表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/37

第三十五話:『ダンジョンマスター』として

◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――よし。綺麗な『選別フィルタリング』ができているな」


 モニターに映し出された各階層のヒートマップを見ながら、俺は満足げに頷いた。


 第1・2階層には、Fランクの新人たち。

 彼らはゴブリンやスケルトンに苦戦しつつも、ポーションをがぶ飲みしながら経験を積んでいる。


 第3階層の水没エリアには、Eランク相当のパーティ。

 水攻めとサハギンに翻弄され、装備の錆びに悩みながら、それでも少しずつ進んでいる。


 そして、第4階層の雪山には、Dランク以上の実力者たち。

 寒さ対策と連携を身につけた者だけが、ここを突破し――第5階層の『迷宮都市』へと辿り着く。


「美しい構造ですね、ご主人」


 ナノがくるくると回りながら同意する。


「実力に見合った階層で足を止めさせ、そこで消費(魔力供給)させる。

 そして、生き残った優良顧客だけが、奥の『街』でお金を落とす」


「ああ。だが、ここから先はさらに過酷だ」


 俺は、第6階層のモニターを拡大した。

 赤黒く煮えたぎるマグマの海。

 そこに足を踏み入れようとしている二つのパーティが見えた。


 “夜明けの芽”と、“灰色の風”。

 第5階層で装備を整え、意気揚々と挑む彼らだが――


「彼らはまだ知らない。

 『雪山』と『灼熱』が組み合わさった時に起きる、物理現象の恐ろしさをな」


 俺はニヤリと笑い、コーヒーを啜った。



◆第6階層・灼熱の道/カイ視点


「……熱いなんてもんじゃないぞ、これ」


 扉をくぐった瞬間、俺たちは熱波の洗礼を受けた。

 汗が吹き出し、喉が瞬く間に渇く。


「でも、対策はしてきた!」


 俺は、グランの店で購入した『耐熱マント』をかき合わせた。

 熱を遮断する特殊な素材。これのおかげで、皮膚が焼けるような痛みはない。


「行くぞ! 敵だ!」


 ガルドさんが叫ぶ。

 マグマの海から這い出してきたのは、全身が赤い鱗に覆われたリザードマンたちだ。

 手には黒曜石の槍。尻尾が鞭のようにしなっている。


「数は八体! 連携してくるぞ!」


「おう!」


 俺とレオ、そしてガルドさんが前衛に出る。

 リザードマンの動きは速い。だが、雪山でのイエティ戦を経験した俺たちなら、ついていける。


 キンッ!


 俺の剣と、リザードマンの槍が交差する。

 重い一撃。だが、受け流せる重さだ。


(いける! これなら戦える!)


 そう確信した、次の瞬間だった。


「シャァァァッ!」


 リザードマンが、口から燃え盛る火球を吐き出した。


「うわっ、ブレスかよ!」


 俺はとっさに剣を盾にして防ぐ。

 火球が刀身に当たり、高熱が鉄を炙る。


「くっ、熱……!」


 だが、防いだ。

 そう思って、反撃に転じようとした時だ。


 パキンッ。


 乾いた音が、手元から響いた。


「……え?」


 見ると、俺の剣――第2階層の宝箱で手に入れ、ずっと愛用していた鉄の剣が、真ん中から綺麗に折れていた。


「なっ、折れた!?」


 斬撃を受けたわけじゃない。ただ、熱を防いだだけなのに。


「カイ、下がれ! ……って、俺の盾もかよ!?」


 レオが叫ぶ。

 彼の大盾の表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。

 次の攻撃を受ければ、粉々になるだろう。


「武器が……次々と……!?」


 ガルドさんの大剣にも、ヒビが入っているのが見えた。


「まさか……『温度差』か!」


 後衛のアンナさんが悲鳴に近い声を上げる。


「雪山で極限まで冷やされた金属が、ここで急激に熱せられて……膨張に耐えきれずに割れてるんだわ!」


「ヒートショックってやつかよ! 聞いてねえぞ!」


 ガルドさんが悪態をつく。

 金属疲労なんてレベルじゃない。装備そのものの崩壊だ。


「撤退だ! 武器がなけりゃ戦えねえ!」


「逃げろぉぉぉっ!」


 俺たちは、武器の残骸を抱えて、全速力で来た道を引き返した。

 背後で、リザードマンたちが嘲笑うかのように槍を打ち鳴らしていた。



◆第5階層・グランの工房/カイ視点


「へいらっしゃい!

 ……おやおや、随分と派手にやったもんだな」


 命からがら逃げ帰った俺たちを、ドワーフのグランはニヤニヤしながら出迎えた。


 カウンターに置かれたのは、無残に折れた剣、砕けた盾、ヒビだらけの大剣。


「雪山の後にマグマだろ?

 普通の鉄じゃあ、分子構造が悲鳴を上げて弾け飛ぶわな」


 グランは、分かっていたと言わんばかりに髭を撫でる。


「そ、そんな……。

 じゃあ、どうすればいいんだよ! あそこを抜けるには武器が必要なのに!」


 レオが泣きつく。

 グランは、待ってましたとばかりに、カウンターの下から新しい武具を取り出した。


「そこで、こいつだ」


 鈍い銀色に輝く剣。

 赤みがかった金属の盾。


「熱膨張率を計算して打ってある。

 雪山で冷やされようが、マグマに突っ込もうが、ビクともしねえ」


「お、おお……!」


 俺たちはゴクリと喉を鳴らした。

 喉から手が出るほど欲しい。


「ただし――ちっとばかし値は張るぜ?」


 グランが提示した金額は、俺たちの手持ちギリギリだった。

 今までの冒険で稼いだ金が、ほぼ吹き飛ぶ額。


 でも、買わないという選択肢はない。


「……買います」

「俺もだ!」

「パーティ資金、全ツッパだ!」


 チャリン、チャリン……。

 重たい金貨袋が、次々とグランの懐(=迷宮の売上)へと吸い込まれていく。


「毎度あり!

 ついでに『冷却スプレー』と『予備の留め具』もどうだ? 今ならセットで安くしとくぜ?」


「か、買います……!」


 完全にカモだった。

 でも、新しい武器を握った瞬間、力が湧いてくるのも事実だった。


「……悔しいけど、すげえ良い剣だ」


 俺は、吸い付くようなグリップの感触に震えた。

 これなら、いける。


「稼いで取り返すしかないな」


 ガルドさんが苦笑しながら、新しい大剣を背負う。


「行くぞ、野郎ども!

 ドワーフの財布を潤した分、リザードマンの皮を剥いで元を取るぞ!」


「おう!」


 俺たちは、軽くなった財布と、重くなった装備を抱えて、再び灼熱の階層へと向かった。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――売上絶好調だな」


 グランの工房の売上ログを見て、俺は満足げに頷いた。


 第4階層と第6階層の寒暖差コンボ。

 これが、装備の消耗サイクルを劇的に早める。

 壊れれば買う。買えば強くなる。強くなれば奥へ進む。

 そしてまた壊れる。


 完璧な経済循環だ。


【最大魔力容量】 1800

【現在魔力残量】 1280


 迷宮が人気になり、街が発展したことによる冒険者の激増。

 アレンたちCランクの再挑戦、そしてカイたちによる周回。

 それらが生み出す膨大な魔力が、俺の手元に集まっている。


「さて、と」


 俺は立ち上がり、軽くストレッチをした。


「街は回ってる。魔物は育ってる。

 足りないのは――『俺自身』のスペックだけだ」


 前回のエルドラからの投資で、俺はEランク相当の身体能力を手に入れた。

 だが、それでは足りない。

 この先、国の介入や、Aランク冒険者が来た時、俺自身が「アキレス腱」になってしまう。


「ナノ。

 溜まった魔力のうち、『1200』を俺に回せ」


「ご、ご主人!?

 1200って……ダンジョンをもう一個作れるレベルですよ!?」


 ナノが慌てて点滅する。


「分かってる。

 だが、俺は『ダンジョンマスター』として、最後の砦にならなきゃいけないんだ」


 俺は、アイテムボックスから仮面を取り出した。

 禍々しい鬼の面。

 そして、漆黒の全身鎧(グラン特製・最高級品)。


「これから来る『霹靂の剣』……アレンたち。

 彼らが第7階層のリリを突破した時、その奥に立つ者がいなきゃ締まらないだろ?」


「……まさか、戦う気ですか?」


「戦わないさ。

 『勝てない』と思わせて、帰らせる。

 そのための“ハッタリ”には、相応の“基礎スペック”が必要なんだよ」


 俺は、コンソールの実行ボタンに手をかけた。


自己強化セルフ・エンハンス

 出力最大。

 目標――『Aランク相当』」


 ポチッ。


 ドクンッ!!


 迷宮核から、奔流のような魔力が俺の体へと流れ込んでくる。

 熱い。

 血管が焼き切れそうだ。

 細胞の一つ一つが破壊され、再構築されていく感覚。


「ぐ、ぅぁぁぁぁぁぁッ!!」


 俺は膝をつき、歯を食いしばって耐えた。

 骨がきしむ。筋肉が膨張する。

 視界が白く染まり、そして――澄み渡っていく。


 数分後。


 俺は、ゆっくりと立ち上がった。


「……ふぅ」


 息を吐くだけで、空気がビリビリと震えるのが分かる。

 握りしめた拳には、岩をも砕く力が宿っている。

 魔力感知能力は数倍に跳ね上がり、迷宮全体の空気の流れすら肌で感じ取れる。


「ステータス確認……」


 ナノが、恐る恐る数値を読み上げる。


「魔力値、身体能力値、ともに……『Aランク下位』相当。

 人間で言うなら、英雄の一歩手前です」


「……1200も使って、これかよ」


 俺は苦笑した。

 リリは100の投資でCランク上級になった。

 それに比べて、元人間の俺の燃費の悪さといったら。


「まあいい。

 『威圧』するだけなら、十分すぎる力だ」


 俺は黒い鎧を纏い、仮面をつけた。

 鏡に映るのは、どこからどう見ても『ラスボス』の姿。


「待っていろ、アレン。

 お前たちの挑戦、この『ダンジョンマスター』が受けて立つ」


 俺は、黒いマントを翻し、最深部へと転移した。

 来るべき“茶番劇クライマックス”のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ