第十四話:中堅パーティの調査
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「――来たな、“灰色の風”」
監視水晶に映る四人の姿を見て、思わず姿勢を正した。
片目に傷のある大柄な男。
背には片刃の大剣。 フード付きのローブの魔術師、軽装の弓使い、前衛寄りの盾役。
いかにも“中堅”という感じのパーティ構成だ。
「ご主人、ギルドランクD。 迷宮経験もそれなりにあるパーティですね」
ナノが、彼らの過去の経歴をざっとまとめてくれる。
「“撤退判断を誤ったことは一度もなし”……という意味では、うち向きです」
「死にたくないからな、こっちも」
ダンジョンコアをちらりと見る。
あれを壊されたら、俺も死ぬ。
何度ナノに釘を刺されたか分からない。
「というわけで、ご主人」
ナノが、別のウィンドウを開いた。
「“難易度自動調整スクリプト”、オンにします?」
「来たな、禁断の機能」
表示されたスクリプトには、でかでかとタイトルが付いていた。
// dynamic_difficulty_manager() // 引数:侵入者推定ランク、パーティ構成、過去ログ // 出力:罠発動頻度、魔物レベル補正、演出強度
「……dynamic_difficulty_manager……って、なんか、すごく名前がダサい」
「ご主人が付けたんだと思います」
「ああそうだった」
要するに、“新人には優しく、中堅にはちょっとだけ辛く”するための、運用魔法だ。
「とはいえ、殺す気はない。 “死なないライン”は絶対維持」
「例外は、最終防衛フロアだけですね」
「そこまでは、行かせてたまるかよ」
コアの間を守る最奥フロア。
そこは、リリに例外権限を渡してある。
“明確に核を狙ってくる連中”に対しては、容赦なく牙をむくためだ。
だが、今来ている“灰色の風”は、そこまでじゃない。
ギルドの依頼内容も、“調査”だ。
「よし。自動調整、起動」
俺がスクリプトを叩き込むと、迷宮全体に薄く魔力の波が走った。
◆迷宮入口〜滑走罠ゾーン/ガルド視点
「……妙に、きれいな迷宮だな」
入口から通路へ入って、真っ先に思ったのはそれだった。
壁は滑らかに整っている。 灯りの石は一定間隔で配置されていて、明るすぎず暗すぎず。
「もっと“じめじめした穴”かと思ってたわ」
アンナが、軽く壁を指先で撫でる。
「この灯り、魔力で自動調整されてるね」
シグが、壁際の光源を覗き込んだ。
「明るさが一定になるように、地脈からの魔力を吸い上げてる」
「“自然にできた”って話とは、だいぶ離れてるな」
俺は鼻を鳴らした。
「トーラ」
「はいはい」
前衛寄りの軽戦士――トーラが、一歩前に出る。
身軽な体に、短剣と小さな盾。 探索中の“罠チェック役”だ。
「床の継ぎ目、段差、色の違い…… 全部気を付けて見ていきますよっと」
数歩進んだところで――
「ここ、怪しい」
トーラがぴたりと止まった。
「床、ツヤが違う。ちょっとだけ反射が強い」
「滑る床か?」
「だと思う」
腰のポーチから粉を取り出して、床にぱらぱらと撒く。
白い粉が落ちた位置から、すーっと滑って広がった。
「ほらね」
「ギルド報告通りだな」
「まあ、でも、“調査のために踏もうか”って話よ」
アンナが、笑いながら腰からロープを取り出した。
「はい、ガルド。ほら」
「俺かよ」
「一番重いから、実験に向いてる」
「褒めてないだろそれ」
苦笑しつつ、ロープの片端を腰に巻く。 もう片方を、トーラたちがしっかり持つ。
「じゃ、ちょっと滑ってくる」
「いってらっしゃい」
一歩、足を出した瞬間――案の定、つるりと滑った。
「おっと」
想像以上の加速。 足元が勝手に前へ転がっていく。
前方に見える、段差のついた石。
……そこそこ痛そうな高さだ。
「――ッ」
身を丸めて肩から落ちる。
ドン、と鈍い衝撃。
だが、覚悟していたほどのダメージではない。
(……痛いけど、骨は折れねえ)
「ガルド、だいじょ――」
「引け」
トーラの声を遮って、自分でロープを引く。
トーラたちも助力して、するすると元の位置まで戻った。
「どーだった?」
「クソうざい」
簡潔に言った。
「でも、死ぬことはねえ高さだ。 新人が“油断したら痛い目見る”程度の罠」
「入り口としては、いい教育よね」
アンナが肩をすくめる。
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「ご主人、滑走罠ゾーン評価:“ウザいけど死なない”で入りました」
「評価のログ取りやめろ」
「だって、“現場の声”ですもん」
ナノが楽しそうに笑う。
「でも、さすが中堅。 初見でちゃんと“床の反射”に気付きましたね。 初回の“夜明けの芽”は、見事にすってんころりんでしたけど」
「比べてやるな。新人なんだから」
とはいえ、中堅の動きはやっぱり違う。
罠を見てから踏む。 体勢も崩しすぎない。
「じゃ、次の毒針ゾーンは……」
「少しだけ、発動確率上げます?」
「そうだな。新人相手は三割発動、中堅は五割ってところか」
スクリプトで確率パラメータをいじる。
if (侵入者ランク >= D) { trap.poison_needle.trigger_rate = 0.5; } else { trap.poison_needle.trigger_rate = 0.3; }
「ただし、多段ヒットはなし。 “油断した一歩”を罰するくらいで」
「了解です、“気付きのための痛み”ですね」
「表現がやたらブラックなんだよお前」
◆毒針ゾーン〜スライムゾーン/ガルド視点
毒針ゾーンは――まあ、予想どおりだった。
「右三枚、左二枚、床石怪しい」
トーラが低く呟く。
石の継ぎ目を杖で小突き、微かな沈み込みを確かめていく。
時々、わざと踏んで針を出させ、位置を確認する。
針は鋭いが、深く刺さらないくらいの勢いだ。毒も、“体が重くなる”程度。
「いやらしいけど、これも致命的じゃねえ」
「“後半でボディブロー”のように効いてくるタイプですね」
針の跡を観察しながら言う。
「コストのかかる解毒ポーションを使って、どうにかする程の毒じゃない。 ヒーラーに負担がかかるタイプ」
「新人向けにしては、ちょっと性格悪いな」
とはいえ、俺たちにとっては“ウォーミングアップ”程度だ。
問題は、その先の――
「うわ、出た」
アンナが顔をしかめた。
通路の先で、透明な何かが、ぽよんぽよん跳ねていた。
「スライム」
シグが、少し後ろへ下がる。
「しかも、かなり“質のいい”」
「質のいいって何だよ」
「魔力密度が高い。 スライムを何体か合体させた感じ」
「つまり?」
「溶かす力が強いから、装備ががっつり溶ける」
「はは、そりゃ困るな」
俺は大剣を構えた。
「トーラ。お前は足元を気をつけろ。 アンナは後ろから射線確保。シグ、火と風、用意しとけ」
「了解」
「任せて」
スライムは、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
その動きは鈍いが――油断して踏み込めば、足を持っていかれるやつだ。
「――ッ」
一気に距離を詰め、床を滑らすように斬る。
だが、斬撃は、想像以上に“手応えがない”。
刃が、ゼリーを切るように抵抗なく通り抜けるだけだ。
「やっぱり、硬さがない」
「いくよ、《火炎の舌》!」
シグの詠唱とともに、スライムの足元に細い炎が走る。 じゅっと音がし、スライムの表面がじわじわと蒸発していく。
そこへ、アンナの矢が飛ぶ。
火がついた矢が、スライムの中心部分へ突き刺さり――
「――っし」
スライムが、ぶくぶくと泡立ち、分裂することなく、どろりと崩れた。
「ギリ、セーフって感じね」
アンナが汗を拭う。
「このスライム、調子に乗って斬りまくってると、剣も溶かされるわよ」
「新人がここまで来て、武器や防具を溶かされたら、絶対泣いて帰るな」
◆迷宮核の間/黒瀬視点
「ご主人、“スライムゾーン”、中堅評価:“新人泣かせ”入りました」
「だから評価ログやめろって」
「だって、“現場の声”楽しいんですよ」
ナノが、頬を緩ませたままスライムの死亡ログを眺めている。
「でも、中堅はさすがですね。 斬るとマズいって察した瞬間、魔法と矢に切り替えました」
「うん。 こっちの意図してる“正解ルート”に、ほぼ一直線で辿り着いてる」
俺は、魔力監視水晶に表示されたグラフを見る。
体力も、魔力も、まだ余裕がある。
「じゃ、そろそろゴブリンの部屋だな」
「はい。 ご主人、“中堅向け設定”の出番ですね」
「……そうだな」




