第四話:ゴブリン採用面接? 現場リーダーは君だ
迷宮核の前に戻ると、さっき見た管理コンソールが、呼びもしないのにすっと現れた。
便利すぎて、逆に怖い。
「さて、と次は魔物の召喚だな」
俺は〈召喚/生成〉タブを開いた。
・スライム(小型/粘性体) 魔力コスト:1
・ゴブリン(小型/近接) 魔力コスト:2
・ストーンゴーレム(小型/作業用) 魔力コスト:3
並んでいるラインナップは、相変わらずシンプルだ。
「今の魔力残量が23で……」
チラリと右上を確認する。
【魔力残量】 23/100
「ゴブリン4体で8消費。スライムを……そうだな、とりあえず5。で、ゴーレムを1体」
「いきなりそんなに使って大丈夫ですか?」
頭上のナノが、心配そうに揺れる。
「残り7になるけど、構造拡張はまだ先送りでいい。
まずは“人員”確保だ。迷宮は結局、人――というか魔物か――が回してなんぼだろ」
ゼロベースで考えると、やっぱり“現場”の存在はでかい。
罠を設置しても、それを維持・点検・誘導に使う存在がいなければ、効果は落ちる。
人間の会社でも、どれだけ立派なシステムを入れても、現場が回らなければ意味がない。
「じゃ、召喚するぞ」
〈ゴブリン:4〉と入力して、〈生成〉ボタンを押す。
迷宮核が、ごう、と低く唸った。
黒い結晶の内部で紫の光が渦を巻き、魔力残量のバーが一気に減っていく。
【魔力残量】 23 → 15
「……なんか、口座残高が減るのを見るみたいで胃が痛い」
「ご主人、顔が前世の給与明細を見るときと同じになってますよ」
「やめろそのピンポイントな例え」
核の鼓動が一段と強くなる。
次の瞬間、迷宮核の前の床に、魔法陣が浮かび上がった。
白い光の円。
その中に、緑色のモヤのようなものが渦巻き始める。
「来ますよー」
ナノの声を合図に、モヤから“何か”がぽん、と吐き出された。
背丈は、俺の腰より少し低いくらい。
土色の肌。
ごつごつした耳と、ぎょろりとした目。
粗末な腰巻きに、木の棒――というより、ただの枝を握っている。
さらにぽん、ぽんと、同じようなのが連続で転がり出てきた。
慌てて後ろに下がらないと、物理的にぶつかりそうなくらいの勢いだ。
光が閃き、魔法陣が消える。
床の上には、同じような体格と顔つきのゴブリンたちが、ぎゅうぎゅうに固まって座り込んでいた。
「おお……」
現物を目の前にすると、ちょっとテンションが上がる。
ゲーム画面で見るのと、生で見るのは違う。
汗の匂いと土の匂い、かすかな獣臭。
こいつらは、ちゃんと“生きている”。
「ここは……?」
「なんだここ……?」
「まぶしっ……!」
ゴブリンたちは状況が飲み込めないのか、周囲をきょろきょろと見回している。
迷宮核の巨大な姿と、頭上でふよふよしているナノ、そして俺の姿を認識した瞬間――
「「「ボ、ボス……⁉」」」
なぜか一斉に土下座した。
「土下座文化、どこで覚えたんだお前ら」
床に額をこすりつけるゴブリンたちの小刻みな震えが、妙に生々しい。
「ご主人、迷宮核からの“圧”が強いので、初期召喚された魔物さんはだいたいこうなります」
「なるほど。上司の威圧感みたいなもんか」
「分かりやすい例えありがとうございます」
四体の中で、一体だけ、他よりちょっとだけ姿勢がマシなゴブリンがいた。
土下座はしているのだが、周囲をちらちら見て、他のゴブリンの様子を伺っている。
目つきも、わずかに鋭い。
(こいつだな)
現場リーダーは、こういう“周りを見られるやつ”を置くのが基本だ。
「おい、そこのお前」
「ひ、ひぃっ」
指をさすと、ビクッと震えた。
「顔上げろ。名前は?」
「な、名前……? な、ない、です……!」
「あー、まあ、そうだよな」
量産型モンスターに個体名なんて、普通はついてない。
人事番号みたいな管理IDはあるのかもしれないが、少なくとも本人たちは知らないだろう。
「じゃあ、今日からお前は――ジグだ」
「じ、ジグ……」
「そうだ。ジグ」
俺はゆっくり頷く。
「お前を、この迷宮のゴブリンたちの“班長”にする。現場をまとめる役だ」
「は、はんちょう……?」
隣のゴブリンたちが、「え、班長……」「班長って……」「えらいやつ?」とざわつく。
ジグ本人はと言えば、目を白黒させながら固まっていた。
「やるか、やらないか」
わざと、少しだけ間を置いてから問う。
断ってもいい。
別に、強制するつもりはない。
ただ、ここでどう答えるかで、“こいつの方向性”はだいたい分かる。
ジグは一瞬、迷宮核の方を見上げて――
それから、おそるおそる俺を見た。
「……お、オレ、なんかでよければ。が、がんばります……!」
か細い声だったが、震えた膝を無理やり伸ばして、上体を起こす。
目だけは、ちゃんとこちらを見ていた。
――うん。いい。
「よし、ジグ。立て」
「は、はいっ」
ジグはよろよろと立ち上がる。
他のゴブリンたちも、つられて顔を上げた。
「お前たちは、今日からこの迷宮で“働く”ことになる」
ゆっくりと見渡す。
視線が、一斉に俺に集まる。
「働く、と言っても、そんなに難しいことはしない。
侵入してくる人間――冒険者たちを、迎え撃つ。それがメインだ」
ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音がした。
「ただし」
そこで、わざと声を落とす。
「この迷宮では、“むやみに死ぬ”のは禁止だ」
ゴブリンたちが「え?」という顔をする。
「いいか。お前らが死ぬと、復活させるのに魔力コストがかかる。
コストがかかるということは、俺の胃が痛くなるということだ」
ゴブリンたちが首をかしげる。
ナノだけが「あー」と納得したように頷いている。
「だから、この迷宮では、“死ぬ前に必ず退く”仕組みを作る」
「し、退く……?」
ジグが小さく聞き返す。
「そうだ。簡単に言うと――」
俺は管理コンソールの〈構成〉タブを開き、さっき作り込んだ魔導スクリプトを呼び出した。
ナノが、ゴブリンたちにも見えるように、簡易投影を行う。
空中に、簡略化された図が浮かんだ。
通路。
部屋。
そして、そこを移動する小さなゴブリンのアイコン。
「お前らの“元気度”――この世界だとHPって言えばいいのか――が、三割を切った瞬間」
ゴブリンアイコンの色が、緑から黄色、黄色から赤へ変わる。
「こうなる」
赤になった瞬間、足元に黒い魔法陣が展開される。
煙が上がり、光が弾け――そしてゴブリンの姿は消えた。
「……!」
ゴブリンたちがびくっとする。
次の瞬間、別の部屋のアイコンに、さっきのゴブリンがぽん、と出現した。
ベッドと棚のある小さな部屋。
簡単な図示だが、それが“休憩室”であることは伝わる。
「ここが“回復部屋”だ」
棚からポーションアイコンが出てきて、ゴブリンの口に流れ込む。
ゴブリンの色が黄色になり、やがて緑に戻る。
「そこでポーションを飲んでから――」
再び別の通路へ、ゴブリンアイコンが戻っていく。
「別ルートから前線に復帰する。
これを、こちら側から見ると“転移と回復”」
「ですが、冒険者さんから見ると?」
ナノが、茶々を入れるように言う。
俺はニヤリと笑った。
「派手な煙と光のエフェクト付きで、“倒した”ように見える」
黒煙と光。
死亡演出だ。
実際には死んでいない。
だが、演出だけは盛る。
「冒険者からすれば、“違うゴブリンがまた出てきた”と感じるだろう。
でも実際は、回復して戻ってきた同じ個体か見分けなんてつかないからな」
「……それって」
ナノが、少し呆れた声を出す。
「倒しても倒しても、無限に湧いてくるように見える、ってことですよね?」
「そう。実際は、有限リソースのローテーション」
俺はゴブリンたちの方を見る。
「だから、お前たちは“痛いめを見る”ことはある。
HPが削られることもある」
「い、痛い……」
ゴブリンたちの顔が青くなる。
土色の肌でも分かるくらいに。
「でも、その代わり」
俺は声を少しだけ柔らかくした。
「俺は、お前らを“使い捨て”にはしない。
死者を出さずに回す方が、長期的に見て効率がいいからな」
「……」
ゴブリンたちが、お互いの顔を見合わせる。
やがて、ジグが、おそるおそる口を開いた。
「あ、あの……」
「ん?」
「オレたちゴブリンは、他の迷宮では……死んだら、そのまま、だった。
穴に放り込まれて、それで、おしまいで……」
そこで言葉が途切れる。
ナノが、そっと俺の耳元で囁いた。
「他の迷宮では死亡=廃棄。再利用なし。わりとよくあるパターンです」
「……」
胸が、少しだけちくりとした。
知ってた。
テンプレだ。
ダンジョンといえば、そういう世界だ。
でも、知識として知ってるのと、目の前の“震えているゴブリン”を見るのは、ちょっと違う。
(……まあ)
俺は、わざと乱暴に頭をかいた。
「何度も使い回した方がコスパがいいだけだ。
別に優しさとかじゃない。そこだけは勘違いするな」
「ご主人、わざわざ強調しなくていいところですよ」
「うるさい」
とはいえ、ゴブリンたちにとっては、そんな理屈はどうでもいいのかもしれない。
じっとこちらを見ている。
恐怖と、不安と、その奥に、ほんの少しだけ――期待みたいなものが混じっていた。
「ジグ」
「は、はい!」
「お前の仕事は、部下を無駄死にさせないことだ。
HPが減ったら撤退を優先しろ。俺は、それを後押しする仕組みを作る」
ジグは、ごくりと喉を鳴らした。
「言ってる意味、分かるか?」
「オ、オレたち……死ぬ前に、逃げて、いい……?」
「逃げろ。撤退は戦略だ」
俺ははっきりと言った。
「逃げて、生き残って、また前線に戻れ。
その繰り返しができる奴が、一番強い」
ジグの目が、じわりと潤む。
「……っ、オレ、がんばります。
みんなを、死なせないように、がんばります……!」
「そうだ。がんばれ」
「じゃ、次はスライムとゴーレムだな」
空気を切り替えるように、俺は〈召喚〉ボタンを再び押した。
今度は、床の別の位置に、ぬるりとした影が現れた。
透明なゼリー状の塊。
中に小さな石ころやゴミを取り込んで、ぷるぷると揺れている。
「……ポヨ」
思わず口から出た名前に、ナノが首をかしげる。
「今、自然発生的に名前つけました?」
「いや、なんか、そう呼べって顔してた」
「スライムさんに顔はないですけどね」
まあ、こいつはあとでじっくり“罠との連動要員”として鍛えていくとして――
最後の魔法陣が、重々しく輝いた。
ごつごつとした岩が組み上がり、二メートル弱の塊になっていく。
ドスン、と床が小さく揺れた。
「ストーンゴーレム、起動しました」
「こいつは、名前どうするか……」
俺は、ゴーレムの胸元に刻まれた製造番号に目をやる。
No.06
「……六号か。じゃあ、お前はロクだな」
ぽつりと言うと、さすがにナノが即座に反応した。
「安直!」
「いいんだよ、呼びやすいのが一番だ」
ロクは、無表情――というか、そもそも顔がないが、じっとこちらを見下ろしている。
「ロク、お前の仕事は、清掃と修繕と運搬だ。
罠のリセットと、通路の補修と、ゴミ掃除。
お前には“休み”をあまり用意しない予定だ」
「……」
ロクは、カクンと首を縦に動かした。
了承、という意味らしい。
ナノが、こっそりと言う。
「感情は薄いですけど、ログ上は“稼働率が高い=褒められる”と学習する傾向がありますね、ゴーレム種。
そのあたり、ご主人に似てます」
「やめろよ、そのブラック適正高いみたいな言い方」
こうして、ゴブリン十体、スライム五体、ゴーレム一体。
俺の迷宮の“初期メンバー”が揃った。
「ナノ」
「はい、ご主人」
「HP三割以下で転移、回復部屋でポーション自動投与、その後にローテーション復帰。
さっきのスクリプトを、ゴブリンとスライムに適用してくれ。
ゴーレムは……壊れる前にメンテに回すルールで」
「了解です。転移演出は、“黒煙&光”で、“倒された感”を出す方向でいいですか?」
「ああ、それで死なずに何回でも戦線復帰できる」
「ブラックなんだかホワイトなんだか、ますます分からなくなってきましたね」
「効率だって言ってるだろ」
俺は迷宮核を見上げる。
黒い結晶が、どくん、とひとつ大きく脈打った。
小さな迷宮。
少ないリソース。
頼りない魔物たち。
それでも――
「これで、“死なない程度に戦って、何度でも働かせる”仕組みは整った」
「ご主人、それは“ホワイトっぽいブラック”って名付けましょう」
「新ジャンルやめろ」
ふと視線を感じて振り向くと、ジグがこちらを見ていた。
さっきまでの怯えた表情から、少しだけ変わっている。
不安はまだ残っている。
けれどそれ以上に、「ここでやっていけるかもしれない」という、かすかな期待。
ジグは、胸に手――というか、拳を当てて、小さく頭を下げた。
「ボス。ここ……なんか、変な迷宮だけど……
オレ、ここで、ちゃんと、働いてみます」
その言葉に、俺は少しだけ口元を緩めた。
「そうか。じゃあ、よろしく頼むぞ、ジグ」
――こうして。
元ブラック社畜の迷宮主による、
“死なせないけど何度も戦わせる”ブラックプログラムが、静かに動き出した。




