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第二十二話:最強のダンジョンマスター

◆迷宮核の間/黒瀬視点


 目の前には、フードを脱いだ侵入者――銀髪と長い耳を持つ、圧倒的な美貌のエルフが立っている。


 紫色の瞳が、値踏みするように俺を見下ろしている。

 威圧感だけで肌がピリピリと痛い。


「……いらっしゃいませ。

 当ダンジョンへようこそ」


 俺が絞り出した精一杯の挨拶に、彼女は口の端を吊り上げた。


「ふむ。怯えておるな。だが、逃げ出さずに挨拶をしたことは褒めてやろう」


 彼女は、俺の横を通り過ぎ、当然のように俺が普段使っている椅子に腰掛けた。

 足を組み、頬杖をつく。

 それだけの動作が、まるで玉座に座る女王のように絵になっていた。


「もてなしはないのか?」


「……ただいま」


 俺は震える手でコンソールを操作し、コーヒーを用意した。

 カップを二つ。

 彼女の前に差し出す。


「粗茶ですが」


「黒いな」


 彼女は毒見もせず、優雅にカップを口に運んだ。

 一口飲み、ほう、と息をつく。


「……苦い。だが、香り高い。悪くない味だ」


「お口に合って光栄です」


 俺も自分の分のコーヒーを一口飲んだ。

 カフェインで無理やり心臓を落ち着かせる。


「それで……あなた様は、一体?」


 俺が問いかけると、彼女はカップを置き、紫の瞳で俺を射抜いた。


「エルドラ」


 短い名乗り。

 だが、その名前に聞き覚えはなかった。この世界の地理や歴史にはまだ疎い。


 ナノが、慌てた様子でウィンドウをポップアップさせる。

 そこには、データベースから引っ張ってきた情報が表示されていた。


【エルドラ】

 推定ランク:測定不能(SSS相当)

 称号:大樹海の主、最古の魔導師

 備考:世界三大迷宮の一つ『大樹海ユグドラシル』のダンジョンマスター


「ぶっ……!」


 飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになった。


「同業者!?」

(しかも、世界トップクラスの大手企業の社長じゃないですか!)


 思わず叫んでしまった俺に、エルドラは楽しそうに目を細めた。


「同業者、か。まあ、そう呼べなくもないな。

 私は長い時を生き、退屈を持て余しておってな。

 最近、辺境に“奇妙なことわり”で動く迷宮ができたと風の噂で聞き、こうして足休めに寄ったわけだ」


「視察……ですか」


「そんな堅苦しいものではない。ただの散歩だ」


 散歩でレールガンを素手で止められてはたまらない。

 だが、彼女の興味が“迷宮の破壊”ではなく、“興味本位”であるなら、交渉の余地はある。


「あの鉄球を飛ばす術……あれは興味深いな」


 エルドラが、指先で空中に円を描く。


「純粋な魔力放出ではない。

 風魔法による加速でもない。

 なのに、Aランク魔法に匹敵する物理破壊力を生み出しておった。

 ……あれは、どういう理屈だ?」


 食いついてきた。

 ここだ。ここで彼女の知的好奇心を満足させられれば、生き残れる。


 俺は、コンソールに『魔導レールガン』の設計図を表示させた。


「あれは、『魔法』で威力を出しているわけではありません。

 魔法はあくまで、自然界の法則――『物理法則』を再現するために使っています」


「物理法則?」


「はい。これをご覧ください」


 俺は、フレミングの左手の法則の図解を空中に投影した。

 電流、磁界、力の向きを示す三本の矢印。


「雷属性の魔力を『電流』として流し、磁力属性の魔力で強力な『磁場』を作ります。

 この二つが直角に交わるとき、導体――つまりあの鉄球には、この方向への推進力が発生します」


「ほう……」


 エルドラが身を乗り出す。


「これを『ローレンツ力』と呼びます。

 魔力を直接ぶつけるのではなく、魔力を“火薬”のように使って、鉄球という弾丸を加速させているのです。

 結果として、少ない魔力消費で、莫大な運動エネルギーを得ることができます」


 エルドラは、図解と数式をじっと見つめ、やがて感嘆の息を漏らした。


「魔法式ではなく、現象のことわりそのものを操るとは……。

 この世界の魔術体系とは、根本から発想が違うな」


 彼女の視線が、鋭く俺を貫く。


「お主、人間にしては――いや、この世界の者ではないな?」


「……!」


 心臓が跳ねる。

 だが、彼女の目に敵意はなかった。あるのは、新しい玩具を見つけた子供のような純粋な好奇心。


「ふふ、答えずともよい。

 出自など些末なこと。重要なのは、お主が“面白い”ということだ」


 エルドラは、満足げに椅子に深く座り直した。


「気に入ったぞ、迷宮主よ。

 ここを、私の『別荘』とする」


「……は、はい?」


「別荘だ。たまに来て、茶を飲み、お主の奇妙な術を眺める。

 悪くない暇つぶしだ」


 大手企業の会長が、出来たばかりのベンチャー企業のオフィスを気に入って、入り浸ると言い出したようなものか。

 胃が痛い。

 だが、断れば消される未来しか見えない。


「……光栄です」


「タダで場所を借りるつもりはない。

 家賃として――魔力の供給と、今回のような『訓練』をつけてやろう」


「……訓練?」


「うむ。私が防衛網を突破することで、魔物たちの強度テストになるだろう?

 礼には及ばん」


「……」


 俺の頬が引きつった。


(あれが訓練かよ……)


 本気で殺しに来ていたら、今頃この迷宮はクレーターになっていたということか。

 さすが、世界三大迷宮の主。次元が違う。


「さて、長居したな。今日はこれで帰るとしよう」


 エルドラが立ち上がる。


「また来るぞ、若き主よ」


 彼女が、迷宮核に向かって指先を向けた。


 カッ!


 眩い光の奔流が、迷宮核へと注がれる。

 リリを強化した時とは比べ物にならない、暴力的なまでの魔力供給。


【魔力残量】 29 → 129


「なっ……!?」


 カウンターが一瞬で桁上がりした。

 100ポイント。

 ゴブリン50体分。ドワーフ10人分。


「ではな」


 エルドラは悪戯っぽく微笑むと、空間を歪ませ、転移魔法であっさりと姿を消した。


 後に残されたのは、湯気の立つコーヒーカップと、冷めきった俺のコーヒー。

 そして、爆増した魔力残量だけだった。



◆ボス部屋/リリ視点


 迷宮核の間から飛び出した黒瀬は、急いでリリの元へ向かった。


 ボス部屋では、リリが部屋の隅で膝を抱えて震えていた。


「うぅ……ぐすっ……」


「リリ!」


「あ、ご主人……」


 リリが顔を上げる。

 その目は涙で濡れていた。


「なにあれ……なにあれぇ……!

 魔王クラスよあんなの!

 絶対に殺されると思ったぁ……!」


 リリが俺の足にしがみついて泣きじゃくる。

 強化されたばかりの自信もプライドも、粉々に砕け散ってしまったようだ。

 無理もない。あんな規格外と対峙させられたのだから。


「怖かったな。悪かった」


 俺はリリの頭を撫でてやる。


「でも、もう大丈夫だ。

 あの人は今日から、ウチの『顧問』になった」


「……は? こもん?」


 リリが鼻水をすすりながら見上げる。


「ああ。ウチのバックについてくれることになった。

 つまり、次はもう敵として来ることはない。

 むしろ、あんな化け物が味方にいるなら、教会も国も手出しできない最強の保険だ」


「み、味方……?」


「そうだ。

 だから、ほら。これやるから機嫌直せ」


 俺は、『特製マカロン(高級デパート仕様)』を渡した。

 リリの目が、お菓子に釘付けになる。


「……高級菓子」


「お前の活躍のおかげで契約できたんだ。ボーナスだ」


「……ふん。まあ、味方なら、許してあげるわよ」


 リリは箱を抱え込み、一つをつまんで口に入れた。

 甘い味が広がると、ようやくその表情に生気が戻った。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


 嵐が去った後の、迷宮核の間。


 俺は椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。


「……寿命が縮んだ」


「本当にお疲れ様です、ご主人。

 ナノも処理落ちするかと思いました」


 ナノがげっそりした顔(?)で浮かんでいる。


 だが、手元にはとてつもない成果が残った。


【現在魔力残量】 129


「対価はデカいな」


 最強の顧問と、莫大な開発資金を得た。

 これだけの魔力があれば、できることは一気に広がる。


「よし」


 俺はコンソールに向き直った。

 目は、もう死んでいない。


「この魔力を使って、第2階層のスケルトン増員と、ドワーフ工房の拡張を行う。」


 そして――


 俺はマップ画面を操作し、さらに『下』の階層を表示させた。


「129もあれば、余裕でお釣りが来る」


 第2階層のさらに奥。

 リリのボス部屋を抜けた先に、新たな階段を作る計画。


「そろそろ、準備するか。

 本格的な攻略型エリア――『第3階層』の実装を」


 迷宮核が、期待に応えるように、どくん、と力強く脈打った。

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