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第十九話:狭い洞窟の悪夢と、初めての宝箱

◆第2階層・入り口/カイ視点


 階段を降りきった先は、別世界だった。


「……うわ、狭っ」


 レオが顔をしかめる。


 第1階層の、あの妙に整った石造りの通路はどこへやら。  そこにあったのは、岩肌がむき出しになった、湿った洞窟だった。


「空気が……重いね」


 ミナが、不安そうに杖を抱きしめる。


 ジメッとした土の匂い。 先が見通せない、うねうねと曲がった道。


「行くぞ。足元に気をつけろ」


 俺が先頭に立ち、慎重に進み始める。


 ヒュッ。


 突然、風切り音がした。


「ッ!」


 反射的に首をすくめる。  

 暗闇から飛んできた矢が、俺の頬をかすめて岩壁に刺さった。


「矢……!?」


「どこから!? 罠を踏んだ感覚はなかったけど……」


 セラが慌てて光源魔法を強めるが、発射装置らしきものは見当たらない。


 ヒュッ、ヒュッ。


 さらに二本。 壁の亀裂や、岩の影から、不規則に飛んでくる。


「くそっ、防ぎづらい!」


 レオが盾を構えるが、狭すぎてうまく動かせない。


「狙いは正確じゃないけど……数が鬱陶しい!」


 致命傷になるような威力じゃない。 でも、いつ飛んでくるか分からない緊張感が、じわじわと精神を削ってくる。


「……この階層、性格悪いぞ」


 俺は剣を構えたまま、舌打ちした。



◆第2階層・通路/カイ視点


 さらに進むと、曲がり角の先で“それ”と鉢合わせた。


 カラン、カラン……。


 乾いた音と共に現れたのは、白い人骨。  錆びた剣を持った、骸骨の兵士だ。


「スケルトン!」


「やっば、アンデッドじゃん!」


 レオが前に出る――が。


 ガキンッ!


「ああっ!」


 大剣を振ろうとしたレオの刃が、狭い洞窟の壁に当たって火花を散らした。


「バカ、横に振るな! 突け!」


「分かってるけど、癖で!」


 スケルトンは、その隙を見逃さずに錆びた剣を突き出してくる。


「くそっ!」


 レオは盾で押し返し、無理やり距離を潰して蹴り飛ばした。 体勢が崩れたところを、俺が隙間から踏み込んで突き刺す。


 カシャーン!


 肋骨を砕かれたスケルトンは、派手な音を立てて崩れ落ち、黒い煙となって消えた。


「はぁ……はぁ……弱いけど、やりづらい……」


 レオが壁に当たった剣の刃を気にしている。


 だが、息つく暇もなかった。


 カラン、コロン……。


 すぐ奥の分岐路から、また音が聞こえる。


「また来た!?」


 二体目。  さっきのと同じようなスケルトンだ。


「倒しても倒しても出てくるよぉ!」


 ミナが悲鳴を上げる。


 通路は入り組んでいる。 倒して進んでも、次の角を曲がるとまたスケルトンがいる。 まるで、この洞窟全体が骸骨で埋め尽くされているような錯覚。


「……おかしい」


 セラが、脂汗を浮かべながら呟く。


「魔力探知だと、そんなに反応多くないのに……  なんでこんなに次々と遭遇するの!?」


 休む暇がない。 矢が飛んできて、避けた先にスケルトンがいる。 狭い通路での乱戦。 壁に武器が当たるストレス。


 俺たちの体力と集中力は、第1階層とは比べ物にならない速さで削られていった。



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「よしよし、パニックになってるな」


 監視水晶を見ながら、俺は頷いた。


 実際は、たった三体のスケルトンが、迷路のような通路をぐるぐると巡回しているだけだ。 だが、視界の悪い狭い場所で、次々と遭遇すれば「無限にいる」ように感じる。


 一種のハメ技だ。


「へっ、あの大剣持ち、剣の扱いがなってねえな」


 隣で、腕組みをしたドワーフのグランが鼻を鳴らした。


「狭い場所であんな風に振り回してちゃ、刃がボロボロになるぜ」


「職人目線だなあ」


「道具を大事にしねえ奴は長生きできねえぞ」


 グランは不機嫌そうに髭を撫でる。


「まあ、そう言うな。彼らも必死なんだ」


 モニターの中の四人は、もうボロボロだ。 レオの盾は傷だらけ、カイも肩で息をしている。 ミナとセラの魔力も、回復と防御でかなり減っているようだ。


 HP残量、平均5割強。


「……そろそろだな」


 俺はコンソールの数値をチェックした。


「“アメ”をやるタイミングだ」



◆第2階層・奥/カイ視点


「はぁ……はぁ……」


 何体目かのスケルトンを倒し、俺はその場に膝をついた。


 ポーションはもう残り少ない。 体のあちこちに、矢のかすり傷がある。


「まだ……続くのか、これ」


 レオが、絶望的な声で洞窟の奥を見る。


 だが。


「……あれ?」


 セラが、不思議そうな顔をした。


「矢が……来ない?」


 言われて気づく。 さっきまで、数分おきに飛んできていた鬱陶しい矢が、ここしばらく飛んできていない。


「罠地帯を抜けたのか?」


「分からない。でも、静かになった」


 不気味な静寂。 だが、それ以上に――


「あそこ」


 ミナが指さした。通路の行き止まりに、小さな横穴がある。


 その中に――古びた木箱が置かれていた。


「……宝箱?」


 俺たちは顔を見合わせた。


 罠かもしれない。ミミックかもしれない。でも、迷宮探索者にとって、それは抗いがたい引力を持っていた。


 慎重に近づく。セラが魔力を調べる。レオが盾を構える。


 俺が、剣先で蓋を押し上げる。


 ギィィ……。


 カチッ、という音もなく、箱が開いた。中に入っていたのは――


「……ナイフ?」


 装飾のない、武骨な鉄のナイフ。それと、金属製のベルトバックルが一つ。


 金貨も宝石もない。地味な中身だ。


 でも、俺はおそるおそるナイフを手に取ってみた。


「……っ」


 手に吸い付くような重み。

 振ってみると、驚くほどバランスがいい。


「これ……すごいぞ」


「え?」


「見た目は地味だけど、街の武器屋で売ってる量産品とは全然違う。重心が完璧だ。すごく使いやすい」


「バックルの方も、頑丈そうだよ」


 レオが手に取って目を輝かせる。


「つなぎ目がしっかりしてる。これなら激しく動いても千切れねえ」


 俺たちは、顔を見合わせた。


 ボロボロの服。  傷だらけの体。


 でも、手の中には、確かな“戦利品”がある。


「……やった」


 誰かが呟いた。


「やったぞ!宝箱だ!」


 レオが叫ぶ。ミナも、涙目になりながら笑っている。


 ただの鉄屑かもしれない。でも、これは俺たちが、自分たちの力で勝ち取った初めての“迷宮の宝”だ。


「……帰ろう」


 俺は、ナイフを大事に腰のポーチに入れた。


「これ以上は無理だ。でも、今日はこれで十分だ」


「賛成!」


 俺たちは、来た道を引き返した。


 不思議なことに――帰りは、楽だった。


 あれほど飛び交っていた矢は、一度も飛んでこなかった。無限にいると思われたスケルトンにも、ほとんど遭遇しなかった。


 出口の光が見えた時、俺はポーチの上からナイフの感触を確かめた。


 怖い場所だった。 二度と入りたくないと思うくらい、しんどかった。


 でも――


(……このナイフ、いいなぁ)


 もっと奥に行けば。 もっとすごい物が、あるんじゃないか。


 そんな予感が、恐怖を上回り始めていた。


 俺たちは、泥だらけの顔で、でも今までで一番いい笑顔で、迷宮を後にした。

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