第二十七話:転移ゲートの実装と、氷結の雪山
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「――笑いが止まらんな」
翌朝。
コンソールに表示された数字を見て、俺は思わず口元を緩ませた。
【最大魔力容量】 300
【現在魔力残量】 282
昨日の「新人育成強化週間」初日の大盛況。
ひっきりなしに訪れた新人たちが落としていった魔力は、塵も積もれば山となり、迷宮核の容量を一気に押し上げていた。
「すごいですねご主人! 新人さんの数だけでここまで稼げるとは……薄利多売モデルも馬鹿にできません!」
ナノが嬉しそうに飛び回る。
「ああ。だが、金(魔力)は使うためにある。
それに、課題も見えてきた」
俺は、第一階層の監視モニターを指さした。
そこには、朝から詰めかける新人冒険者たちでごった返す通路が映っていた。
「渋滞だ。
このままだと、回転率が落ちる。
何より、『夜明けの芽』や『灰色の風』みたいなリピーターが、深層に行く前に詰まってしまう」
「確かに。雑魚戦で時間を取られすぎると、彼らの満足度も下がりますね」
「だから――まずは動線を分ける」
俺は、入口の広場に新しい設備の設置コマンドを入力した。
「『階層転移陣』設置。コスト50」
ズウン、と低い音がして、入口の広場の端に、青白く光る魔法陣が出現した。
「これは……?」
「一度踏破した階層へのショートカット機能だ。
第2階層をクリアした奴は第2階層へ、第3階層をクリアした奴はそこへ直接飛べる」
「ご主人、それ完全にゲームの『ファストトラベル』ですね。
敵側が用意するにしては、ユーザーフレンドリーすぎません?」
「いいんだよ。
経験者にはさっさと奥へ行ってもらって、高密度の魔力を落としてもらう。
新人は手前でじっくり研修してもらう。
効率的な棲み分けだ」
これで、一つ目の課題は解決。
残る魔力は232。
「次は、コンテンツの拡張だ。
第3階層のさらに奥――『第4階層』を作る」
俺はマップの最深部を指定し、一気に魔力を注ぎ込んだ。
階層追加コスト:50。
環境変更コスト:20。
「テーマは――『氷結の雪山』だ」
第2階層のような閉塞感のある洞窟ではない。
空間拡張魔法をフル活用し、天井を感じさせないほどの広大な雪原と、険しい山岳地帯を作り出す。
「第3階層は水没エリアだったな?」
「はい。皆さん、ずぶ濡れになって突破してきます」
「その状態で、極寒の雪山に来たらどうなる?」
「……あ」
ナノが察して声を上げる。
「装備ごと凍りつきますね。
体温低下、関節の凍結、スタミナの急速消耗……鬼畜コンボだ」
「環境そのものが武器になる。
ここには、その広さを活かした魔物を配置するぞ」
俺は〈召喚〉タブを開き、連打した。
「ホワイトウルフ。コスト6×5体=30。
雪に紛れる白銀の狼だ。視界の悪い吹雪の中で、群れで狩りをさせる」
「イエティ。コスト5×4体=20。
雪山に潜む怪力自慢。遠距離から雪玉(岩入り)を投擲し、近づくと剛腕で殴りかかる」
俊敏な狼が足を止め、タフなイエティが粉砕する。
シンプルな物理の暴力だ。
これで、残魔力は112。
「そして――仕上げだ」
俺は、第4階層の山頂付近に、ボス部屋を移動させた。
リリから『また引っ越し!? 私の部屋、移動要塞じゃないんですけど!』とクレームが入ったが、無視する。
「リリ、聞こえるか」
『聞こえてるわよ。寒いわねここ!』
通信の向こうで、リリが震えているのが分かる。
「これから、お前にボーナスをやる」
『……は?』
「Cランク以上の冒険者が来るという情報がある。
今のままじゃ、小手先の技術が通じない相手も出てくるだろう。
だから――お前を『本物』にする」
俺は、残りの魔力のほとんど――『100』という数値を、リリの強化に割り当てた。
実行。
◆第4階層・ボス部屋/黒瀬視点
俺は直接、山頂のボス部屋へと転移していた。
目の前で、リリが光に包まれている。
「な、なにこれ……力が、溢れて……ッ!」
光の奔流が収まると、そこには以前とは違う姿のリリが立っていた。
背が伸び、手足がすらりと長くなっている。
あどけなさの残っていた顔立ちは、10代後半から20歳手前くらいの、妖艶な美女へと成長していた。
翼はより大きく、角は鋭く。
全身から立ち上る魔圧は、以前とは桁違いだ。
「……すごい」
リリが、自分の手を見つめて呟く。
「身体の芯から、力が湧いてくるわ。
これなら……ハッタリなんて必要ない。
Cランク上位……ううん、それ以上の相手でも、正面からねじ伏せられる」
彼女が指を鳴らすと、バチバチと音を立てて黒雷が発生した。
その密度は、以前の比ではない。
「期待してるぞ、迷宮の要」
「ええ。任せておいて、ご主人。
ここを、極寒の処刑場にしてあげるわ」
リリは艶然と微笑んだ。
その笑顔には、確固たる自信が宿っていた。
これで、残魔力は12。
見事に使い切った。
「完璧な予算消化だ」
俺は満足げに頷き、雪山の寒風の中でコートの襟を立てた。
◆迷宮入口/???視点
その頃、迷宮の入口広場。
新しく設置された「転移陣」の周りには、人だかりができていた。
新人たちは不思議そうに見ているだけだが、経験豊富な冒険者たちは、その価値を即座に理解し、ざわめいている。
そんな中、一際目を引くパーティが現れた。
統一された白と青の騎士装束。
手入れの行き届いた武器。
纏っている空気が、周囲の新人たちとは明らかに異質だった。
Cランクパーティ、“霹靂の剣”。
「へぇ……」
先頭に立つ男が、転移陣を見て声を上げた。
金色の髪に、碧眼。
モデルのように整った顔立ちをした、爽やかな青年剣士だ。
彼が微笑むだけで、周囲の女性冒険者たちが色めき立つのが分かる。
「噂には聞いていたけど、本当に設備が整っているんだね」
「アレンさん、これ……転移魔法陣ですよね?
こんな高価なものを、野良迷宮が?」
後ろに控える神官の少女が、信じられないものを見る目で呟く。
「ああ。
ここはただの新人向け迷宮じゃない。
もっと合理的で、高度な意思が働いている」
リーダーのアレンは、腰の剣に手を添えた。
その動作は優雅だが、隙がない。
「新人の教育にいい場所だと聞いて来たけど……
どうやら、僕たちにとっても“いい経験”になりそうだ」
彼は振り返り、連れてきた数人の新人たちに優しく声をかけた。
「いいかい、みんな。
ここはいい練習場になるらしいよ。
無理はしないように。危なくなったらすぐに僕が守るからね」
「は、はいっ!」
「一生ついていきますアレンさん!」
新人たちが目を輝かせて頷く。
圧倒的な「強者」の余裕。
そして、嫌味のない善人オーラ。
だからこそ――迷宮側にとっては、一番厄介なタイプの相手。
「さあ、行こうか」
アレンは、新設された転移陣ではなく、あえて第一階層の入口へと足を向けた。
まずは自分の足で、この迷宮の“質”を確かめるために。
爽やかな風と共に、新たな脅威が迷宮へと足を踏み入れた。




