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第七話:ブラック運用のおもてなし

◆迷宮内/カイ視点


 滑走罠ゾーンをなんとか抜けた俺たちは、息を整えながら通路の先へ進んだ。


「……さっき、もうちょっとで頭打ってたよな」


「怖いこと言うな、カイ」


「でも、ほんと、ちょっとバランス崩したらやばかったね……」


 ミナが、まだ俺のマントの端をつまんでいる。


「セラ、大丈夫か?」


「だ、だいじょうぶ……。足は震えてるけど、理屈では“Fランク相当のダンジョン”って分かってるから……」


「理屈で安心しようとするの、逆に不安になるからやめろ」


 レオのツッコミに、思わず笑いが漏れた。

 笑えるだけ、まだ余裕がある証拠だ。


 通路は、少しずつ下り坂になっていた。

 気づかない程度の傾斜だが、長く歩くと、じわじわ脚にくる。


 やがて――


「っ……!」


 足元が、かすかに鳴った。


 石と石の間に、わずかな隙間。

 そこに込められていた何かが、踏み込んだ衝撃で解放される。


「カイ、止まっ――」


 セラの声より早く、壁の穴から“何か”が飛び出した。


 シュッ、シュシュッ。


 短い音と共に、細い針が三本、俺たちの方へ飛んでくる。


「っ!」


 とっさに盾を構えたレオが、一、二本を弾く。

 俺は、残り一本を、腕でそらした――つもりだったが。


「……っ、いってぇ!?」


 鋭い痛みが走る。


 左の二の腕に、何かが刺さった感じがした。


「カイ!」


「ミナ、傷を――」


「ま、待って。先に抜いてから……!」


 セラが慌てて駆け寄り、俺の腕を見つめる。


 革の袖をまくると、そこには、細い金属針が浅く刺さっていた。

 傷自体は、そんなに深くない。

 だが――


「これ、ちょっとマズいかも……」


「え?」


 体の奥から、じわじわと冷たいものが広がってくる感覚。

 痛みは大したことないのに、手先が少し痺れる。


「毒?」


「弱い麻痺系か、持続的に体力を削るタイプだと思う」


 セラが、針を慎重に抜き取りながら言った。


「致死性は低いはず。……たぶん」


「“たぶん”やめて」


 ミナが、ほとんど半泣きで俺の腕を押さえる。


「と、とにかく、解毒は……!」


「ミナの《小癒》でも、多少は緩和できると思うけど……完全には無理かも。

 でも、この程度の毒なら、時間が経てば自然に抜けるはずだよ」


「うう、でも……」


「ミナ」


 俺は、できるだけ明るい声を出した。


「大丈夫。まだ動く。

 ちょっと、だるくなったくらいだ」


 実際、足が少し重くなっている気がしたが、まだ十分、剣は振れそうだ。


「ミナ、いったん浅くでいいから《小癒》かけて。

 それから、先に進むかどうか、みんなで決めよう」


「……うん」


 ミナの震えが、少しだけ収まった。


「――《小癒の光》」


 温かい光が、刺し傷をふさぐ。

 毒そのものは消えないが、痛みはかなり軽くなった。


「ありがとな」


「ううん……」


 ミナは、まだ不安そうに唇を噛んでいたが、さっきよりは落ち着いている。


「この迷宮、罠が多いっぽいな」


 レオが、針が飛んできた壁の穴を覗き込みながら言った。


「即死系の罠って感じじゃないけど……このまま奥まで突っ込んだら、確実にボロボロになるやつだ」


「たぶん、そういう“罠”なんだと思う」


 セラの声に、少しだけ、興奮が混じっていた。


「この罠、踏んだ瞬間に矢が飛んできたけど、発射角度と本数が妙に絶妙だった。

 “避けられなくはないけど、完全に無傷で抜けるのは難しい”っていう」


「分析してる場合かよ……」


「そういうこと考えてないと、怖くてやってられないんだよ」


 セラの苦笑が、どこか分かる気がした。


 ――一歩進むごとに、何かしら削られていく。


 体力。

 魔力。

 回復手段。

 精神。


(だったら)


 俺たちが試されているのは、“どこまで行けるか”だけじゃない。


 “どこで引き返すか”を判断できるかどうか、だ。



◆迷宮/黒瀬視点


「うんうん。いいね、この“ちょっと毒入ってる”くらいの反応。

 致死性ゼロ、体力削り率10%前後。理想的だ」


 ログには、カイの生命反応ゲージが、じわじわと減っている様子が表示されている。

 ミナの回復魔法で一部は戻っているが、毒による持続ダメージで、少しずつ下がっていくグラフだ。


 ナノが、別ウィンドウを開いて報告する。


「現在、4人の平均体力は、初期値の80%くらいですね。

 精神的な緊張度も、かなり高めです」


「精神状態、どうやって数値化してんだよ」


「行動ログと心拍数と魔力の揺れ具合からのナノの“勘”です」


「それ数値化って言わない」


 でもまあ、だいたい合ってる気はする。


 画面の中の4人の表情や仕草を見るだけでも、緊張が伝わってきた。


「さてと。そろそろ、ポヨの出番だな」


 俺は、通路B5のカメラ――というか監視水晶の視点に切り替える。


 床の一部が、ほんの少しだけ色が違う。

 そこに、透明なゼリー状の何かが、じっと潜んでいた。


「ポヨ、準備はいいか」


 意識を通じて問いかけると、ポヨがぷる、と震えた。


「ぽよ」


 返事になっているのかいないのか分からないが、まあ、やる気だけはあるらしい。


「侵入者がトリガーポイントを踏んだら、足元に絡みつけ。

 ただし、脚力を完全には奪うな。

 “気持ち悪いし、ちょっと焦るけど、なんとか振りほどける”くらいで」



◆迷宮内/カイ視点


 罠ゾーンをいくつか抜け、俺たちは、少しだけ息が上がっていた。


 傷はミナの回復魔法でどうにかなっている。

 だが、ミナ自身の魔力は、目に見えて減っている。


 セラも、何度か小さな防御魔法を展開してくれたせいで、額に汗を浮かべていた。


「……一回、ここで小休止しない?」


 ミナが、おそるおそる提案する。


 レオが通路の両側を確認し、天井も見上げてから頷いた。


「罠の気配は、しない……よな?」


「今のところ、罠が仕掛けられている感じない。たぶん、この地点は安全だと思う」


 セラの分析を聞いて、俺も頷いた。


「じゃあ、一旦、ここで二、三分休もう。

 水分補給して、呼吸整えて――」


 その時。


 足元で、ぬるん、と嫌な感触がした。


「……え?」


 見下ろすと、自分の足首から膝にかけて、透明な何かが絡みついていた。


「な、なにこれっ!?」


「カイくん!?」


 ミナが悲鳴を上げる。


 透明なゼリーの塊が、俺の足に絡みつき、じわじわと締め付けてくる。

 と同時に、ブーツの表面が、じりじりと溶けていく感覚がした。


「ス、スライム!?」


「うわ、出た! うわこれキモッ!」


 レオが、盾を構えつつ後ずさる。


「ちょ、ちょっと、落ち着いて! 刺激しすぎると、余計に絡みつくかも!」


 セラが叫ぶ。


「って言われてもな!?」


 足を振りほどこうとするが、ゼリー状の体が吸い付くように離れない。

 動こうとすればするほど、べちょり、べちょりと音を立てて絡まりついてくる。


「ひっ……!」


 ミナの悲鳴が一段階高くなる。


「ご、ごめんカイくん、ちょっとだけ我慢して……!

 ――《小炎》!」


 ミナの掌から、小さな火の玉がスライムに向かって飛んだ。


 ポン、と弾ける。


 スライムが、びくん、と震えた。


 ――一瞬、締め付けが強くなり。


「うおおっ!?」


 すぐに、力が抜けた。

 ぐにゃりと体を崩しながら、スライムが足からずり落ちる。


 床の上でぷるぷる震えた後、しゅう、と少しずつ縮んでいき――やがて、ぺたん、とただの水たまりみたいになった。


「……たぶん、倒した、かな?」


 レオが、おそるおそる剣の先でつつく。


 ぴくりとも動かない。


「やった……?」


 ミナの顔に、ぱっと安堵の色が浮かんだ。


 その一方で、俺は、自分のブーツを見て顔をしかめる。


「……おい、これ結構、溶けてるぞ……」


 革がところどころ薄くなり、ところどころ穴が空いている。

 足自体は、ほとんど無傷だが――これ、あと何回かやられたら、マジで素足になる。


「装備破壊系か。いやらしいなあ……」


 レオが、同情するようにため息をついた。


「でも、スライム自体はそんなに強くなかった。

 ミナの《小炎》一発で、かなりダメージ入ってたと思う」


 セラが、スライムの残骸を観察しながら言う。


「つまり、この迷宮――やっぱり、“じわじわ体力と装備を削ってくるタイプ”だよ」


「ほんと、性格悪いな、ここの迷宮」


「誰かが作ってるみたいだね……」


 セラの言葉に、俺は即答できなかった。

 迷宮に意思がある、なんて噂話は、よく酒場の噂で聞く。


 もし本当に“誰か”が、この迷宮を設計しているのだとしたら――


(――どんな顔してるんだろうな)


 そんなことを思いながら、俺は、少しだけ重くなった足を引きずるようにして、前を見た。


「……なあ」


 レオが、前方を指さす。


 通路の先。

 暖かい橙色の光の中で――何かが、動いた。


 小さな影。

 背丈は、俺の腰より少し低いくらい。


 ぎらり、と光る視線――のようなものが、こちらをじっと見ている。


「……」


 通路の先の影も、動かない。

 こちらを窺っている。


 汗が、一気に背中を伝った。


「魔物、だな」


「たぶん、ゴブリンか何かだと思う」


 セラの声がかすかに震える。


「ここまで、罠で削ってきて――」


「ここで、初めて“本命”ってわけか」


 レオが、盾を構え直した。


 俺は、剣を握り直す。


 ミナは、すでに回復魔法の準備をしている。

 セラは、震える手で魔導書を開いた。


「……行くか」


「おう」


「う、うん……!」


「っ……!」


 俺たちは、一歩前へ出た。


 迷宮の“牙”に、真正面から向き合うために。



◆迷宮/黒瀬視点


「……来たな」


 監視画面の“ゴブリン隊視点”に切り替えると、通路の奥に、4人の姿が映った。


 ジグが、緊張で肩を強張らせながら、仲間たちの前に立っている。


 その目の先に――初めての“冒険者”たち。


「ご主人、ジグさんの心拍数、かなり上がってます」


「そりゃそうだ。初現場、初対面、初戦闘。

 新人現場リーダーの初陣だ」


 俺の方も、心拍数が上がっている気がした。


 初ダンジョン。

 初運用。

 初冒険者。


 コアの鼓動も、いつもより少し速い。


「いいか、ジグ」


 意識のリンク越しに、短く指示を送る。


「今回の目標は、“誰も死なせないで、ちゃんと痛い目だけ見せる”ことだ」


「……!」


 ジグが、小さく頷いた。


「無理はするな。危なくなったら、すぐに退避魔法が発動する。

 あとは――」


 俺は、自分にも言い聞かせるように、呟いた。


「“撤退ライン”を、ちゃんと見極めろ」


 どくん、と迷宮核が鳴る。


 画面の中で、ゴブリンと冒険者たちが、ゆっくりと距離を詰めていく。


 元ブラック社畜の設計した“迷宮”と――

 そこに初めて挑む、新人パーティ“夜明けの芽”が、ようやく真正面からぶつかろうとしていた。

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