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第十六話:演出過剰な中ボス

◆ボス部屋・控室/リリ視点


「――はぁ〜……疲れた」


 “灰色の風”が撤退したのを確認するなり、リリは控室のソファに背中からダイブした。

 さっきまでの“格上の悪魔”としての威厳はどこへやら。足を放り出し、脱力しきっている。


「お疲れ様です、リリさん。  素晴らしい演技力でしたよ」


 ナノが、リリの周りをパチパチと拍手しながら飛び回る。


「演技じゃないわよ。必死だったの」


 リリは天井を見上げて、ため息をついた。


「言っとくけどね。ボクは悪魔と言っても下位だから、人間で言うなら、Dランクの上位か、Cランクの入り口くらいの実力しかないの」


「あら、そうなんですか?」


「そうよ。さっきの連中、装備も連携もしっかりしてた。 もし、“こいつハッタリだ”ってバレて突っ込まれてたら……勝てたとしてもボロ雑巾にされてたよ、ボク」


 そう。リリは決して“最強の悪魔”ではない。  

 召喚コスト30で呼べる範囲の、そこそこ優秀な下位悪魔に過ぎないのだ。


 真正面からDランクパーティと殴り合えば、勝率は五分五分といったところだろう。


「それを、あそこまで“絶対的な格上”に見せたのは――」


「ご主人の“舞台装置”のおかげね」


 リリが、壁のスイッチを指さす。

 ボス部屋に敷き詰められた無数の魔法陣。  

 赤く輝き、空間を震わせていたあの光。


「あれ、攻撃魔法の準備なんて一つもしてないのよ? ただ“魔力を光と音に変換して垂れ流す”だけの、無駄に燃費の悪い照明装置」


「ははは。ご主人いわく『ライブ会場の特効演出』だそうです」


「おかげで助かったわ。 相手は、“準備万端の広範囲魔法が展開されている”って勘違いしてくれた」


 リリは、サイドテーブルにあったクッキー(ご主人からの差し入れだ)を一枚かじる。


「実力差が微妙なときほど、ハッタリが効く。 “戦ったらヤバい”と思わせれば、賢い連中ほど勝手に帰ってくれる」


「さすがご主人。 “戦わずして勝つ”を地で行ってますね」


「単に、ボクの治療費をケチりたかっただけじゃない?」


 憎まれ口を叩きながらも、リリの表情は明るかった。  

 自分の命が危険に晒されず、役割を果たせたことへの安堵がある。


「ま、これなら“中ボス”くらい、続けてやってもいいかな」



◆ギルド・カウンター/ガルド視点


「――以上が、報告だ」


 俺は、書きなぐったメモをリアナに渡した。


 リアナは真剣な表情で目を通していく。


「……中層手前のボス部屋に、悪魔。 それも、部屋全体を掌握するほどの魔力を放っていた、と」


「ああ。  正直、俺たちじゃ分が悪かった」


 思い出すだけで、背筋が冷える。 あの赤い光。空間を圧迫するようなプレッシャー。


「ただ……今になって思うと、少し違和感もある」


「違和感、ですか?」


「ああ」


 俺は、自分の手のひらを見つめた。


「あいつ、あんなに魔力を溜めてたのに、俺たちが逃げる背中に一発も撃ってこなかった。 あそこまで圧倒的だったなら、逃げる隙すら与えずに消し飛ばせたんじゃねえか、ってな」


「……あえて見逃した、と?」


「あるいは――“撃たなかった”んじゃなくて、“撃てなかった”のかもな」


 俺の勘が、遅まきながら囁いている。  

 あのハデな魔法陣。  あれ自体が、俺たちを威圧するための“演出”だった可能性。


「……もし、あのまま突っ込んでたら、案外いい勝負になったかもしれねえ」


「ガルドさん?」


「いや、忘れてくれ」


 俺はかぶりを振った。


「どっちにしろ、“もしも”に賭けて全滅するわけにはいかねえ。 あの状況で撤退を選ばせるだけの“圧力”があった。それがあの悪魔の実力だ」


「そうですね。賢明な判断だったと思います」


 リアナが頷く。


「この報告を受けて、北西迷宮の評価情報を更新します。  『中層までは新人訓練に最適。ただし、奥の扉を開ける際は、死ぬ覚悟をすること』――で、よろしいですか?」


「ああ。  俺たちみたいな中堅が、調子に乗って火傷しないように釘を刺しといてくれ」


 俺は苦笑した。 まんまと乗せられた気もするが、生きて帰れたならそれが正解だ。


「次は、もう少し準備してから挑むさ」


「お待ちしています、“灰色の風”の皆さん」



◆迷宮核の間/黒瀬視点


「――ふぅ」


 リリの控室と、ギルドの様子。 両方の監視を終えて、俺は大きく息を吐いた。


「うまくいったな」


「大成功ですね、ご主人!  『リリさん最強説』と『ギリギリ勝てたかも説』、絶妙なバランスで噂になりそうです」


 これで初日の一連のイベントは終了だ。


 俺は、コンソールで本日の決算を行う。


「さて、魔力収支の確認だ」


 ナノがウィンドウを表示する。


【本日の収支報告】


収入:

“灰色の風”:+67

自然回復:+10


支出:

ボス部屋演出コスト(照明・音響・威圧エフェクト):−6

各種罠・魔物維持費:−3

繰越残高: 11


「計算すると……」


 俺が計算するより早く、迷宮核の状態表示が更新された。


【迷宮名】 未命名(野良迷宮)

【魔力残量】 79/120

【状態】 レベルアップ(容量拡張)


「おお……!」


 思わず声が出た。


「魔力残量、一気に79まで回復。  しかも、最大容量が100から120に増えてるぞ」


「おめでとうございます、ご主人!  強い冒険者ほど吸収する魔力が多いので、迷宮核が成長したみたいです」


「サーバー容量増設か。ありがたい」


 これで、より多くの魔物を配置したり、階層を深くしたりする余裕ができる。


「しかし、演出コスト6か……。  ゴブリン3体分召喚できる魔力を、たった数分の『ピカピカ光る魔法陣』に使ったわけだ」


「でも、そのおかげでリリさんが無傷で済みましたし、ガルドさんたちも『また来る』って言ってくれましたよ?  リリさんがガチ戦闘して怪我してたら、コストでもっと持っていかれたはずです」


「……だな」


 戦闘を回避し、威圧だけで追い返す。  

 これもまた、立派な“防衛”だ。


「コスパ良し。  リリの演技力と、俺の演出スクリプトに乾杯ってところか」


「ご主人、自分を褒めるの忘れませんね」


 俺は迷宮核の黒い輝きを見つめた。  79という数値。  これだけあれば、次の手も打てる。


「よし。 今日は十分稼いだ。 この79を使って、下にもう一層作るか」


「下?」


「第2階層を作る」


 ナノが驚く。


「第2階層……! いよいよ本格的なダンジョンっぽくなってきましたね!  でもご主人、階層追加の基本コスト、『50』ですよ?  残りが29になっちゃいますけど、運営大丈夫ですか?」


「カツカツだが、いける」


 俺は、脳内でソロバンを弾く。


「今の第1階層は、どうしても手狭だ。  ゴブリンとの戦闘エリアを抜けると、すぐリリの部屋になってしまう。  これだと、リリを強行突破しようとする中堅クラスの冒険者が来ないとも言い切れない」


「それに、階層を分ければ、環境を変えられる。  1層は石造りの綺麗な通路だったが、2層はもっと粗野な洞窟タイプにして、変化をつける」


「なるほど。ユーザーを飽きさせないための大型アップデートですね」


「そういうことだ。  ナノ、工事の準備だ。リリにも『引っ越し』の連絡を入れろ」


「了解です!」



 俺はコンソールを操作し、〈階層追加〉のコマンドを選択した。


 消費魔力:50。  実行。


 ズズズズズ……。


 地響きと共に、迷宮全体が低く唸る。  

 迷宮核から膨大な魔力が吸い上げられ、地下深くへと流し込まれていく。


「対象エリアは――ゴブリン防衛線の奥。リリの部屋の手前だ」


 マップを操作し、空間を書き換える。


 今まで行き止まり(ボス部屋への扉)だった壁が、ぐにゃりと歪み、崩れ落ちる。  

 その先に現れたのは、下へと続く暗い階段だ。


「よし。階段生成完了」


 続いて、その下の空間を掘り広げる。


 第1階層のような、整った切石の壁ではない。  

 土と岩がむき出しになった、荒々しい自然洞窟風のフロア。  湿った空気と、土の匂いが漂う空間。


「第2階層、ベース領域確保」


 まだ何もない、がらんどうの空間だが、確かに迷宮の“深さ”が増した。


「で、リリの部屋を……」


 俺は、マップ上のボス部屋のアイコンをつまみ、第2階層の最奥へとスライドさせた。


移動マイグレーション。  第1階層の奥から、第2階層の最奥へ」


 ズン、という重い音と共に、ボス部屋ごと空間転移が完了する。


 これで構造が変わった。


これまで: 入口 → 罠エリア → スライムエリア→ ゴブリン防衛線 → リリの中ボス部屋→ 迷宮核


これから: 入口 → 罠エリア → スライムエリア → ゴブリン防衛線 → 階段 → 第2階層(洞窟エリア) → リリの中ボス部屋→ 迷宮核


「動線が伸びましたねえ」


 ナノが感心したように言う。


「これなら、ゴブリンさんを突破した冒険者さんが、『やった、次はボスだ!』って思ったら『うげ、まだ下があるのかよ』って絶望する顔が見られますね」


「性格悪いな」


「ご主人の設計思想を代弁しただけですよ?」


「うっ、言い返せねえ」


 とはいえ、こうして、迷宮は「深さ」を手に入れた。  

 魔力残量29。  ギリギリの自転車操業だが、迷宮の規模は確実に倍になった。


 次は、この空っぽの第2階層を、いかに低コストで“地獄”に変えるか。  

 元社畜エンジニアの腕の見せ所である。

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