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第三十四話:ゴールドラッシュ

◆第5階層・食堂「猫のひげ亭」/黒瀬(変装中)視点


 食堂の喧騒に紛れ、俺はカップの縁からその光景を眺めていた。


 俺の格好は、グランに作らせた地味な革鎧に、目立たない灰色のマント。

 顔には認識阻害の魔道具(眼鏡)をかけている。

 ステータスも偽装済み。

 どこからどう見ても、そこらへんにいる「くたびれたソロ冒険者・クロ」だ。


「……ふぅ」


 目の前のテーブルでは、今日の主役たちがジョッキを傾けている。

 “夜明けの芽”のカイたちと、“灰色の風”のガルドたち。

 彼らの顔には、死線を越えた者特有の安堵と、達成感が張り付いていた。


(いい表情だ。

 顧客満足度、星5つってところか)


 俺は、自然な動作で席を立ち、彼らのテーブルの空いている椅子に近づいた。


「――いい乾杯だったな」


 声をかけると、カイが振り向いた。

 少し警戒した目。だが、すぐに俺の装備を見て、「同業者」だと判断して警戒を解く。


「あ、ありがとうございます。

 えっと……あなたは?」


「クロだ。しがないソロ冒険者さ。

 あんたたちの雪山越え、後ろから見させてもらったよ。

 見事な連携だった」


 俺が言うと、カイは照れくさそうに頭をかいた。


「いや、俺たちは必死だっただけで……

 ガルドさんたちに助けられたようなもんです」


「謙遜するなよ」


 横からガルドがニヤリと笑って割り込む。


「第4階層の突破口を開いたのはお前らだ。

 特に、あのイエティ戦でのカバー。あれがなけりゃ、俺も一発もらってた」


「ええ。

 あなたたち、いいパーティね」


 アンナも同意する。

 先輩たちに褒められ、ミナやレオが顔を赤くして縮こまっている。


 俺は、カイの向かいに座り、静かに言った。


「あんたの判断力も、悪くなかった」


「え?」


「第2階層でも、第3階層でも。

 “引くべき時”に引いて、“行くべき時”に行った。

 その判断が、仲間を生かしてここまで連れてきたんだ」


 カイの目が、少しだけ見開かれる。


「……見てたんですか?」


「まあな」


 ずっとモニター越しにな。


「リーダーの仕事は、剣を振るうことじゃない。

 “全員で帰ってくること”だ。

 あんたはそれを実践できてる。だから、強くなるよ」


 それは、迷宮主としてではなく、かつてプロジェクトリーダーとして苦悩した元社畜としての、本心からの言葉だった。


 カイは、じっと俺を見て、やがて深く頷いた。


「……ありがとうございます。

 クロさん、でしたっけ。

 その言葉、忘れません」


 真っ直ぐな瞳。

 眩しいな、おい。


 俺は照れ隠しにカップの中身を飲み干し、席を立った。


「邪魔したな。

 ここを拠点にするんだろ? ゆっくり休めよ」


「はい! また、どこかで!」


 カイたちの元気な声に背中を押され、俺は食堂を出た。



◆迷宮都市・路地裏/黒瀬視点


 路地裏に入り、転移魔法で自室へ戻る。


「おかえりなさい、ご主人。

 接触、成功ですね」


 ナノが出迎えてくれる。


「ああ。

 あいつらは、この第5階層の“核”になる。

 彼らがここに定住すれば、他の冒険者も安心して滞在するようになるはずだ」


 俺はコンソールを開き、次のフェーズへと移行した。


「さて、人が住めば、何が必要になる?」


「衣食住、ですね。

 住(宿屋)と食(食堂)は用意しましたけど」


「足りないものがある。

 『流通』だ」


 俺は、迷宮入口の広場の映像を映し出した。

 そこには、多くの商人たちが露店を出している。

 ポーション、矢、食料、修理キット。

 冒険者相手の商売で賑わっている。


「第5階層を拠点にするなら、消耗品の補給もここで完結させたい。

 いちいち地上に戻る手間を省けば、その分、探索に時間を割いてくれる」


「なるほど。

 地上の商人さんたちを、こっちに呼んじゃうわけですね」


「そうだ。

 だが、ただ『来てくれ』と言っても、怪しまれるだけだ。

 魔物の巣窟で商売しようなんて酔狂な奴は少ない」


 だから、餌を撒く。

 俺は、ケット・シーたちの召喚リストを開いた。


「ナノ、一番愛想が良くて、口が達者な猫を三匹選抜しろ。

 そいつらに、特別なアイテムを持たせて地上へ派遣する」


「アイテム?」


「これだ」


 俺が生成したのは、肉球のスタンプが押された、金色のカードだった。


 【第5階層・商人用フリーパス】

 ・転移ゲート使用料:永年無料

 ・第5階層テナント料:一ヶ月無料

 ・荷運び用ゴーレムの貸出サービス付き


「……ご主人、完全にショッピングモールの誘致戦略ですね」


「形から入るのが大事なんだよ。

 『選ばれた商人だけが招待される』という特別感。

 そして、『コストゼロで一等地に店が出せる』というメリット。

 これに食いつかない商人はいない」


「さすが元社畜。悪徳……いえ、商魂たくましい」


「褒めてるのかそれ?」


 ともかく、作戦開始だ。

 俺は選抜されたケット・シーたちに指令を出した。


「行け、営業部隊。

 地上の金を、地下へ吸い上げろ!」



◆迷宮入口広場/商人の視点


 その日の昼下がり。

 広場がざわついた。


「おい、見ろよあれ!」

「猫……?」


 迷宮の入口から、三匹のケット・シーが歩いてきたのだ。

 二足歩行で、お揃いのベストを着ている。

 愛らしい見た目に、冒険者も商人も目を奪われる。


 ケット・シーたちは、広場の中でも特に繁盛している道具屋と、大手の雑貨屋の前に立った。


「こんにちわニャ!」


 先頭の猫が、愛想よく手を振る。


「おじさん、いい品揃えだニャ。

 これ、もっと高く売れる場所があるけど、興味ないかニャ?」


「は、はあ? 喋った!?」


 商人の男が腰を抜かす。


「今、第5階層の『迷宮都市』では、ポーションと矢が不足してるニャ。

 あそこには、お金を持ってる冒険者がいっぱいいるのに、買うものがないニャ〜。

 もったいないニャ〜」


 商人の目が、カネの匂いを嗅ぎつけて鋭くなる。

 第5階層。噂の安全地帯。

 確かに、そこに店を出せれば、競合なしの独占市場だ。


「で、でもよぉ。あそこまで荷物を持っていくのは命がけだろ?

 それに、場所代だって……」


「そこで、これだニャ!」


 ケット・シーが、懐から金色のカードを取り出した。


「『商人用フリーパス』!

 これがあれば、入口のゲートから一瞬で第5階層へ行けるニャ!

 しかも、今ならテナント料はタダ!

 重い荷物も、ウチのゴーレムが運んでくれるニャ!」


「な、なんだって……!?」


 周りの商人たちがどよめく。

 輸送コストゼロ。家賃ゼロ。

 そして、確実に売れる市場。


「さあ、早い者勝ちだニャ!

 勇気ある商売人さん、地下の楽園で一儲けしないかニャ?」


 ケット・シーが小首をかしげてウインクする。


 数秒の沈黙。

 そして――


「お、俺が行く! 契約させてくれ!」

「いや、ウチの食料の方が需要があるはずだ!」

「武器のメンテナンス道具なら任せろ!」


 我先にと、商人たちが手を挙げた。

 地下経済圏へのゴールドラッシュが、ここに始まった。



◆第5階層・大通り/カイ視点


 数日後。

 俺たちは、様変わりした第5階層のメインストリートを歩いていた。


「すごい……本当に街になっちゃった」


 ミナが目を輝かせてキョロキョロしている。


 通りには、地上から移住してきた商人たちの店が並んでいた。

 『迷宮支店』と書かれた看板。

 地上と同じ価格、あるいは少し色を付けた程度の適正価格で、ポーションや食料が売られている。


「へい、そこの兄ちゃん!

 雪山で冷えた体に、ホットワインはどうだい!」


「矢の補充ならウチだよ! ドワーフ製の矢尻もあるぞ!」


 活気がある。

 冒険者だけでなく、商売人たちが住み始めたことで、この階層には「生活」の空気が生まれていた。


 ケット・シーたちが運搬を手伝い、ドワーフたちが壊れた屋台を修理している。

 人間と亜人が、当たり前のように共存している空間。


「便利になったもんだ」


 ガルドさんが、露店で串焼きを買いながら笑う。


「これなら、わざわざ地上に戻る必要がねえ。

 稼いだ金で装備を整えて、飯を食って、寝て、また潜る。

 ……冒険者にとっては、理想郷だな」


「はい」


 俺も頷いた。

 第1から第4階層で稼いだ魔石やドロップ品は、ここの『買取所』で換金できるようになった。

 その金で、また準備を整える。


 循環している。

 この閉じた世界の中で、すべてが完結し始めている。


「よし、準備万端だ」


 俺は、新調した耐熱マント(グラン工房製)を羽織った。

 今日は、第6階層への再挑戦の日だ。


「行こう。

 この街を守るためにも、もっと強くならなきゃな」


 俺たちは、賑わう街を背に、灼熱の第6階層への扉へと向かった。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「流通総額、前日比150%増。

 魔力回収率、過去最高を更新中」


 ナノの報告を聞きながら、俺は深く椅子に沈み込んだ。


「回ったな」


 経済が回れば、人は定着する。

 定着すれば、魔力という税収が安定して入ってくる。


 第5階層は、今や巨大な集金システムとして機能し始めていた。


「新人は浅層で経験を積み、

 中堅は第5階層を拠点に深層へ挑む。

 そして、その活動すべてが、俺の力になる」


 完璧なエコシステムだ。

 だが――


「そろそろ、気づかれる頃だよな」


 俺は、天井を見上げた。


「こんな異常な迷宮を、国やギルドが放っておくわけがない」


 成功すればするほど、影も濃くなる。

 出る杭は打たれるのが世の常だ。


「ナノ。

 次の準備を始めるぞ」


「はい、ご主人。

 “魔王”の衣装、発注しておきますか?」


「……ああ。

 一番、威厳があって、怖いやつを頼む」


 俺は苦笑した。

 経済を回すだけじゃ終わらない。

 ここから先は――“政治”と“戦争”の時間だ。

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