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第三十三話:“夜明けの芽”と“灰色の風”の共同戦線

◆ギルド・酒場/カイ視点


「――おい聞いたかよ。迷宮の中に『温泉』があるらしいぞ」

「猫の獣人が給仕してくれる食堂だって?」

「嘘だろ、あそこの迷宮、水攻めと雪山で殺しに来るって噂じゃねえか」


 ギルドの酒場は、ここ数日、その話題で持ちきりだった。


 北西の迷宮、第5階層。

 そこに、冒険者を癒やす「迷宮都市」が存在するらしい。


 最初に到達した“霹靂の剣”の報告書は、瞬く間に冒険者たちの間に広まった。

 極寒の雪山を抜けた先にある、常春の楽園。

 ドワーフの工房。ふかふかのベッド。温かいスープ。


「……行きたい」


 テーブルに突っ伏したミナが、うめくように言った。


「温泉……猫さん……温かいごはん……」


「ミナ、目が据わってるよ」


 セラが苦笑するが、彼女も魔導書を持つ手が少し震えている。


「でも、第5階層だよ?

 私たち、まだ第3階層の『カニ』をアレンさんたちの助けで突破したばかりだし……」


「普通に行けば、な」


 俺は、ギルドカードを見つめながら言った。

 そこに刻まれたランクは『E』。

 先日、昇格したばかりだ。


「迷宮の入口にできた『転移ゲート』。あれを使えば、第4階層の入口までワープできる」


「あ」


 レオがポンと手を打った。


「そうか! 第1から第3階層をすっ飛ばせるのか!」


「ああ。

 アレンさんたちが言ってた。『第3階層で濡れたまま第4階層に行くと凍って死ぬ』って。

 逆に言えば――最初から乾いた服で、防寒対策をガチガチにして第4階層からスタートすれば、勝機はある」


 俺の言葉に、三人の目が輝いた。


 第4階層の推奨ランクはD相当。Eランクの俺たちには少し荷が重い。

 でも、万全の準備と、対策があれば。


「行こう、カイくん!」

「猫さんに会いに行こう!」


 ミナとレオが食い気味に立ち上がる。

 セラも、静かに、しかし力強く頷いた。


「目標、第5階層『迷宮都市』。

 ……行きましょう、楽園へ」



◆迷宮入口広場/カイ視点


 翌朝。

 俺たちは、分厚い毛皮のコートを着込んで、迷宮入口の転移ゲート前に立っていた。


 周りの新人冒険者たちが「うわ、暑そう」という目で見てくるが、気にしない。

 これは生存のための装備だ。


「よう。お前らも行くのか?」


 背後から、野太い声がかかった。

 振り返ると、そこには見覚えのある大柄な戦士が立っていた。


 中堅パーティ“灰色の風”のリーダー、ガルドさんだ。

 彼らもまた、雪山仕様の重装備に身を包んでいる。


「ガルドさん!

 はい、噂の『都市』を目指してみようかと」


「奇遇だな。俺たちもだ」


 ガルドさんは、ニカっと笑って俺の肩を叩いた。


「前回の第3階層じゃ、悪魔リリにビビって帰っちまったからな。

 今回は『観光』目的で、リベンジってわけだ」


 後ろにいる弓使いのアンナさんが、やれやれと肩をすくめる。


「この人ったら、『俺も猫耳に酌されたい』ってうるさくてね」


「バッ、余計なこと言うな!」


 顔を赤くするガルドさんに、俺たちは思わず笑ってしまった。

 でも、すぐにガルドさんの表情が真面目なものに戻る。


「……で、だ。カイ。

 どうだ、一緒に行かねえか?」


「え?」


「第4階層は、Dランク相当の魔物がうろつく場所だ。

 お前らも腕を上げたとはいえ、雪山での戦闘経験は浅いだろ?

 俺たちと組めば、数も増えるし、死角も減る」


「それは……すごく助かりますけど、俺たちが足手まといになりませんか?」


「ハッ。

 第2階層を自力で抜けた根性、見込んでるんだよ。

 それに――」


 ガルドさんは、俺の腰にあるナイフ(第2階層の宝箱産)をちらりと見た。


「お前ら、“撤退”のタイミングを知ってる。

 そういう奴となら、背中を預けられる」


 その言葉に、胸が熱くなった。

 憧れの中堅パーティからの、対等な共闘の申し出。


「……お願いします。一緒に、第5階層へ!」


「よし、決まりだ!

 総勢8名の合同パーティだ。雪山なんぞ踏み越えていくぞ!」



◆第4階層・氷結の雪山/カイ視点


 転移ゲートをくぐった瞬間、世界は白一色になった。


「うぅ、さむっ……!」


 頬を叩く冷気に、ミナが身を縮める。

 だが――


「凍らない……!」


 レオが自分の鎧を確認して叫んだ。

 前回、アレンさんたちが苦しめられたという「装備の凍結」。

 それが起きていない。

 服が乾いているからだ。さらに、事前に入手した「耐寒オイル」を関節に塗っているおかげで、動きもスムーズだ。


「よし、作戦通りだ。

 陣形を組むぞ! 俺とレオが前衛。カイとトーラ(灰色の風の軽戦士)が遊撃。

 後衛は固まって周囲を警戒だ!」


「了解!」


 ガルドさんの指示で、即座に円陣を組む。

 視界の悪い吹雪の中を進む。


 『グルルル……』


 白い影が現れた。

 ホワイトウルフの群れだ。五体、いや六体。


「来るぞ!」


 雪煙を上げて、狼たちが襲いかかってくる。


「オラァッ!」


 ガルドさんの大剣が一閃。

 先頭の一匹を豪快に吹き飛ばす。


 だが、別の個体がその隙を突いて横から飛び込む。


「させない!」


 俺は前に出た。

 雪に足を取られないよう、重心を低く。

 ガルドさんの死角をカバーするように、剣を突き出す。


 ギャンッ!


 的確に急所を捉え、狼が雪に沈む。


「ナイスカバーだ、カイ!」


「ガルドさんこそ、ナイス威力です!」


 連携が、面白いように決まる。

 “灰色の風”の安定感ある立ち回りに、俺たち“夜明けの芽”が食らいついていく。


 イエティが現れたときも、そうだった。


「雪玉が来るぞ!」

「シグさん、魔法で迎撃を!」

「任せろ! 《ファイアボール》!」

「レオ、防げなかった破片を頼む!」

「おうよ!」


 魔法で砕き、盾で防ぎ、その隙に俺とトーラさんが懐に飛び込んで足を斬る。

 体勢が崩れたところに、ガルドさんがトドメの一撃。


 強い。

 8人という数の暴力もあるが、それ以上に――

 俺たちが、“灰色の風”の動きについていけていることが嬉しかった。


「へえ、やるじゃないか」


 戦闘後、アンナさんが感心したように言った。


「新人だと思ってたけど、動きはもう一人前ね」


「皆さんのおかげです」


 俺は荒い息を吐きながらも、充実感でいっぱいだった。


 濡れてさえいなければ。

 準備さえしていれば。

 第4階層は、決して「無理ゲー」じゃない。


 俺たちは、確かな手応えと共に、雪山を踏破していった。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「いいな、この流れ」


 モニターの中で、合同パーティが雪山を突破していく様を眺めながら、俺は頷いた。


「“転移ゲート”という公式チートを使って、無理ゲーを攻略可能なゲームバランスに落とし込む。

 これが俺の求めていた『正しい攻略法』だ」


「中堅さんが新人を引っ張って、一緒に攻略する。

 MMORPGのいい光景ですねえ」


 ナノも和んでいる。


「彼らが第5階層に定着すれば、他の冒険者たちも後に続くだろう。

 そうすれば、あそこは本当の意味で『街』になる」


 第4階層を抜けた先。

 階段を降りる彼らの姿が見えた。


「さあ、着くぞ。

 接待の準備はいいか?」


「バッチリです!

 ケット・シー隊、スープの保温よし、温泉の湯加減よし、猫耳の毛並みよし!」


「よし。

 骨抜きにしてやれ」



◆第5階層・入口/カイ視点


 長い階段を降りるにつれて、気温が上がっていくのが分かった。

 凍えていた指先に、感覚が戻ってくる。


 そして――


 扉を開けた瞬間、俺たちは言葉を失った。


「……嘘だろ」


 ガルドさんが呟く。


 そこには、石畳の街並みがあった。

 天井の高い空間に、柔らかな光。

 煉瓦造りの家々からは、煙突の煙が上がっている。


 ここが地下深くの迷宮だなんて、信じられないほど平和な光景。


「いらっしゃいませニャ!」


 駆け寄ってくる、エプロン姿の猫人族たち。


「雪山越え、お疲れ様だニャ〜。

 寒かったニャ? お腹空いたニャ?」


「か、可愛い……!」


 ミナとセラが、即座に陥落した。

 ケット・シーのもふもふした尻尾や、揺れる耳に釘付けだ。


「温かい特製シチュー、今なら焼きたてパン付きだニャ!」

「ドワーフの旦那の武器屋も見ていくといいニャ!」

「宿屋の大浴場は、ハーブの湯だニャ〜」


 矢継ぎ早に繰り出される誘惑。


 俺は、隣のガルドさんを見た。

 百戦錬磨の戦士の顔が、見たことないくらいデレデレに崩れていた。


「……入るか」

「……はい」


 抵抗なんて、できるはずがなかった。



◆第5階層・食堂「猫のひげ亭」/カイ視点


「うめぇぇぇ……!」


 レオが、具だくさんのクリームシチューを口に運んで叫んだ。

 冷え切った体に、熱々のスープが染み渡る。


「生き返るわね……」


 アンナさんも、ワインを傾けながらほうっと息をつく。


 俺たちは、8人で大きなテーブルを囲んでいた。

 周りには、給仕をしてくれるケット・シーたち。

 窓の外には、穏やかな街並み。


 さっきまで、吹雪の中で命のやり取りをしていたのが嘘みたいだ。


「ここ、本当に拠点にできるな」


 ガルドさんが、パンをちぎりながら言った。


「地上に戻る時間が浮くし、何よりこの環境だ。

 ここで英気を養って、万全の状態で次の階層へ挑める」


「そうですね。

 転移ゲートもあるから、補充が必要ならすぐ戻れるし……」


 俺は、スプーンを見つめながら言った。


「俺たち、ここでなら……もっと強くなれる気がします」


「ああ。

 “夜明けの芽”と“灰色の風”。

 ここを前線基地にして、この迷宮の底まで付き合ってやるのも悪くねえ」


 ガルドさんが杯を掲げる。


「迷宮都市への到着と、俺たちの連携に。乾杯!」


「乾杯!!」


 グラスが触れ合う音が、温かい食堂に響いた。


 その様子を、カウンターの隅で一人の男が静かに見ていたことを、俺たちはまだ知らなかった。

 黒い髪に、少し疲れたような目の、どこにでもいそうな冒険者風の男。


 彼が、カップの陰で満足そうにニヤリと笑ったのを――俺だけが、ふと視界の端に捉えた気がした。

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