第三十一話:迷宮都市計画
◆迷宮入口前・監視カメラ/黒瀬視点
「……変われば変わるもんだな」
俺は、監視水晶に映し出された迷宮前の光景を見て、感慨深く呟いた。
“新人育成強化週間”が終わってから五日。
かつては荒涼とした岩場だった迷宮の入り口は、すっかり様変わりしていた。
数件の露店から始まった商売は、今や木造の仮設店舗へと進化している。
冒険者向けの簡易宿泊所、武具の応急修理屋、ギルドの出張所。
その裏手には、そこで働く商人や料理人たちが寝泊まりするテント村までできている。
「完全に『迷宮街』の走りですね。経済効果すごいです」
ナノがパチパチと拍手する。
「ああ。人が集まれば金が落ちる。金が落ちれば街ができる。
おかげでウチの“売上”も鰻登りだ」
俺は手元のコンソールに目を落とした。
【最大魔力容量】 800
【現在魔力残量】 682
桁違いの数値だ。
新人ラッシュによる薄利多売と、霹靂の剣による高密度な魔力供給。
それが、迷宮核をここまで成長させた。
「使い切れないほどの予算だ。
……さて、どう投資するか」
贅沢な悩みに頭を抱えていると、
「賑わっておるな」
ふらりと、銀髪の美女が迷宮核の間に現れた。
我らが顧問にして最強のダンジョンマスター、エルドラだ。
「いらっしゃいませ。コーヒーでいいですか?」
「うむ。……ふん、外の様子を見たが、少々もったいないな」
エルドラは出されたコーヒーを啜りながら、モニターを指さした。
「人間どもが外で金を落としておる。
あれを、なぜ迷宮の中でやらせん?」
「中、ですか?」
「そうだ。
第4階層の雪山まで踏破した者は、疲弊しきっておるだろう?
一度外に出て休むのではなく、中で休み、中で金を使い、また奥へ挑む。
そういう場所を作れば、奴らは迷宮から離れられなくなるぞ」
その言葉に、俺の脳内で電流が走った。
中間地点のセーフティゾーン。
ゲームで言うところの、ダンジョン内の拠点。
「……なるほど。
癒やしを提供しつつ、さらに奥へ進ませるための活力を与える場所。
採用です」
「話が早くて助かる」
俺は即座にコンソールを操作し始めた。
魔力は潤沢にある。やるなら、徹底的にだ。
「大規模拡張工事、開始するぞ!」
◆拡張工事/黒瀬視点
「まずは、場所の確保だ」
第4階層のさらに奥、地下深くへ領域を広げる。
第5階層以降は、深度ボーナスでコストが倍になるが、今の俺には痛くも痒くもない。
「第5階層追加。コスト100」
「第6階層追加。コスト100」
「第7階層追加。コスト100」
計300ポイントを一括投入。
ズズズズズ……と地鳴りが響き、迷宮がさらに深く、巨大になっていく。
「第7階層は、とりあえずリリの個室兼、最奥のボス部屋として確保しておくとして……メインは5と6だ」
まずは、第5階層。
俺はここを、広大で平坦な、整備された石畳の空間に設定した。
天井を高くし、魔力光で擬似的な空を作る。
「ここを『迷宮都市エリア』にする」
そして、グランのドワーフ工房を、丸ごとここへ移転(転移)させる。
「グラン! 店が広くなるぞ!」
『ガハハ! そりゃいい! だがご主人、俺一人じゃ手が回らねえぞ!』
「分かってる!」
俺は追加召喚を行った。
「ドワーフ(鍛冶師)。コスト10×4体=40」
グランの弟子として、屈強なドワーフたちを配置。
これで生産ラインと修理ラインが強化される。
次に、冒険者をもてなすための施設だ。
宿屋、レストラン、道具屋の建物を生成する。
そして、そこを運営するスタッフが必要だ。
「接客業には、愛想と癒やしが必要不可欠……」
俺は〈召喚〉タブから、戦闘力は皆無だが、適正の高い種族を選んだ。
「猫人族。コスト5×10体=50」
光と共に現れたのは、猫耳と尻尾を生やした、二足歩行の獣人たち。
ふわふわの毛並み。くりっとした目。
「にゃ? ここはどこにゃ?」
「仕事? ごはんと寝床があるならやるにゃ!」
「……癒やされる」
殺伐とした迷宮の中に、オアシスが誕生した瞬間だった。
雪山で凍えた冒険者がここにたどり着けば、間違いなく骨抜きにされるだろう。
「あとは、転移ゲートを使わずに5層に到達した猛者には『実績解除報酬』として、レアな素材やグランの特製装備を渡す仕様にしよう」
「いわゆる『やり込み勢』向けの裏仕様ですね」
これで、第5階層は完成。
残魔力は292。
「次は、第6階層だ」
癒やしの都市を抜けた先。
そこには、地獄を用意する。
「テーマは『灼熱』」
第4階層の極寒から、都市で一息つかせた後に、真逆の焦熱地獄へ叩き落とす。
灼熱対応の装備が必要になるため、グランの店へ誘導するサイクルだ。
俺は、煮えたぎるマグマの海と、その上を通る一本道を生成した。
「魔物配置。
リザードマン。コスト15×8体=120。
炎に強い鱗を持つ戦士タイプだ。連携して押し出しを狙わせる」
「ケルベロス。コスト50。
三つの首を持つ炎の番犬。中ボス級の戦力だ」
「レッドスライム。コスト5×10体=50。
マグマに擬態し、飛びついて燃やす」
計220消費。
これで、残魔力は――72。
「ふぅ……。さすがに使い込んだな」
俺は額の汗を拭った。
迷宮は全7階層。
都市機能まで備えた、立派な中規模ダンジョンへと進化した。
◆迷宮核の間/黒瀬&エルドラ
「悪くない構成だ」
一連の作業を見ていたエルドラが、満足げに頷く。
「アメとムチの使い分けが上手い。
これなら、人間どもは喜んで搾取されに来るだろう」
「お褒めに預かり光栄です」
「だが――」
エルドラの紫の瞳が、俺をじっと見据えた。
「迷宮は強くなったが、主であるお主自身が貧弱すぎる」
「……うぐ」
痛いところを突かれた。
俺はただの元・社畜人間だ。
魔力操作こそナノの補助でなんとかなっているが、肉体的にはゴブリンにも負ける自信がある。
「万が一、ここまで侵入されたらどうする?
事故で死なれては、私の『別荘』がなくなって困る」
「それは、まあ、そうですが……
もう魔力が72しか残ってなくてですね」
ダンジョンマスター自身の強化にも魔力を使えることは知っている。
だが、今の残量では、雀の涙ほどの強化しかできないだろう。
「ふむ」
エルドラは、少し考え込んでから、ニヤリと笑った。
「よかろう。
特別に、祝いとして私が『128』足してやろう」
「へ?」
「合わせて200だ。
それだけあれば、最低限の自衛くらいはできるようになる」
エルドラが指先を向ける。
俺の残魔力72と、彼女から送られる128の魔力が融合し、俺の身体へと注ぎ込まれた。
「う、おおおおおっ!?」
全身が熱くなる。
体の中身が作り変えられていくような、不思議な浮遊感。
筋肉の繊維が引き締まり、神経の伝達速度が上がり、体内の魔力回路が開通する。
光が収まった時、俺は自分の手を見つめた。
「……軽い」
視界がクリアだ。
部屋の隅の埃まで見える。
軽くジャンプしてみると、体が羽のように軽く感じた。
「ステータス確認……
総合評価:Eランク冒険者相当」
ナノが数値を読み上げる。
「……200も使って、Eランクかよ」
俺はがっくりと肩を落とした。
リリは100でCランク上位になったのに。
「戦闘職の才能、なさすぎだろ俺……」
「まあ、そう腐るな」
エルドラが、慰めるように(面白がるように)言う。
「一般人がゴブリンに殴られて即死しなくなっただけ、マシと思え。
それに、お主の本分は『管理』だ。戦うことではない」
「……まあ、そうですね」
とにかく、これで少しは頑丈になった。
過労で倒れるリスクも減ったはずだ。
「ありがとうございます、エルドラさん」
「礼には及ばん。
さあ、準備は整ったぞ。
第5階層の宿屋で、冒険者から金を巻き上げるのが楽しみだな?」
「ええ。
最高の『おもてなし』を用意して、お待ちしていますよ」
俺は、完成した迷宮の全図を見上げ、ニヤリと笑った。
第1階層から第7階層まで。
罠あり、街あり、地獄あり。
ここはもう、ただの野良迷宮じゃない。
冒険者を誘い、育て、搾り取る――巨大なシステムだ。
次なる来訪者が、このシステムをどう攻略してくれるのか。
楽しみで仕方がない。




