表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/37

第十八話:成長する“芽”

◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――来たな、“夜明けの芽”」


 監視水晶に映る四人の姿は、前よりもどこか“板について”いた。

 装備は微妙にグレードアップしている。革鎧の肘当てが新しいものになり、腰のポーションホルダーの数も増えている。歩き方も落ち着いていた。


「ん、ガリッ、ごくん。……へえ、いい顔つきになったじゃない」


 隣で、悪魔リリがソファに寝転がりながら、煎餅をかじっていた。

 行儀が悪い。


「リリさん、ボロボロこぼさないでください。ロクさんが泣きますよ」


 ナノが注意するが、リリは気にした風もなく、バリバリと音を立てる。


「いいのよ。あいつ、掃除するの好きみたいだし。

 ……で、あいつら。今日はどこまで行けると思う?」


「第2階層の入り口までは確実に行く」


 俺は断言した。


「装備の更新、連携の確認、事前の情報収集。

 全部やってきている顔だ。

 前回の“ギリギリの撤退”が、あいつらの基準ベースラインを一段引き上げたな」


「ふーん。ま、ボクの部屋まで辿り着けるかは別として――」


 リリは、最後の欠片を口に放り込んだ。


「“餌”としては、悪くない育ち具合ね」


「冒険者と言え」


「どっちでもいいわよ。ボクにとっては退屈しのぎ、アンタにとっては魔力タンク。

 ……さて、ウチの“現場”がどう対応するか、見せてもらいましょ」


 俺たちは、モニターに映るゴブリンたちの様子に視線を移した。



◆魔物居住区・広場/ジグ視点


「――というわけで、最近、冒険者が増えてる」


 ジグは、小さな石の台の上に乗って、前に並んだゴブリンたちを見渡した。


 迷宮の奥にある居住区。

 後ろでは、ポヨたちスライムがぽよぽよ跳ねて遊んでいる。

 壁際では、ゴーレムのロクが箒を持って黙々と床を掃いているし、奥の鍛冶場からは、新入りのドワーフ・グランが鉄を打つハンマーの音が、カーン、カーンと響いている。


「ご主人からの伝言だ。“殺すな。相手に合わせて強さを変えろ”って」


「“相手に合わせて”?」


 若いゴブリンが首をかしげる。


「いや、実際ご主人が言ってたんだ。今回は追い返そうとしなくていい。“今回は前回より、少しだけ先へ行かせる”って。」


「でも、なんか分かってきたかも」


 別のゴブリンが、ぽりぽり頬をかいた。


「前は、“とにかく全力で殴れ”って感じだったけど……

 今は、“前よりちょっとだけ手を抜け”って感じ」


「その方が、オレたちも死なずに済むしな」


 ジグは、腰に差した新しい棍棒――グランが補強してくれた鉄板付きのやつ――の柄を握り直した。


 前の戦い。

 中堅パーティ“灰色の風”との戦闘。


 怖かった。

 連携も鋭かったし、魔法も痛かった。

 実際、一回、目の前が真っ白になった。


 でも、“逃げていいライン”と“戻る場所”があるから、まだ前に立てる。


「ロク」


「……」


 呼びかけると、ロクが掃除の手を止めて、こくりと首を動かした。

 石でできた顔は、相変わらず無表情だ。


「整備、いつもありがとう。

 道がきれいだと、オレたちも動きやすい」


「……」


 ロクの胸のあたりで、魔力の波が微妙に揺れた気がした。

 満足、なのかもしれない。


「よし。さあ、今日も働くぞ」


 ジグは、台から降りて前に出た。


 怖い。

 強い冒険者が来るのは、やっぱり怖い。

 でも――死なない。


 この迷宮は、そういう場所だと、だんだん体で覚えてきた。


「配置につけ! 冒険者が来るぞ!」


「ギャッ!」


 ゴブリンたちが一斉に動き出す。

 その背中は、最初に召喚されたときよりも、ずっと逞しく見えた。



◆通路/カイ視点


 迷宮に入ってからの空気は、前回と少し違っていた。


「……慣れたもんだな」


 レオが、盾を構えながらニヤリと笑う。


 滑る床ゾーン。

 俺たちは腰を低く落とし、すり足で進む。

 どこが滑るか、光の反射で見極める余裕すらあった。


 毒針ゾーン。

 カシュッ、と音がした瞬間、俺は足を止める。

 目の前を、針が空しく通過していく。


「リズムさえ分かれば、怖くない」


 スライムゾーン。


「――《小炎》!」


 ミナの魔法が、出現と同時にスライムを焼く。

 装備に張り付かれる前に処理する手順が、完全に確立されていた。


「うん。消耗、ほぼなし」


 セラが魔力残量を確認して頷く。


「行くぞ。本番はここからだ」


 俺たちは立ち上がる。

 前回、ギリギリの戦いをしたゴブリンフロアの前に到着する。


 大丈夫だ。

 ここのゴブリンは動きも、連携も、頭に入っている。


「……いるな」


 通路の先に、三体の影。

 ジグと呼ばれているリーダー格と、その部下たち。


 向こうも、俺たちに気づいて構えを取った。


「来るぞ!」



◆ゴブリン防衛線/カイ視点


 激突の瞬間、違和感があった。


 ガキンッ!


 レオの盾が、ゴブリンの棍棒を受け止める。

 だが、ゴブリンは押し込まず、すぐに引いた。


「スカした!?」


 力が抜けたレオの横を、別のゴブリンがすり抜けてくる。


「させない!」


 俺が剣で割り込む。

 だが、その刃も、棍棒で巧みに逸らされた。


(……なんだ?)


 前よりも、動きが洗練されている。

 ただ突っ込んでくるだけじゃない。

 こちらの攻撃を誘って、かわして、隙を突こうとしている。


「あいつらも……強くなってる!」


 セラの魔法が、ゴブリンの足元を狙う。

 だが、ゴブリンはそれを読んでいたかのように、バックステップで回避した。


「でも――!」


 俺は、焦らなかった。


 向こうが強くなっているなら、こっちだって強くなっている。

 前回の戦いで、あいつらの癖は覚えた。


「レオ、あえて受けろ! ミナ、回復準備!」


「おう!」


 レオが防御を解き、わざと隙を見せる。

 リーダー格のゴブリンが、そこに食いついた。


 棍棒が振り下ろされる。

 レオがうめき声を上げるが、耐える。


 その一瞬の硬直。


「そこだッ!」


 俺は踏み込んだ。

 剣を、ゴブリンの胴体へ突き出す。


 かわそうとする動き。

 だが、それより速く――


 ズンッ。


 手応えがあった。


「ギャッ……!」


 ゴブリンの顔が歪む。

 足元に、黒い魔法陣が浮かび上がる。


(倒したか)


「次が来るぞ!」


 黒煙と共にゴブリンが消える。

 入れ替わりに、奥から別のゴブリンが出てくる。


 でも、リーダー格が抜けた穴は大きい。


「押し切るぞ!」


 俺たちは、一気に畳み掛けた。

 一体、また一体。

 黒い煙に消えていく。


 そして――


 通路が、静かになった。


「……ふぅ」


 俺は剣を下ろした。


「強くなってたな、あいつらも」


 レオが、へこんだ盾をさすりながら笑う。


「うん。でも、私たちの方が、ちょっとだけ上回った」


 セラが、汗を拭いながら誇らしげに言う。


「行こう。この先に」


 俺たちは、灰色の風が見つけた――巨大な扉があるはずの場所へ向かった。


 だが。


「……え?」


 ミナが、目を丸くした。


 そこにあるはずの、重厚な黒鉄の扉。

 圧倒的なプレッシャーを放っていた“ボス部屋”の入り口。


 それが、跡形もなく消えていた。


 代わりにそこにあったのは――


 ぽっかりと口を開けた、下へと続く暗い階段だった。


「階段……?」


 冷たい風が、下から吹き上げてくる。

 土と、湿った空気の匂い。

 ここまでのきれいな石造りの通路とは違う、“洞窟”のような気配。


「第……二階層?」


 セラの呟きが、静かな通路に響いた。


 俺は、その暗い穴を見つめた。

 ボスがいなくなった?

 いや、違う。


 迷宮が――“深くなった”んだ。


 武者震いのようなものが、背中を駆け抜けた。


「……行ってみるか」


「おう」


 俺たちは、未知の領域への一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ