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第二十八話:雷光の特別授業

◆迷宮入口広場/カイ視点


「……おい、なんだありゃ」


 挑戦に訪れた俺たち“夜明けの芽”は、迷宮の入口広場を見て呆然とした。


 いつもの洞窟の入口の横に、昨日までは影も形もなかった“石造りのゲート”が鎮座しているのだ。

 青白い魔力光を帯びたそのアーチの周りには、新人冒険者たちが人だかりを作ってざわめいている。


「また、新しい何かができたのか……?」


 俺たちが恐る恐る近づくと、ゲートの横に直立していた無骨なゴーレム像が、ギギ、と首を動かしてこちらを向いた。

 そして――目がピカッと赤く光る。


『認証を開始します』


「うおっ!?」


 レオが飛びのいた。

 無機質だが、妙に丁寧な女性の声が響く。どことなく、聞き覚えがあるようなないような不思議な声だ。


『……魔力パターン照合完了。

 パーティ名“夜明けの芽”。

 第2階層までの踏破履歴ログを確認しました』


「しゃ、喋った……!?」


 ミナが目を丸くする。

 周囲の新人たちからも「すげえ」「魔力を覚えてるのか?」とどよめきが起こる。


『転移ゲートの使用が可能です。

 当ダンジョンは、挑戦者の利便性向上のため、踏破済み階層へのショートカット機能を提供しております』


「利便性向上って……敵が用意するもんじゃねえだろ」


 レオがもっともなツッコミを入れるが、その顔はニヤけている。

 無理もない。第1階層のあの長い道のりと、神経をすり減らす第2階層の迷路をスキップできるのだ。


「どうする、カイ?」


 セラが俺を見る。その瞳には、少しの不安と、大きな期待が混じっていた。


「……使わせてもらおう。

 今日の目標は、前回入口しか見れなかった第3階層の攻略だ。そこまで体力を温存できるなら、これほどありがたいことはない」


 俺たちはゲートの前に立った。


『転移先を選択してください』


「第2階層の奥……第3階層の手前まで頼む」


『承りました。よい旅を』


 光が溢れる。

 新人たちの「いいなぁ」「俺たちも早くあそこまで行きてえ」という羨望の声を背中に浴びながら、俺たちの視界は白く染まった。



◆第3階層・水没通路/カイ視点


 転移した先は、第2階層の最奥。あの階段の前だった。


「……すげえ。一瞬だ」


 体力も魔力も満タン。装備の汚れもない。

 これなら、万全の状態で未知のエリアに挑める。


「よし、行くぞ! 今日はもっと奥まで見るんだ!」


 階段を降り、冷たく湿った第3階層へ足を踏み入れる。

 足首まで水に浸かる通路。冷気が肌を刺す。


 だが、現実は甘くなかった。


「くっ、やっぱり動きにくい!」


 水中でサハギンが襲ってくる。

 陸上では大したことのない相手だが、水中からの奇襲と引きずり込みが厄介すぎる。


「レオ、足元!」


「分かってる! おらぁ!」


 レオが盾で水面を叩き、サハギンを怯ませる。その隙に俺が斬る。

 なんとか撃退はできているが、進行速度はどうしても遅くなる。

 水に足を取られ、体温を奪われ、じわじわと消耗していく。


「……休憩スポット、ないのかな」


 ミナが弱音を吐く。

 第1階層にはあったオアシスが、ここにはない。

 あるのは、どこまでも続く暗い水路と、湿った岩肌だけだ。


 そして――俺たちは、最大の難所にぶつかった。


 一本橋。

 沼地の上に架かった、頼りない石の橋。

 その中央に、絶望的な質量の塊が鎮座していた。


 巨大な鋏。鋼鉄のような甲羅。

 ジャイアント・クラブ。


「……デカい」


 前回、ガルドさんたちが苦戦したという相手だ。

 真正面からぶつかれば、弾き返される。


「やるしかない。行くぞ!」


 俺たちは橋へと踏み込んだ。


 だが、それが罠だった。


 ザバァァァッ!


 橋の両側の水面から、大量のサハギンが飛び出してきたのだ。


「囲まれた!?」


「嘘、さっきまでいなかったのに!」


 セラが悲鳴を上げる。

 前には巨大蟹。左右と後ろにはサハギンの群れ。

 完全に包囲された。


「ミナ、セラを守れ! レオは後ろ! 俺が前をこじ開ける!」


「無理だカイ! あのカニ、硬すぎる!」


 剣が弾かれる。

 サハギンの槍が、レオの盾をガリガリと削る。

 ミナの魔力が尽きかけ、セラの防御魔法にもヒビが入る。


(しまっ……詰んだか……!?)


 逃げ場がない。

 水中に引きずり込まれるイメージが脳裏をよぎる。


 その時だった。


 バヂヂヂヂッ!!


 空気を裂くような破裂音と共に、紫色の閃光が走った。


「ギャァァッ!?」


 俺たちを取り囲んでいたサハギンたちが、一瞬で感電し、白目を剥いて水面に浮かび上がった。


「え……?」


 何が起きたのか分からない。

 ただ、橋の入り口の方から、凄まじい速度で何かが滑ってくるのが見えた。


 水しぶきすら上げない、洗練された足運び。

 白と青の騎士装束。


 Cランクパーティ、“霹靂へきれきの剣”。


「やあ。少し、混み合っているようだね」


 リーダーの青年剣士――アレンが、抜き放った剣から紫電を散らしながら、爽やかに微笑んでいた。


「アレン、さん……!?」


「新人の引率で来ていたんだけどね。彼らには第3階層の途中までが限界だったようで、先に帰したんだ。

 僕たちは調査も兼ねて奥へ進もうとしたら……君たちがピンチに見えてね」


 アレンは、カニを見据えながら俺の横に並んだ。


「助太刀するよ。構わないかい?」


「た、助かります! でも、こいつ硬くて……!」


「硬いなら、柔らかいところを狙えばいい。

 それに、水場での戦いにはコツがあるんだ」


 アレンの声には、戦場の喧騒を忘れさせるような落ち着きがあった。


「君たち、連携は悪くない。ただ、環境を利用しきれていないだけだ。

 僕が合図を出す。それに合わせて動けるかい?」


「は、はいっ!」


 憧れのCランク冒険者からの直接指示。

 俺たちの身体に、再び力が漲る。


「よし。魔法使いくん、水面に雷を撃てるかい? カニに当てる必要はない」


「は、はい! でも、それじゃ……」


「水は電気を通す。カニの足元を狙うんだ!」


「なるほど! 《雷撃》!」


 セラの杖から放たれた雷光が水面を走り、カニの八本の脚を包み込む。

 バチバチッ!

 カニが痙攣し、動きが止まった。


「今だ! 神官ミナさんは炎魔法で水蒸気を! 視界を奪え!」


「はいっ! 《小炎》!」


 ジュワァァ!

 水面が沸騰し、濃い湯気がカニの目を塞ぐ。

 混乱してハサミを振り回すが、誰もそこにはいない。


「前衛、足を払え! 体勢を崩すんだ!」


 アレンの号令に合わせ、俺とレオが同時に飛び出す。

 動きの止まったカニの脚を、左右からフルスイングで叩く。


 バランスを崩した巨大な体が、グラリと傾いた。


「そこだ、継ぎ目を狙え! 君が決めるんだ!」


 アレンは自分がトドメを刺すことはせず、俺に道を譲った。

 俺は踏み込み、無防備になった甲羅の隙間に――グランのナイフを突き立てた。


 ズプッ。


 確かな手応え。

 カニが断末魔を上げ、崩れ落ちる。


 黒い煙となって消えていく巨大な敵を見ながら、俺は荒い息を吐いた。


「やった……倒した……!」


「うん、いい筋だ。のみ込みが早いね」


 アレンさんが、剣を納めながらパチパチと手を叩いてくれた。


「力任せではなく、理屈で攻める。

 この迷宮は、そういう戦い方を求めている気がするよ」


 俺たちは、深く頭を下げた。

 圧倒的な実力差がありながら、俺たちの成長を促すような戦い方。

 これが、Cランクの余裕か。



◆第3階層最奥・階段前/カイ視点


 カニを倒した後、俺たちはアレンさんたちと共に奥へと進んだ。

 そして、ついに第3階層を突破した。


 目の前には、さらに下へと続く階段がある。


 しかし――


「うぅ、寒い……」


 ミナが震えている。

 戦闘の興奮が冷めると、水濡れの冷たさが襲ってきた。

 俺たちの装備はずぶ濡れだ。


「君たちは、ここまでにしておいた方がいい」


 アレンさんが、真剣な表情で言った。


「その濡れた装備のまま先へ進めば、体温を奪われて動けなくなる。

 十分な成果だよ。胸を張って帰りなさい」


「……はい」


 俺は素直に頷いた。

 これ以上は、命に関わる。

 アレンさんの言葉には、逆らえない説得力があった。


「ご指導、本当にありがとうございました!」


 俺たちはもう一度礼を言い、設置されていた帰還用の転移陣を使って地上へ戻った。


 去り際。

 アレンさんたちが、濡れた装備のまま、迷いなく奥の階段へ進んでいくのが見えた。

 その背中は、頼もしく、そして圧倒的だった。


「……俺たちも、いつかあそこに行けるかな」


 俺の呟きに、レオが力強く頷いた。


「行けるさ。絶対に」



◆第4階層・氷結の雪山/アレン視点


 新人たちを見送った後、俺たち“霹靂の剣”は階段を降りた。


「さて。ここからが本番だね」


 俺は表情を引き締める。

 ここまでの階層、確かに良くできていた。

 だが、Cランクの俺たちにとっては、まだ遊びの範疇だ。


 階段を抜けた先。

 そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。


「……雪山、か」


 視界を埋め尽くす白。

 吹き荒れる猛吹雪。

 洞窟の中とは思えないほど広大な空間が広がっていた。


「アレンさん、寒いです……!」


 神官の少女が声を上げる。


 その時だ。

 ピキ、パキパキッ……。


 嫌な音がした。


「ッ! 装備が!」


 第3階層でずぶ濡れになったマントが、服が、鎧の継ぎ目が。

 極寒の冷気にさらされ、瞬く間に凍りついていく。


「しまっ……!」


 重くなる手足。

 関節が氷で固められ、思うように動かない。

 剣を抜こうとしたが、鞘の中で凍りついて抜けない。


「水攻めからの、急速冷凍……!」


 俺は舌打ちした。

 新人を帰して正解だった。彼らなら、この入口で氷像になっていただろう。

 濡れた装備でここに来ることが、まさか致命的なデバフになるとは。


『ウォォォォォォ……』


 吹雪の向こうから、遠吠えが聞こえる。

 白い毛並みを持つ狼の群れ――ホワイトウルフが、雪に紛れて音もなく迫ってくる。

 さらにその奥には、巨大な雪男イエティの影も見える。


 動きは鈍い。視界は悪い。敵はホームグラウンド。

 圧倒的に不利な状況。


「……面白い」


 俺は、凍りついた剣の柄を魔力で温めながら、ニヤリと笑った。


 ただの新人向けダンジョンだと思っていた。

 だが、ここは牙を持っている。

 Cランクの俺たちを、本気で殺しに来ている。


「行くぞ、みんな!

 この寒さを、熱気で吹き飛ばしてやろう!」


 俺の号令と共に、雷光が雪山を切り裂いた。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


 モニター越しに、アレンたちが氷漬けになりながらも戦闘態勢に入るのを見て、俺はコーヒーカップを置いた。


「ようこそ、絶対零度の世界へ。

 水も滴るいい男が、カチンコチンに凍る様は見ものだな」


「ご主人、性格の悪さが滲み出てますよ」


 ナノが呆れたように言う。


「褒め言葉だ。

 さあ、Cランクの実力、見せてもらおうか。

 強化されたリリのところまで、辿り着けるかな?」


 俺は、新たな階層での激闘を、特等席で見守り始めた。

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― 新着の感想 ―
面白い作品をありがとうございます。 毎日楽しく読ませていただいております。 3階層が水没エリア、4階層が雪山エリアにすることで、環境コンボで踏破困難になるアイディアは流石です。 「環境に適した装備を…
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