第十七話:職人ドワーフの採用
◆迷宮核の間/黒瀬視点
翌朝。 迷宮核の間に、ナノの声がよく通る。
「ご主人、本日の“アクセス予定”まとめました」
「予定って言うな。ここ迷宮だぞ?」
「だってギルドの掲示板で“新人向け訓練迷宮”って公式化されたので、 “今日はあの迷宮行こっか”って会話がそこかしこで――」
「やめろ。急に商業施設みたいに聞こえる」
頭上でくるくる回りながら、ナノが半透明の板を出してくる。
板の上には、文字と簡単な図。
「午前、Fランク新人パーティが二組。 午後、“夜明けの芽”の皆さんが再度の挑戦予定。 あと、“灰色の風”さんは今日は別件で来ないみたいです」
「……マジで“アクセスログ”になってきたな」
ボソッと漏らしたら、
「もちろん、“ナノ調べ”ですけどね!」
と、やたら自信満々に返された。 お前、どこからそんな情報拾ってきてるんだ。
「で、ご主人。 トラフィック増加に対応するために、第2階層の実装急がないとですね」
「ああ。今日は一気に仕上げるぞ」
俺はコンソールに向き直った。 昨日の工事で作ったばかりの、まだ何もない第2階層のマップを開く。
「まず、構造だ。 第1階層は“きれいな一本道”だったが、ここは変える」
指先でマップをなぞり、通路をぐにゃぐにゃと曲げる。
「道幅を狭く。視界を悪く。 大剣や長槍が壁にぶつかるくらいの狭さにして、分岐も作る」
「うわ、性格悪いマップですね」
「“閉塞感”は、それだけで消耗させるからな」
次に、罠の設定だ。
「ここには、条件付きの矢の罠を仕込む」
if (侵入者HP > 50%) { trap.arrow.fire(本数=複数, 狙い=ランダム); } else { trap.arrow.sleep(); // 死体蹴り禁止 }
「元気な奴にはバンバン撃つ。 弱ってる奴には反応しない」
「“出る杭は打つけど、弱り目に祟り目”はしない仕様ですか」
「全滅させないためのセーフティだ。 でも、元気なうちは徹底的に鼻をへし折る」
構造ができたら、次は人員配置だ。
「魔力残量は29。 カツカツだが、初期配置は済ませておく」
俺は〈召喚〉タブを開いた。
「スケルトン。一体コスト5。 こいつを三体召喚する」
魔力消費:15
残量:14
第2階層の床から、カタカタと音を立てて白い骨が組み上がる。 錆びた剣と、欠けた盾を持った骸骨兵士たち。
「スケルトン1号、2号、3号。 お前らはこの入り組んだ洞窟を、バラバラのルートで巡回しろ」
カタ、と顎を鳴らして了承する骨たち。
「こいつらもゴブリンと同じ運用だ。 HP三割――というか、骨が砕けそうになったら“死亡エフェクト”出して退避。 裏で修復して、別の通路からリポップさせる」
「冒険者視点だと、狭い迷路で迷っているうちに、倒しても倒しても骸骨が出てくる……」
「そういうことだ。 実際はたったの三体。 でも、“無限に湧くアンデッドの巣窟”に見せる」
これで防衛戦力は整った。 あとは――
「この階層の“目玉”が必要だな」
俺は、さらに〈召喚〉タブを操作する。
「ここに来させるための動機づけ……つまり“宝箱”だ」
「ご主人」
ナノが補足を入れる。
「普通の迷宮だと、宝箱の中身は“死んだ冒険者の装備”を再利用することが多いんですけど」
「……世知辛いエコシステムだな」
「でも、うちの迷宮は“殺さない”ので、ドロップアイテムの供給がないんです」
「だから、作る」
俺は、コスト10のボタンを押した。
対象:ドワーフ。
魔力消費:10
残量:4
「これでほぼすっからかんだ。頼むぞ、ガチャ運」
召喚陣が光り、ずんぐりとした影が現れる。
身長は低いが、樽のような胴体。 顔の半分を覆う濃い髭。
太い腕には筋肉が盛り上がっている。
「……ここか、俺を呼んだのは」
ドワーフの男が、低い声で唸った。
「グランだ。戦場はどこだ? 俺の斧でかち割ってやる」
「いや、戦わなくていい」
俺は即座に否定した。
「お前には、ここで“物”を作ってもらう」
「あ?」
グランが眉をひそめる。
「俺は、お前の鍛治に期待して呼んだ」
コンソールには、グランのパラメータが表示されている。
戦闘力はそこそこだが――【鍛冶】のスキル値が、異常に高かった。
当たりだ。
「ゴブリンやスケルトンの武器の修理。 それと――“冒険者が喜ぶ程度の粗品”の量産だ」
「……武器を作れってのか?」
「そうだ。 魔力が込もった業物じゃなくていい。 鉄のナイフとか、丈夫なバックルとか、そういう“ちょっとした実用品”だ」
グランの目が、ぎらりと輝いた。
「……戦わずに、一日中鉄を叩いてていいのか?」
「むしろ叩いてくれ。素材と場所は用意する」
「ガハハ! ここは天国かよ! いいぜ、迷宮産の鉄で、冒険者が腰抜かすようなモン作ってやる!」
「いや腰抜かすレベルのはまだいい。コストかかるから」
こうして、迷宮初の“生産職”が誕生した。
グランが作ったアイテムを宝箱に入れ、第2階層の奥に配置する。
これで、「リスク(迷路と骨)」と「リターン(宝箱)」が揃った。
◆
午前中。 予定通り、Fランクの新人パーティたちがやってきた。
監視水晶で見守る。
「うわ、滑る!」 「毒針だ、気をつけろ!」
入口付近で苦戦し、休憩スポットで休み、なんとかゴブリン前線まで辿り着いた彼らだったが――
「つ、強い……!」 「連携してくるぞ!」
ジグたちの連携攻撃に翻弄され、回復薬が尽きたところで撤退を決めたようだった。
「……まあ、妥当だな」
俺は頷いた。
「まだ第2階層は早い。 あそこで無理に進ませても、スケルトン相手に心が折れるだけだ」
Fランクの彼らは、「くそー、次はもっと準備してくる!」と言いながら帰っていった。 リピーター確保だ。悪くない。
そして――午後。
「ご主人、来ましたよ」
ナノが告げる。
入口のカメラに、見慣れた四人組が映った。
“夜明けの芽”。 カイ、レオ、セラ、ミナ。
装備の手入れは万全。
顔つきも、前回よりずっと引き締まっている。
「……いい顔になったな」
俺は、第2階層への階段ロックを外した。
「さあ、おいでませ。 リニューアルオープンした“第2階層”へ」
モニターの中で、カイが剣の柄を握り直すのが見えた。
俺は、ニヤリと笑って、彼らがジグたちを突破してくるのを待ち構えた。




