表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/37

第二十話:新人「泥ネズミ」

◆ギルド・広場側通路/新人パーティ「泥ネズミ」視点


「なあ、本当に行くのか、あの迷宮」


「行くって言ったじゃんかよ!」


 がなるような声を上げたのは、短剣二本持ちの若い男――トミだった。

 サイズの合っていない革鎧が、歩くたびにカチャカチャと音を立てる。


「新人向け訓練迷宮だぞ? うちらみたいなのにぴったりだって、リアナさんも言ってたし」


「“じわじわ削られて、帰り道でへばるタイプ”だって念押しされてたけどね……」


 後ろでウロウロしているのは、細身の魔法使い志望、ニール。

 杖は持っているが、まだろくな攻撃魔法も覚えていない。使えるのは灯りと着火くらいだ。


「だ、大丈夫……だよ。きっと……」


 自分の背丈ほどもある荷物を背負った小柄な女の子――サラが、半分自分に言い聞かせるように呟く。


 彼女は一応、回復役だ。

 ただし、独学で覚えた回復魔法が一種類使えるだけ。


「訓練迷宮だぞ? 死なねーよ、多分」


「“多分”って言った!」


「細けえな! ほら、行くぞ、“泥ネズミ”!」


 三人組Fランクパーティ、“泥ネズミ”。

 結成二ヶ月。主な戦績はドブネズミ退治と薬草採取。


 そんな彼らの初迷宮が、“北西の新人向け迷宮”だった。



◆迷宮入口〜滑走罠ゾーン/泥ネズミ視点


「うわ、本当に綺麗……」


 恐る恐る足を踏み入れたサラが、入口の灯りを見上げる。

 壁の石は滑らかで、等間隔に埋め込まれた灯り石が優しく通路を照らしている。


「もっとこう、“じめじめした洞窟”想像してたんだけど」


「それはそれで嫌だろ」


 トミは笑い飛ばしながら、短剣をくるっと回した。


「さっさと進むぞ。

 罠? そんなの、踏んでから覚える!」


「トミくん、それフラグって言うんだよ……」


 ニールのぼやきは、当然のように届かなかった。


 数歩行ったところで――


「うおっ!?」


 見事に、すべった。


 何の変哲もない石床に見えた場所で、トミの足がツルリと空転する。

 そのまま体勢を崩し――少し低くなっている段差へ一直線。


「トミくん!」


「うわああああああ!?」


 ドン。


 やや鈍い衝撃音。


「いったぁぁ……!」


 トミが尻を押さえて転げ回る。

 でも、骨が折れるような音はしなかった。


「だから言ったのに……」


 ニールが青ざめながら苦笑する。


「サラ、ちょっとだけ回復頼む」


「う、うん。《ちいさな癒し》……!」


 サラの掌から、蛍のような柔らかい光がこぼれる。

 トミの顔色が、ほんの少しだけマシになった。


「……これで、“滑る床”があるって分かったね」


「最初から気付けよな……」



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「ご主人、“泥ネズミ”さん、初見滑走罠で綺麗にすっ転びました」


「やめろピンポイント実況」


「だって可愛かったので」


 ナノが、楽しそうに監視モニターを切り替える。


「でも、ちゃんと落下ダメージ内で収まってますね。

 回復役もいるし、“痛いけど死なない”ラインです」


「そこは設計通り」


 その後も、泥ネズミの三人は期待を裏切らなかった。

 毒針ゾーンでは「なんか床が変だぞ?」と気づきながらも踏み抜き、スライムゾーンではニールが悲鳴を上げて逃げ回りながら、なんとか火種で撃退した。


 結果として――全員へろへろになっていた。


「こ、ここ……」


「座れる……!」


 三人とも、崩れ落ちるように腰を下ろす。

 泥だらけの顔を洗う元気もなく、ただ呆然と水を飲んでいる。


 その表情は――


「満足度:七九%(ナノ調べ)」


「その中途半端な数字はどこから出てる」


「滑走罠でのトミさんの尻ダメージが、数%ぶん減点に……」


「定量化すんな」


 でも、悪くない顔だ。

 怖がってはいる。疲れてもいる。

 それでも、目が死んでいない。


「“ここまで来れた”って達成感はあるだろうな」


「はい。

 このあとゴブリン前線でボコボコにされて、“今日はこれで帰ろう”ってなると思いますけど」


「それでいい」


 新人の初日なんてそんなもんだ。

 むしろ、生きて帰れるだけで上出来だ。



◆ゴブリン前線フロア/泥ネズミ視点


 休憩で少しだけ体力を戻した三人は、さらに奥へと進んだ。


「……あれ」


 通路の先に、三体の影。


 黄色い目。

 粗末な腰布に、棍棒。

 本や噂で聞いたことはあるが、実物は初めて見る魔物。


「ゴブリン……」


 サラの声が震える。

 足がすくんで、前に出られない。


「大丈夫だって! 三匹だろ? 一人一体ずつ倒せば終わりだ!」


「トミくん、それ多分、簡単じゃないよ」


 ニールの忠告も虚しく、トミは短剣を構えて突っ込んだ。


 結果。


「いて! いてえって! 何でそんな連携取れてんだよお前ら!」


 トミの剣は、ゴブリンの棍棒にいなされた。

 体勢を崩したところへ、別のゴブリンが横から小突いてくる。


「トミくん、下がって! サラ、回復!」


「ま、待って、《ちいさな癒し》……!」


 決して深追いはしてこない。

 囲んで棒で叩くのではなく、“痛いけど致命傷にならない”手足などを狙って攻撃を止める。

 まるで、手加減されているかのような――いや、弄ばれているような感覚。


 そして、トミがなんとか一匹に傷を負わせた瞬間。


「やったか!?」


 傷ついたゴブリンが、黒い煙に包まれて消えた。


 だが、その煙が晴れると――奥から、無傷のゴブリンが前に出てくる。

 “倒したのに、また湧いてくる”。


「な、なんか……終わりが見えないんだけど……!」


「に、逃げよう! ここで全滅したら、本当に何もかも終わる!」


 ニールの悲鳴混じりの提案に、トミもようやく頷いた。

 回復魔法も尽きかけ、トミの足も限界だ。


「くそっ、覚えてろよ、緑色!」


 三人は、必死で撤退した。


 帰り道、第一休憩スポットで息を整え、なんとか、這う這うの体で出口の光にたどり着いた。


「……また、来れる、かな」


 外の空気を吸った瞬間、サラがぽつりと呟いた。

 足はまだ震えている。


「こんなんで、もう一回行く勇気、出るのかな」


「出すんだよ」


 トミが珍しく真面目な声を出した。

 悔しそうに、入り口の闇を睨んでいる。


「俺たち、“泥ネズミ”だろ。

 すぐには強くなれねえけど、地面の下をちょっとずつ掘ってくんだよ」


 その言葉に、サラとニールは顔を見合わせて、少しだけ笑った。


「……そうだね」

「次は、あの緑色に一発入れてやろう」



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――うん。好きだな、“泥ネズミ”。名前のセンスは疑うけど」


 モニター越しに見送りながら、思わず口から漏れた。


 ナノが、横でくすっと笑う。


「ご主人、ああいう“ボロボロになりながらも戻ってくる”タイプ、好きですよね」


「管理職目線だと、伸びしろがあるからな。

 あいつらは、必ずまた来る。そして次はもう少し奥まで進んで、もう少し多くの魔力を落としていく」


「ブラック発言出ました」


 でも、彼らみたいな新人が増えれば――迷宮も、街も、もっと賑やかになる。

 それは、長期的な安定運用に繋がるはずだ。


「さて。改装を急ぐか! 最近、他の新人冒険者も集まってきて魔力が溜まってきているし、あと、グランの武器ももうすぐ上がるだろうし、魔物たちの装備も整えよう」


 俺はコンソールを操作し、溜まった魔力を次の投資先へと振り分ける。


「そういえばご主人。グランさんの武器、街では話題になっているみたいですよ」


「え?」


「『夜明けの芽』が持ち帰ったナイフが高品質だって、鍛冶ギルドや道具屋の間でちょっとした噂に」


「話題になるつもりはなかったんだけどな……」


 思わず頭をかく。

 ただのドワーフ製量産品(失敗作ではない程度)のつもりだったが、人間の職人が作るものより質が良かったらしい。


 でも、グランの武器が“外で話題になっている”ことは、迷宮内にもメリットがある。

 武器目当てで来る中堅。訓練と装備両方目当てで来る新人。

 どっちも、迷宮にとっては“魔力の供給源”だ。


「ただ、ご主人」


 ナノの声色が、少しだけ真剣になる。


「“迷宮ブランド”があまり目立ちすぎると、もっと強い冒険者も来ちゃう可能性がありますよ」


「……」


 迷宮核が、どくん、と一段深く脈打つ。


 現状は、弱いモンスターしか現れない初心者向けの迷宮。

 高ランクの冒険者がこの場所に来るメリットはほとんどない。


 だが、迷宮内の設備が整い、高品質な武器が外に出回れば――話は変わる。


 “安全な迷宮”だと判断されればいい。

 だが、“制御不能な異常存在”だと判断されたら――最悪、“討伐対象”になる。


 コアを壊されれば、俺も死ぬ。


「……まあ、来るよな、そのうち」


 俺は、息を吐いた。


「迷宮の強化をもっと急がなきゃな。

 リリの階層も、まだスカスカだし」



◆迷宮前・夕暮れ/???視点


 日が傾き始めた迷宮前広場。

 ボロボロになった新人たちが去り、静けさが戻ってきた頃。


「……噂通り、賑やかになっておるな」


 フードを深くかぶった人物が、少し離れた岩陰から迷宮を見つめていた。


 その目には、迷宮の入口から立ち上る魔力の流れが、淡く見えている。

 紫色に輝く瞳が、迷宮の奥底を探るように細められる。


「地脈を狂わせず、むしろ整えておる……」


 肩口に止まっている小さな白い鳥が、ちち、と鳴いた。


「分かっておる。“だからこそ危うい”のだ」


 フードの人物は、静かに息を吐いた。

 その声は若く聞こえるが、どこか老成した響きがあった。


「人が集まりすぎる迷宮は、いずれ“国”の目にも、“教会”の目にも留まる。

 その前に、“どんな主がいるのか”――少し、覗いておかねばな」


 そう呟いて、人物は迷宮へと一歩、足を踏み出した。

 足音も立てず、気配すら消して。

 迷宮の監視システムにすら、簡単には捉えられない静けさで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ