第二十三話:第3階層と、迷宮前の露店通り
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「――さて、と」
俺は熱いコーヒーを一口すすり、コンソールに向き直った。
画面に表示されている数値は、かつてないほどの輝きを放っている。
【現在魔力残量】 129/150
エルドラからの魔力。
「ご主人、目が『設備投資マニア』になってますよ」
「失礼な。計画的な事業拡大だ」
俺はマップ全体を表示させた。
第1階層は順調。第2階層も、スケルトンと迷路でいい感じにストレスを与えられている。
だが、今のペースで冒険者が増えれば、いずれキャパシティオーバーになる。
混雑は顧客満足度を下げるし、魔物の疲労も蓄積する。
「まずは、足元を固めるぞ」
俺は、指先でコンソールを弾いた。
「ドワーフ工房拡張。コスト5」
地下の工房エリアがぐぐっと広がる。
新しい炉と、冷却水槽、研磨機材が追加された。
「グランの武器は評判がいい。生産効率を上げて、もっとばら撒いてもらう」
「次に、第2階層のスケルトン増員。コスト5×2体で、計10」
巡回ルートの隙間を埋める。
これで、どこを歩いてもカランコロンと骨の音が聞こえるようになるはずだ。
「そして――ここが重要だ。ゴブリン増員。コスト2×4体で、計8」
「おや、第1階層ですか? あそこはもう十分では?」
ナノが首をかしげる。
俺はニヤリと笑った。
「数は足りてるが、休憩が足りてない。
冒険者がひっきりなしに来ると、ジグたちが休みなしで戦うことになる。
疲労は事故の元だ」
俺は、ゴブリンの編成画面を操作し、グループを二つに分けた。
「4体1組のチームを二つ作る。
『Aチーム』が迎撃している間、『Bチーム』は裏で休憩・食事・装備メンテ。
一定時間、または戦闘回数で交代する」
「……シフト制」
「そう、二交代シフト制の導入だ。
これで常に万全の状態なゴブリンが、疲弊した冒険者を迎え撃てる」
「ブラック企業対策バッチリですね!」
「よし、これで残コスト106。
いよいよ本命――『第3階層』の実装だ」
俺は、第2階層の最奥、リリのボス部屋のさらに奥を指定した。
階層追加コスト50。
環境構築コスト20。
計70ポイントを一気に投入する。
ズズズズズ……!
地鳴りと共に、地下深くに巨大な空間が掘削されていく。
そこに、魔力変換された大量の「水」を流し込む。
完成したのは――暗く、冷たい、地底湖と湿地のフロア。
「テーマは『水没』だ。
膝下まで水に浸かる通路。点在する滑りやすい小島。
移動速度を低下させ、体温を奪い、装備を錆びさせる」
「うわぁ、グランさんのメンテナンスキットが売れそうな階層ですね」
「商売っ気が出てきたな、ナノ」
さて、ここに住まわせる住人だが。
「サハギン(半魚人)。コスト5×5体で、25」
ぬめるような鱗を持つ半魚人たちが、水面から顔を出す。
「こいつらの戦法は『引きずり込み』だ。
足を滑らせた冒険者を水中に引き込み、呼吸ができなくなるギリギリまで抑え込む」
「溺死させちゃうんじゃ?」
「そこは制御する。
『もうダメだ、死ぬ!』と思った瞬間に、手を離して水面へ放り出す。
死にはしないが、水へのトラウマは植え付けられる」
「陰湿!」
「最後に、ジャイアント・クラブ(巨大蟹)。コスト8×1体」
甲羅幅2メートル近い巨大な蟹が、狭い一本道にドスンと着地した。
「こいつは『動く通行止め』だ。
硬い甲羅で道を塞ぐ。倒すか、水に飛び込んで迂回するかを迫る役だ」
これで、残魔力は3。
ほぼ使い切ったが、迷宮の規模は一気に拡大した。
「完璧だ……」
俺は満足げにコーヒーを飲み干した。
◆ギルド・酒場/ガルド視点
「……で、どうだったんだよ、その『轟音』ってのは」
酒場のテーブルで、同業者の冒険者が身を乗り出して聞いてきた。
俺は、ジョッキを揺らしながら肩をすくめた。
「凄かったぜ。
迷宮の奥底から、腹に響くようなドォォォォン!!って音が突き上げてきた。
地震かと思ったくらいだ」
先日、“灰色の風”が調査に入った時のことだ。
俺たちが迷宮に入ろうとした時、奥の方から爆音と衝撃が走った。
「魔力感知は?」
隣にいた魔術師のシグが首を振る。
「それが、奇妙なんだ。
あれだけの音なら、極大魔法の爆発かと思ったんだけど……魔力の波長はほとんど感じなかった。
純粋な、物理的な衝撃音」
「中で何かが崩落したか……あるいは、デカい物理攻撃をぶっ放す化け物がいるか」
俺の言葉に、周囲の冒険者たちがごくりと唾を飲む。
「やっぱ、新人の遊び場じゃねえな、あそこ」
「でもよ、入口付近は稼げるんだろ?
『夜明けの芽』の連中、またいいナイフ拾ってきたらしいぜ」
「リスクはあるが、リターンもある、か……」
轟音の噂は、冒険者たちを遠ざけるどころか、逆に「何かがある」という期待を煽っているようだった。
俺はニヤリと笑った。
「ま、俺たちも次はもっと奥まで潜るつもりだ。
あの轟音の正体、拝んでやらねえとな」
◆迷宮入口前/カイ視点
三度目の挑戦。
俺たち“夜明けの芽”は、迷宮の入口に立っていた。
でも、前回とは景色が少し違っていた。
「へいらっしゃい!
迷宮入る前に、腹ごしらえどうだい!」
「ポーションあるよ! 中に入ると高いから、ここで買っときな!」
「剣の研ぎ直し、今ならすぐやるよ!」
広場のあちこちに、簡易テントや屋台が並んでいる。
いい匂いの煙が漂い、商人の威勢のいい声が響く。
「うわ、店が出てる……」
ミナが目を丸くする。
「すげえな。ちょっとしたお祭りみたいだ」
レオが焼き串の屋台を物欲しそうに見る。
最初は、ただの不気味な穴だった場所。
俺たちが最初に潜って、生きて帰ってきて。
泥ネズミたちが挑んで、噂が広まって。
今や、ここは街の新しい“稼ぎ場”になりつつある。
「……なんか、嬉しいな」
俺は、自然と笑みがこぼれた。
「俺たちが最初に入った場所が、こうやって大きくなっていくの」
「そうだね。
私たちが“開拓した”って言っても、過言じゃないかも」
セラも、少し誇らしげに胸を張る。
「よし。行くぞ!
外が賑やかになった分、中もきっと手強くなってるはずだ」
俺たちは装備を整え、活気づく広場を背に、静かな迷宮へと足を踏み入れた。
◆ゴブリン前線フロア/ジグ視点
監視用の水晶が、侵入者の姿を捉えた。
“夜明けの芽”。
「よし、総員配置につけ!」
ジグは、新しい号令をかけた。
「今回は『Aチーム』が出る!
『Bチーム』は奥で待機! 次のパーティ、あるいは長期戦になったら交代するぞ!」
「ギャッ!」
ジグの声に応じ、ジグと3体のゴブリンが前に出る。
残りの4体は、装備を整えながら後方の待機部屋へと下がっていく。
今までは、全員で出て、疲れたらポーションで無理やり回復して戦っていた。
だが、ご主人は新しいやり方を教えてくれた。
『休むのも仕事だ。常に一番元気な奴が、一番疲れた冒険者を相手にしろ』
それは、とても理にかなっていた。
ジグは、Aチームの先頭に立つ。
手にはグランが鍛えた直剣。体には新しい革鎧。
疲れはない。気力は十分。
「来るぞ……!」
通路の向こうから、カイたちの姿が見えた。
向こうも、いい目をしている。
ジグは口元を歪め、剣を構えた。
全力で相手をして、全力で生きて帰る。
さあ、仕事の時間だ。
◆迷宮核の間/黒瀬視点
モニターの中で、カイとジグが激突する。
その動きは、前回よりも鋭く、洗練されていた。
その様子を眺めながら、俺は優雅にコーヒーを啜る。
「人が集まり、金が回り、組織が回る。
……悪くない」
外では経済が生まれ、中では効率的なシフト制が敷かれている。
そしてその奥には、新たに口を開けた『水没する第3階層』が待っている。
「さあ、楽しんでいってくれよ。」




