表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/37

第三十話:雷光の決死行

◆第4階層・ボス部屋/アレン視点


 扉の向こうに広がっていたのは、氷の柱が林立するドーム状の空間だった。

 天井まで届く巨大なつららが、照明代わりの魔力光を反射して青白く輝いている。


 そして、その中央。

 氷で作られた玉座に、彼女は座っていた。


 長い黒髪。真紅の瞳。

 以前、ギルドの報告書で見た「子供のような悪魔」という特徴とは一致しない。

 そこにいるのは、妖艶な美貌と、圧倒的な魔力を纏った“完成された悪魔”だった。


「あら。氷像にならずに来たのね」


 彼女――リリが、足を組んだまま俺たちを見下ろす。


「褒めてあげるわ。

 でも、ここが終着点よ」


 彼女が指先を動かすと、周囲の氷柱が軋み、空間全体の温度がさらに下がった気がした。


「……散開! 囲んで攻めるぞ!」


 俺の号令で、全員が動く。

 体が重い。関節が凍りついている。

 それでも、俺たちはCランクだ。この程度の逆境で足は止まらない。


「オラァッ!」


 ボルドが盾を鳴らして突っ込む。

 リリの視線が彼に向いた瞬間、レンが側面から炎の槍を放つ。


「目障りね」


 リリは立ち上がりもせず、片手で黒い障壁を展開して炎を防ぐ。

 だが、視界は遮られた。


「そこだッ!」


 俺は死角から飛び込んだ。

 雷魔法で加速した刺突。

 狙うは喉元。


 キンッ!


 硬質な音が響く。

 俺の剣は、リリがとっさに出した氷の剣によって受け止められていた。


「速いけど――軽い」


 リリが笑う。

 だが、俺の剣には雷が宿っている。


「《紫電》!」


 至近距離での放電。

 バヂヂヂッ!

 リリが驚いて飛び退く。その頬に、一筋の赤い線が走った。


「……へえ」


 リリが、自分の頬を指でぬぐい、血を見る。

 その瞳から、笑みが消えた。


「腐ってもCランクね。

 ボクに傷をつける程度には、楽しませてくれるみたい」


 ドォォォン……!


 リリの全身から、どす黒い魔力が噴き上がった。

 冗談みたいなプレッシャーが、空気を震わせる。


「じゃあ――対等に遊んであげる」



◆ボス部屋/戦闘中


 そこからは、一方的だった。


 速い。

 とにかく速い。

 雷魔法で加速している俺の動きに、身体能力だけでついてくる。


「くっ、これでも食らいな!」


 俺が放つ紫色の雷撃。

 対して、リリが放つのは――黒い雷。


 バチィィィン!!


 二つの雷が衝突し、俺の紫電があっけなく喰らい尽くされた。

 出力が違いすぎる。


「がはっ!?」


 余波だけで吹き飛ばされる。


「ボルド、防御!」


「任せろ! 《城塞フォートレス》!」


 ボルドが全身全霊で盾を構える。

 だが、リリは魔法を使わず、加速をつけてその盾を蹴り抜いた。


 ガガンッ!!


 鉄塊を殴ったような音がして、ボルドの巨大な体がボールのように転がっていく。

 盾が、ひしゃげている。


「ボルド! ミシェル、回復を!」


「だ、だめです……魔力が……もう……!」


 ミシェルの悲鳴。

 第3階層の水没と、第4階層の極寒。

 この環境コンボが、俺たちのスタミナと魔力を、ボディブローのように削り取っていた。


 俺の剣速が鈍る。

 レンの詠唱が遅れる。

 その隙を、悪魔は見逃さない。


「終わりよ」


 リリが、頭上に巨大な氷の槍を生成する。

 一本じゃない。数十本。

 回避不可能な質量攻撃。


(――勝てない)


 俺は悟った。

 万全の状態なら、あるいはもっと食い下がれたかもしれない。

 だが、ここまで消耗させられた今の俺たちでは、全滅する。


 リーダーとして、決断しなければならない。


「総員、撤退だ!!」


 俺は喉が裂けるほど叫んだ。


「ゲートへ走れ!!」


「リ、リーダー!?」


 ボルドがよろめきながら起き上がる。


「あんたはどうするんだ!」


「僕が止める! 時間を稼ぐから、君たちは先に行け!」


 俺は、残った魔力をすべて練り上げる。

 全身の血管が焼き切れそうなほど熱い。


「嫌よ! 置いていけない!」


 ミシェルが泣き叫ぶ。


「行けッ!!」


 俺は、初めて仲間に対して怒鳴った。


「全滅する気か! 君たちが生き残れば、僕も生き残る希望がある!

 早くいけえぇぇぇっ!!」


 俺の剣幕に押され、レンがミシェルとボルドの手を引いた。

 三人が、扉の方へ走り出す。


「逃がさないわよ?」


 リリが冷ややかに氷の槍を向ける。


「させるかよ!」


 俺はリリの前に割り込んだ。


「《雷神のライトニング・オーラ》!!」


 限界を超えた魔力放出。

 俺自身が雷となって、氷の槍を次々と叩き落とす。



◆ボス部屋/アレン vs リリ


 仲間が扉を抜けた気配がした。

 ゲートが起動するまでの数十秒。

 それが、俺に残された時間だ。


「……まさか、死ぬ気?」


 リリが、興味深そうに首をかしげる。

 全ての攻撃を防がれ、肩で息をする俺を見て、彼女は余裕の笑みを浮かべている。


「まさか」


 俺は、焼け焦げた手袋を握りしめた。


「生きるために、賭けるんだよ!」


 俺は地面を蹴った。

 直線的な突撃。

 リリが迎撃の構えを取る。


「単純ね」


 彼女の手に、黒い雷が集束する。

 当たれば、消し炭だ。


 だが、俺の狙いはそこじゃない。


 激突の直前。

 俺は、剣に込めた魔力を、攻撃ではなく“暴走”させた。


「――弾けろッ!!」


 カッッッ!!!!


 視界を真っ白に染め上げる、閃光と爆音。

 攻撃力はない。ただの目くらまし。

 だが、魔力感知すら狂わせるほどの高密度の光だ。


「しまっ――!?」


 リリの声が聞こえる。

 俺は、その一瞬の隙に、全速力で反転した。


 背中を向ける。

 無防備な背中を晒して、扉へと疾走する。


 プライドも何もかも捨てた、泥臭い逃走。

 でも――これが、冒険者だ!



◆ボス部屋前・転移ゲート/ミシェル視点


「イヤだ、アレンさん……!」


 私は、転移ゲートの前で泣き崩れていた。

 ゲートは起動待機状態。あと数秒で転移が始まる。


 でも、アレンさんがまだ来ない。


 ドォォォォン!!


 ボス部屋の中から、爆発音が響いた。

 重厚な扉が、衝撃でひしゃげて開く。


「!!」


 煙の中から、黒焦げの影が飛び出してきた。


「アレンさん!!」


 ボロボロの姿。

 髪は焦げ、鎧は砕け散っている。

 それでも、彼は走っていた。


 背後から、恐ろしい冷気と殺気が迫ってくる。


「飛べぇぇぇッ!!」


 アレンさんが、倒れ込むようにしてゲートの範囲内に飛び込んでくる。


 直後。

 巨大な氷の槍が、扉を突き破って飛来した。


 ――ブウンッ。


 転移の光が、私たちを包み込む。

 氷の槍が、アレンさんの足元を掠めて地面に突き刺さるのが見えた。


 そして、視界が反転した。



◆ボス部屋/黒瀬視点


 静まり返ったボス部屋。

 砕けた氷と、焦げた跡が残る戦場。


 リリは、煤けた服を払いながら、入口の扉を睨みつけていた。


「……逃げられた」


 彼女は、悔しそうに、けれどどこか楽しそうに唇を尖らせた。


「最後の一撃、わざと魔力を暴走させて目くらましにしたわね。

 あそこで背中を向けられる度胸……ムカつくけど、やるじゃない」


 俺は、モニター越しにその様子を見て、大きく息を吐いた。


「……見事な撤退戦だ」


 正直、死ぬかと思った。

 リリの強化具合が想定以上だったし、アレンたちも限界だった。


 だが、彼らは生き残った。

 リーダーが身を挺して時間を稼ぎ、全員で帰還した。


「あれができるのが、Cランクってやつか」


 ただ強いだけじゃない。

 引き際を見極め、泥をすすってでも生き延びる判断力。


「ご主人、アレンさんたち、転移先で気絶してますけど、全員生存です」


 ナノが報告する。


「彼らは負けました。

 でも、迷宮の“本気の脅威”を肌で感じて、生きて持ち帰りました」


「ああ。それが一番の宣伝になる」


 アレンたちは、必ずまた来る。

 今度は、もっと対策を練って、もっと強くなって。


 そして、その背中を見た他の冒険者たちも、この迷宮を“攻略すべき壁”として認識するだろう。


「強者を退け、さらに難攻不落となった迷宮……か」


 俺は、手元の魔力残量を確認した。

 今回の迎撃で消費した分はすぐに回収できるだろう。


「忙しくなるな、これからも」


 俺は、傷ついたリリを労うためのケーキ(特上品)を用意しながら、次の“運営計画”を練り始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ