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第二十四話:先輩の背中と、水底への挑戦

◆第2階層最奥・階段前/カイ視点


「はぁ……はぁ……つ、着いた……!」


 何度目かのスケルトンの群れを退け、俺はその場に膝をついた。

 視線の先には、下へと続く暗い階段。

 第1階層の時のような綺麗な石段じゃない。岩肌を荒削りにしただけの、魔物の巣穴へ続くような穴だ。


「やった……抜けた……!」


 レオが盾を枕に大の字になる。

 ミナもセラも、座り込んで肩で息をしていた。


 ボロボロだ。

 ポーションは残り一本。レオの盾は傷だらけだし、俺の剣も刃こぼれしている。

 でも、俺たちは第2階層を突破した。


「……行こう」


 俺は立ち上がり、階段を覗き込んだ。

 この先には、何があるのか。

 怖いけれど、それ以上に好奇心が胸を叩く。


 一歩、足を踏み出そうとした時だった。


「――おい、待ちな」


 背後から、太い声がかかった。


 ビクリとして振り返ると、そこには見覚えのある大柄な男が立っていた。

 中堅パーティ“灰色の風”のリーダー、ガルドだ。

 彼らは俺たちよりも遅れて入ったはずなのに、息一つ切らさず、余裕の表情で追いついてきていた。


「ガルド、さん……」


「Fランクでここまで来れるなら、大したもんだ」


 ガルドは、俺たちの消耗具合をじろりと値踏みするように見た。

 そして、顎で階段の先をしゃくる。


「だが、今日のところは帰んな。

 この先は空気が違う。今のボロボロのお前らじゃ、階段を降りた瞬間に詰むぞ」


「……っ」


 悔しいが、反論できなかった。

 プロの目は誤魔化せない。俺たちは限界だ。


「……分かりました。忠告、感謝します」


 俺は剣を納め、仲間に目配せした。

 ミナたちが、ほっとしたように、少しだけ残念そうに腰を上げる。


 俺たちがすれ違いざま、出口の方へ向かおうとした時。


「あー、そういえば」


 ガルドが、思い出したように背中に声を投げた。


「戻ったら、俺からギルドに話を通しといてやるよ。

 お前ら、そろそろ『Eランク』に上がってもいい頃だろ」


「――えっ!?」


 俺たちは一斉に振り返った。

 Eランク。

 それは、Fランクの「ひよっこ」から、一人前の冒険者として認められる第一歩。


「い、いいんですか!?」


「この迷宮の2層を自力で抜けたんだ。文句言う奴はいねえよ。

 ま、期待してるぜ、“後輩”」


 ガルドはニッと笑い、ひらりと手を振って階段を降りていった。


 俺は、熱くなる胸を押さえた。

 憧れの中堅冒険者からの認定。

 それが、何よりの報酬だった。


「……帰ろう。胸を張って」


「うん!」


 俺たちの足取りは、来る時よりもずっと軽かった。



◆第3階層・水没通路/ガルド視点


 新人たちを見送った後、俺たちは階段を降りた。


 降り切った瞬間、肌にまとわりつくような冷気と湿気に包まれた。


「うわ、最悪……」


 弓使いのアンナが顔をしかめる。


「水没してるじゃない。弦が湿気るわ」


 目の前に広がっていたのは、地底湖のような空間だった。

 通路は足首まで水に浸かり、ちゃぷちゃぷと音を立てる。

 光源は少なく、水面が黒く光を反射して、足元の距離感を狂わせる。


「火魔法の威力も落ちるね。環境としては最悪だ」


 魔術師のシグが、湿った空気に不快そうに鼻を鳴らす。


「ぼやくな。行くぞ」


 俺は大剣を担ぎ直し、ジャブジャブと水音を立てて進み始めた。


 その時だ。


 ボコッ。


 足元の水面が、不自然に泡立った。


「トーラ、足元!」


 俺が叫ぶより早く、水面から“ぬめった手”が伸びた。


「うわっ!?」


 前衛のトーラが叫ぶ。

 緑色の鱗に覆われた腕が、トーラの足首をガッチリと掴んだのだ。


「引きずり込みかッ!」


 ザバァァァン!!


 トーラの体が、水面下に消えた。

 足首程度の深さだと思っていた場所が、そこだけ落とし穴のように深くなっていたのだ。


「トーラ!!」


 俺は水中に手を突っ込む。

 だが、見えない。泥が舞い上がり、視界が利かない。


(クソッ、どこだ!?)


 水中では、半魚人サハギンの独壇場だ。

 息が続かない恐怖。重装備のまま沈む絶望感。


 だが――数秒後。


 プハァッ!


 数メートル先で、トーラが水面に顔を出した。

 激しく咳き込みながら、岸によじ登る。


「げほっ、ごほっ……! し、死ぬかと……!」


「トーラ! 無事か!?」


「あ、ああ……。足をばたつかせていたら、なんとか抜け出せた……」


 トーラは真っ青な顔で震えている。

 ダメージはない。だが、精神的には強烈な一撃だ。


「……捕まっても、抜け出せはするが、体力を奪われるし、最悪だな……」


 俺は舌打ちし、油断なく水面を睨みつけた。



◆第3階層・一本橋/ガルド視点


 水攻めエリアを抜けると、今度は狭い一本橋が現れた。

 そして、その奥に――


「……邪魔くせえ」


 巨大な甲殻類。ジャイアント・クラブが鎮座していた。

 ハサミをカチカチと鳴らし、完全に道を通行止めにしている。


「アンナ、目玉を狙え!」


「甲羅が邪魔で狙えない! 硬いわよコイツ!」


 矢がカーンと弾かれる。

 俺が大剣を叩きつけるが、硬い甲羅に阻まれて手が痺れるだけだ。


「硬ってぇな!」


 しかも足場が悪い。無理に動けば水に落ちる。


「ガルド、水場を利用するよ! 《雷撃》!」


 シグが杖を水面に突き立てる。

 紫電が水を伝い、カニの足元へ走った。


 バチバチバチッ!


 カニが痙攣し、動きが止まる。

 内部にダメージが通った。


「ナイスだ! らぁぁぁっ!」


 俺は一気に間合いを詰め、カニの関節――甲羅の継ぎ目へ大剣を突き立てた。

 グシャリ、と嫌な音がして、巨大な体が崩れ落ちる。


 黒い煙となって消えていくカニを見送り、俺は大剣を確認した。


「……チッ」


 刀身に、うっすらと赤錆が浮いている。

 水と、硬い甲羅との激突。

 この階層、武器殺しにも程がある。


「帰ったらメンテだな……」



◆第3階層最奥・ボス部屋前/ガルド視点


 そして、俺たちはたどり着いた。


 通路の突き当たり。

 以前とは場所が変わっているが、その気配は見間違えようがない。


 重厚な黒鉄の扉。

 表面には、不気味なほど美しい魔法陣が刻まれている。


「……ここだ」


 俺たちは足を止めた。


 扉の向こうからは、以前感じたのと同質――いや、それ以上に研ぎ澄まされた魔力のプレッシャーが漏れ出している。


「どうする、リーダー」


 トーラが、少し震える声で聞く。

 水責めと戦闘で、全員消耗している。


 前回、俺たちはここで「勝てない」と判断して逃げた。

 賢明な判断だったと思う。


 だが、今回は違う。


 あそこから漏れる魔力は強大だが

 ……以前感じたような「底知れなさ」は、本物だったのか。それとも、ただのハッタリか。


 確かめるには、開けるしかない。


「……焦るな。まずは息を整えるぞ」


 俺は、扉の前で荷物を下ろした。


「ここで飯だ。濡れた服を乾かして、武器を磨いて、ポーション飲んで……万全の状態にする」


 消耗した状態で突っ込む愚は犯さない。

 相手が本物だろうが偽物だろうが、俺たちの全力をぶつけるだけだ。


 俺は携帯食料をかじりながら、鋭い目で扉を見据えた。


「待ってろよ、悪魔。

 今度は、挨拶だけで帰ったりしねえからな」

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