから、ゴブリンは、ぎこちない敬礼をして見せた。


「じゃ、オ、オレ……また行ってくる」


「行ってこい」


 ロクが、別通路へ続く扉を開ける。

 ゴブリンは、まだ足を震わせながらも、前に進んだ。


 ――よし。

 退避ルール、実戦でも問題なく動いてる。


「ご主人、冒険者側の反応、見ます?」


「見る」


 視点を通路に戻す。



◆迷宮内/カイ視点


「今のは……倒した?」


「“倒した”ように見えたけど……」


 俺たち4人は、さっきゴブリンがいた場所を呆然と見つめていた。


 黒い煙。

 光。

 残されたのは、焦げた匂いと、石床に飛び散った血だけ。


「あの……」


 ミナが、おそるおそる口を開く。


「もしかして、あれが……ここの迷宮で敵を倒すとああなるとか……?」


 セラが、冷静を装った声で補足する。


「なんか、気味が悪い感じだな……」


 レオが、顔をしかめる。


 まあ、“遺体が残らない”のは助かる。

 あとあと、夢に出てきたりしなくて済む。


 ――でも、その分、“死んだ”ことが誤魔化される気もする。


「ともかく、1体は倒した」


 俺は、わざと声に出した。

 そうでもしないと、自分の手の震えが止まりそうになかったからだ。


「次だ。まだ2体いる」


 言った瞬間。

 通路の横の影から、別のゴブリンが飛び出してきた。


「ギャッ!」


「もう1体――って、また増えるの!?」


 レオが叫ぶ。


「来るぞ!」


 剣を構え直し、2体目とぶつかる。


 棍棒を受け流し、横薙ぎに斬る。

 ゴブリンは飛び退き、すぐに別の1体が入れ替わる。


 さっきより、連携が良くなっている気がした。

 向こうも、“慣れてきている”。


(――やばい)


 その感覚を認めた瞬間、心臓がきゅっと縮んだ。

 でも、止まらない。


「セラ、援護!」


「――《風刃》!」


 セラの詠唱と共に、目に見えない刃が走る。

 ゴブリンの肩口に浅く切り傷を刻み、棍棒の軌道をそらした。


「ミナ、レオの傷を!」


「は、はいっ!」


 俺は、その隙を狙って1体の胸を斬り上げた。


「ギャ――」


 再び、黒い煙。

 光。

 そして、消失。


 ――のはずだった。


「ギャッ!」


「また来た!?」


 通路の奥から、また1体。


 1体倒したら、また1体増えてくる。


「これ、減ってる……?」


「数、変わってないよね……」


 セラの言葉に、背筋が寒くなった。


 “2体も倒している”


 なのに――通路に立つゴブリンの数は、減らない。


(……無限湧き?)


 嫌な単語が、頭をよぎった。

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