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第二十一話:規格外の侵入者

◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――よし。魔力、溜まったな」


 日課のログ確認を終えた俺は、コンソールの数値を見て大きく息を吐いた。


【迷宮名】 未命名(野良迷宮)

【最大魔力容量】 150

【現在魔力残量】 118


 ここ数日、“泥ネズミ”を筆頭に新人冒険者の来訪が激増した。それに伴い、彼らが落としていく(吸い上げられる)魔力も右肩上がりだ。

 以前のカツカツだった自転車操業が嘘のように、タンクには潤沢なエネルギーが満ちている。


「ご主人、過去最高益ですね! これなら内部留保もバッチリです」


 ナノが嬉しそうに飛び回る。


「留保はしない。投資だ」


 俺は即答した。


「企業の成長期に金を眠らせておく馬鹿はいない。あるなら使う。

 それに――今の防衛力じゃ、Cランク以上――あるいは“その上”が本気で攻めてきたら、耐えきれない」


「確かに、“灰色の風”さんは撤退してくれましたが、次は準備万端で来るでしょうしね」


「だから、今日は大規模アップデートを行う」


 俺は立ち上がった。


「ナノ、ついてこい。リリのところへ行くぞ」



◆第2階層・リリの部屋/黒瀬視点


 リリの部屋に入ると、リリはステージの上のソファで退屈そうに寝転がっていた。

 俺たちの姿を見るなり、面倒くさそうに片手を上げる。


「あら、ご主人。用もないのにここに来るなんて珍しいじゃない」


「用があるから来たんだよ。

 リリ、お前、今のハッタリだけの“中ボス”じゃ不満だろ?」


「……はあ?」


 リリが半身を起こし、赤い目を細めた。


「そりゃあね。悪魔としては、力の差を見せつけて蹂躙したいのは山々よ。

 でも、ボクの実力じゃDランク相手で五分五分。演出ハッタリで追い返すのが一番安全でしょ?」


「だから、その“実力”を底上げする」


 俺は、コンソールの〈中ボス管理〉タブをリリの前に展開した。


「コスト60。今の資産の半分以上だ。

 これをお前に投資する」


「……は、60!?

 アンタ、正気? そんな魔力あったら、ゴブリン何体呼べると思ってんのよ」


「ゴブリンを何体も並べるより、ここに絶対的な“力”が欲しいんだよ」


 俺はニヤリと笑って、リリを指さした。


「受け取れ。」


 ポチッ。

 躊躇なく【進化/強化】ボタンを押す。


 瞬間、部屋中の空気が震えた。

 迷宮核から転送された太い魔力の奔流が、リリの小さな身体へと雪崩れ込む。


「ぅ、あ……ッ!?」


 リリが目を見開き、背中を反らせた。


「な、なにこれ……熱っ……!

 魔力が、無理やり押し込まれて……身体が、作り変えられていく……ッ!」


 リリの身体が光に包まれる。

 骨がきしみ、筋肉が引き締まり、魔力回路が拡張されていく音が、バキバキと響く。


「あ、あぁぁぁぁッ!」


 光が炸裂し、収束する。


 数秒後。

 そこに立っていたのは、さっきまでの幼い少女ではなかった。


「……背が、伸びてる?」


 リリが、自分の手を見つめて呆然と呟く。

 子供っぽかった手足が、すらりと長く伸びている。

 顔立ちは10代後半くらいの妖艶な少女へと成長し、角は鋭く、翼の艶も増していた。


 そして何より――全身から立ち上る魔圧が、桁違いだった。


「すごい……。力が、溢れてくる……!

 これなら、Cランク……いや、相性次第じゃもっと上とも戦えるわ!」


 リリは掌に黒紫色の炎を灯し、恍惚とした表情で笑った。


「ありがと、ご主人。

 これなら、もっと“悪いコト”できそうね」


「勘違いするなよ。基本方針は『殺さず』だ。

 ただ、万が一の時の保険だ」


「はいはい、分かってるわよ」


 リリは艶然と微笑む。見た目が変わったせいか、色気が増している気がする。


「で、リリ。もう一つある」


 俺は、部屋の床に新しいスクリプトを展開し始めた。


// 魔導レールガン構築スクリプト

create_magnetic_field(強度=極大);

set_rails(導電性魔力ライン, 平行配置);

projectile = load_iron_sphere(作成者=グラン);


apply_lorentz_force(projectile);


 床に複雑な魔法陣が描かれていくのを見て、リリが首をかしげる。


「……なによこれ。見たことない術式ね」


「『魔導レールガン』だ。

 お前の魔力が上がっても、ランクの高い冒険者が来たらワンパンで沈む。

 だから、“魔法システム”で作る魔導兵器をここに置く」


「魔法システムで作る?」


「雷魔法と磁力魔法を組み合わせて、超強力な磁場を作る。

 そこに、グランに作らせた『純鉄の球体』をセットして、瞬間的にバカでかい磁力で加速させるんだ」


 俺は、グランから受け取っていた鉄球をリリに渡した。


「こいつを、このラインに乗せて撃てば、Aランク攻撃魔法並みの威力が物理ダメージとして出る。

 コストはたったの10だ」


「Aランク相当を、コスト10で……?

 アンタ、やっぱり頭おかしいわね(褒め言葉)」


 リリは鉄球を放り上げ、楽しそうに笑った。


「気に入ったわ。

 ボクの力と、この兵器。

 ここを最強の処刑場にしてあげる」


「防衛ラインな。処刑場じゃないぞ」


 まあ、頼もしいことには変わりない。

 これで、中層の守りは万全だ。


 俺は満足して、迷宮核の間へと戻ることにした。

 残りの魔力での細かい調整(ゴーレム追加やスライム配置変更)は、コンソールからやればいい。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


 部屋に戻り、コーヒーを淹れて一息ついた、その時だった。


 ピコン!


 監視モニターに、真っ赤なアラートが表示された。


【侵入者検知】

【数】 1名

【推定ランク】 測定不能エラー


「……は?」


 エラー?

 ナノの解析機能が、エラーを吐いている?


「ご主人、入口カメラ! な、なんかヤバいのが来てます!」


 モニターに映し出されたのは、夕暮れの迷宮前に立つ、一人の人影だった。

 深々とフードを被り、顔は見えない。

 だが、その立ち姿だけで、画面越しに寒気がするほどの“異質さ”が伝わってきた。



◆迷宮入口〜滑走罠ゾーン/フードの人物視点


 その人物は、静かに迷宮へと足を踏み入れた。


「ほう。入口の空気は清浄か」


 一歩、二歩。

 一定のリズムで歩く。


 そこは、本来なら“滑る床”の罠がある場所だ。

 摩擦係数が極端に低く、誰であろうと足を取られるはずのエリア。


 だが、人物の歩みは揺らがない。


 滑る瞬間に、重心を移動させているのか。

 あるいは、足の裏に魔力を吸着させているのか。

 まるで平地を歩くように、つるつるの床を突破していく。


「……毒針か」


 カシュッ。


 壁から針が射出される。

 人物は、避ける素振りすら見せなかった。


 キンッ。


 針は、ローブの数センチ手前で“見えない壁”に弾かれ、床に落ちた。


「無粋な歓迎だな」


 速度も緩めず、ただ歩く。

 その姿は、散歩でもしているかのようだった。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「……おい。滑走罠も毒針も、全部無視だぞ」


 俺の背中に、冷たい汗が伝う。


 あんな芸当、DランクやCランクじゃ不可能だ。

 罠の存在を“知覚”した上で、取るに足らないものとして処理している。


「ご主人、この人……魔力反応がデカすぎて、センサーが振り切れてます!」


「ジグ! 総員、第一種戦闘配置だ!」


 俺はマイクに向かって叫んだ。


「相手は格上だ! 訓練用の手加減装備じゃなくて、“本気装備”を使え!

 殺す気でやらないと、お前らが死ぬぞ!」



◆ゴブリン前線フロア/ジグ視点


『――お前らが死ぬぞ!』


 ご主人の、聞いたこともない切羽詰まった声。

 ジグは、全身の毛が逆立つのを感じた。


「みんな、グランの武器を持て! 盾も一番いいやつだ!」


 ゴブリンたちが、大慌てで武器を持ち替える。

 鋭く研ぎ澄まされた鉄の剣。

 分厚い鉄板を仕込んだ大盾。

 今の迷宮で用意できる、最高の装備だ。


「来るぞ……!」


 通路の奥から、フードの人物が現れた。


 ゆっくりとした歩調。

 武器は持っていない。

 ただ、歩いてくるだけ。

 なのに――


(デカい……!)


 ジグには、その人物が山のように巨大に見えた。

 生物としての格が違いすぎる。

 本能が「逃げろ」と叫んでいる。


 だが、ここは通せない。


「やれぇぇぇっ!」


 恐怖を振り払うように、ジグが号令をかける。


 左右からゴブリンたちが飛びかかる。

 完璧な連携。

 盾持ちが視界を塞ぎ、剣持ちが死角から斬りかかる――


「煩わしい」


 フードの人物が、袖から白い手を出し、軽く払った。


 ただ、それだけ。

 魔法の詠唱も、武器による迎撃もない。

 蚊を払うような動作。


 ドォォォォォォン!!


 爆風のような衝撃波が、狭い通路を吹き荒れた。


「ギャァァァァッ!?」


 ゴブリンたちが、木の葉のように吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、盾がひしゃげ、剣が折れる。


 ジグもまた、床を転がり、壁際まで吹き飛ばされた。


「ぐ、ぅ……」


 目の前が明滅する。

 息ができない。


 一撃。

 たった一撃で、全滅。


 フードの人物は、倒れたジグたちを一瞥もしなかった。

 そのまま、何事もなかったかのように通り過ぎていく。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「……生きてるか、ジグ!?」


『……あ、うぅ……』


 モニター越しに、うめき声が聞こえる。


「生命反応、全員あり! 即死は免れました!」


 ナノが叫ぶ。


「グランさんの作った防具が、衝撃を吸収してくれました!

 あれがなかったら、全員、肉塊になってましたよ……!」


「……マジかよ」


 俺は震える手でコンソールを操作し、ジグたちを強制退避させた。

 戦いになっていない。

 赤子と巨人だ。


「第2階層へ侵入! 止められません!」


「第2階層の罠を展開しろ!

 スライム落下! スケルトン波状攻撃! 全部ぶつけろ!」


 だが――モニターに映る光景は、絶望的だった。


 天井から降ってきたスライムは、人物の頭上に展開された透明な障壁に触れた瞬間、パチンと弾け飛んだ。

 襲いかかるスケルトンたちは、人物が歩く余波だけでバラバラに砕け散った。

 矢の雨は、空中でピタリと静止し、無力に落下した。


 遅延工作にすらなっていない。

 ただ、散歩コースに小石が転がっている程度の影響しかない。


「……バケモノか」


 俺は、乾いた唇を舐めた。


 このままじゃ、迷宮核まで一直線だ。

 コアを壊されたら、俺は死ぬ。

 それだけは、絶対に避けなきゃならない。


「リリ!」


 俺は通信を開いた。


『……見てるわよ。なによアイツ、規格外すぎでしょ』


 リリの声も、強張っている。

 せっかく強化された自信が、揺らいでいるのが分かる。


「“例外処理キルモード”適用だ。

 手加減無用。殺す気でやれ」


『了解。……というか、殺す気でやって通じるかどうか怪しいけどね』


「使うぞ。アレを」


『! ……りょうかーい。

 せっかく強くなったのに、いきなりスクラップにされたくないしね』



◆ボス部屋/リリ視点


 リリは、新調されたボス部屋の中央、一段高いステージの上で待っていた。


 心臓が痛いくらいに脈打っている。

 強化された肉体が、「あれには勝てない」と警鐘を鳴らしている。


 ギィィ……。


 扉が開く。

 フードの人物が入ってくる。


 リリは、演出用のスイッチを入れた。

 赤い照明。重低音の威圧音。

 部屋中を埋め尽くす魔法陣が輝く。


 前回、“灰色の風”を退けた、完璧な舞台装置。


 だが――


「……ふむ。魔力光の配置は美しいが、中身が伴っておらんな」


 フードの人物は、きょろきょろと見回し、つまらなそうに鼻を鳴らした。


「子供騙しの幻術こけおどしか」


「ッ……!」


 見抜かれている。

 一瞬で。


 リリは、唇を噛んだ。


「よく来たわね、侵入者。ここが貴様の墓場よ」


 決まり文句を口にするが、声が上ずりそうになるのを必死で抑える。


「……ご主人! 今!」


 リリは両手を突き出した。


 同時に、黒瀬がスクリプトを起動する。


 ズズズズズ……!


 リリの左右に、長大な“レール”のような魔法陣が展開される。

 空気がビリビリと震える。

 強烈な磁場が発生し、部屋の中の金属片がガタガタと揺れ始めた。


「ほう?」


 フードの人物が、初めて興味深そうに足を止めた。


 リリの手元に、グランが鍛えた“純鉄の球体”が浮かぶ。


「消し飛びなさい!!」


 ――【魔導レールガン】、発射。


 バチィィィィン!!


 落雷のような轟音。

 磁力によって音速を超えて加速された鉄球が、オレンジ色の閃光となって放たれた。


 Aランク攻撃魔法に匹敵する、純粋な物理破壊エネルギー。


 それが、顔面へ直撃――


 ガィィィィィィィン!!


 凄まじい金属音が響き、衝撃波がボス部屋の壁を揺らした。


 砂煙が舞う。


「……やった?」


 リリが目を凝らす。


 煙が晴れる。


 そこには――


「面白い」


 片手を前に突き出したフードの人物が、無傷で立っていた。


 その掌の数センチ先。

 幾重にも展開された、金色の幾何学障壁。

 その中心で、ひしゃげた鉄球が、高熱を発して赤く輝きながら止まっていた。


「磁力による鉄球の加速……。

 純粋な魔力放出ではなく、物理法則を魔力でブーストしたか。

 なかなかに独創的な“ことわり”だ」


 人物は、ひしゃげた鉄球を指先でつまみ、ぽい、と捨てた。


「Aランク相当の威力。悪くない」


「う、そ……」


 リリは膝から崩れ落ちた。

 今の迷宮が出せる、最大最強の一撃だ。

 それを、こうもあっさりと……。


 人物が、ゆっくりと階段を上がってくる。


「ひっ……」


 リリは後ずさる。

 殺される。


 目の前に、人物が立つ。

 フードの奥から、紫色の瞳が覗く。


 そして――


 ポン。


 白い手が、リリの頭に乗せられた。


「あ?」


「よいあがきだったぞ、小さき者よ」


 わしゃわしゃ、と頭を撫でられる。

 殺意はない。

 あるのは、頑張った子供を褒めるような、慈愛と余裕。


「魔族にしては、知恵が回る。精進せよ」


 それだけ言って、人物はリリの横を通り過ぎた。


 リリは、呆然と座り込んだまま、動けなかった。

 力の差がありすぎて、悔しがる気力さえ湧かなかった。


 人物は、迷宮核の間へと続く扉に手をかける。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


 プシュウゥゥ……。


 重厚な扉が、音もなく開いた。


 俺は、迷宮核の前に立って、侵入者を待ち構えていた。

 逃げ場はない。

 ここで、最後の交渉をするしかない。


 フードの人物が入ってくる。

 その背後で、扉が閉まる。


 静寂。


 人物は、俺の数メートル手前で足を止めた。

 そして、ゆっくりとフードを後ろへ払った。


 現れたのは、流れるような銀髪と、長い耳。

 年齢不詳の美貌。

 そして、全てを見通すような、底知れない深紫の瞳。


 エルフ……?

 いや、ただのエルフじゃない。纏っている空気が、王族か、それ以上の何かだ。


 彼女(おそらく女性だ)は、俺を見据え、薄い唇を開いた。


「お主か。この奇妙な庭を作ったあるじは」


 その声には、有無を言わせぬ響きがあった。


 俺は、乾いた喉を飲み込み、覚悟を決めて口を開いた。


「……いらっしゃいませ。

 当ダンジョンへようこそ」


 精一杯の虚勢。

 彼女は、それを聞いて、口の端を三日月のように吊り上げた。

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