第十三話:中堅パーティ「灰色の風」
◆ボス部屋・控室/黒瀬視点
「そろそろ、リリのボス部屋の演出をしないとだな」
マップの中層フロアを拡大する。
通路の行き止まりに、ぽっかりと空いた空間。 そこを、一気に広げていく。
boss_room_layout() { 天井高く(今までの2倍); 両側に階段+上段足場; 中央に魔方陣ステージ; 入室時、光・風・音エフェクト発動; }
「まず、高低差。 あと、扉はでかく重く。 “ここから先は格が違う”って視覚的に分からせる」
「いいわね、“無駄にデカい扉”、ボス部屋の基本」
リリの目がちょっと輝く。
「床と天井に魔法陣。 ただし、実際に動くのは一部だけ。 残りは“飾り”だけど、“何かされそう”って圧だけ出す」
「心理攻撃ね。好きよそういうの」
「ご主人、中ボス部屋だけやたら演出凝ってますよね」
「リリとの約束だからな」
俺は、部屋の入り口にトリガースクリプトを書き込む。
on_enter_party() { 扉自動閉鎖+重い音; 天井から落光; リリ登場用の演出シーケンス起動; }
「入った瞬間、“あ、ボスだ”って思わせる。 逆にここまでやって“ただの通路でしたー”だと、怨嗟の声がログに残るからな」
「その心配するあたり、運営側の思考ですね」
「で、リリの登場ポジションは――」
「ここ」
リリが、立体図の中央を指さした。
「ちょっと高い位置。 階段の上のステージの端。 見下ろしすぎず、でも“上にいる”感じは保ちたい」
「こだわりがすごい」
「見た目、大事だから」
悪魔の美学ってやつなのかもしれない。
「演出用の魔法は、リリが自分で組んでもいい。 ただし、迷宮全体の魔力消費ラインだけ守れよ」
「はいはい。そこは“あんた”の顔立ててあげる」
リリは肩をすくめた。
「じゃ、ご挨拶が来るまでに、こっちはこっちで準備しておくわ」
リリが意味ありげに笑って、ふわりと姿を消した。
「……嫌な笑い方してましたね」
「まあ、“死なせないライン”さえ守ってくれれば」
俺は、設計図を眺めながら肩を回した。
◆ギルド・酒場側テーブル/ガルド視点
“新人向け訓練迷宮候補”。
……その紙を最初に見たとき、正直、鼻で笑った。
「ガルド。まだ笑ってる」
向かいに座る弓使いのアンナが、ジョッキをくるくる回しながら言う。
「笑うだろ、普通」
俺は肘で紙を小突いた。
「『危険度:低(入口周辺)』『即死系の罠なし』『撤退判断ができるパーティに推奨』。 ギルドらしいマジメ文句並べてるが――要するに、“新人にとっての迷宮の練習場”だ」
「その“練習場”の底を覗きに行くのが、うちの仕事でしょ?」
アンナがにやりと笑う。
隣では、魔術師が眼鏡を押し上げていた。
「報告書、僕も読んだけどね。罠構成と魔物の動き方、かなり練れてるよ。 “自然発生の迷宮”と考えるには、ちょっと不自然なくらい」
「それが気になるんだよ」
俺は、指で机をとん、と叩いた。
「新人のために、わざわざ“死ににくい迷宮”を用意する神様がいるなら、拝んでやってもいいが。 実際は、そんな都合のいい話はねえ」
「つまり?」
「“何かの意図”がある迷宮なら、中身を見ておきたい。 放っといて“危険度:低”のままとも限らねえからな」
「真面目な話してると、片目の傷が映えるわね」
アンナが、冗談とも本気ともつかない声で言う。
俺は、空になったジョッキをテーブルに置いた。
「よし。軽く潜って、全体の空気だけ掴んでくる。 最深部攻略は、今回の仕事じゃない。 “新人向け訓練場”として見たときに、どれだけマシかを判断するのが目的だ」
「“遊び場の安全確認”ってわけね」
「そういうこった」
「了解。灰色の保護者さま」
アンナが、茶化すように敬礼した。
◆カウンター前/ガルド視点
「――というわけで、リアナちゃん。“灰色の風”として北西迷宮の調査を受けたい」
カウンター越しに、受付嬢のリアナへ告げる。
リアナは、いつもの落ち着いた笑みを浮かべたまま頷いた。
「ありがとうございます、ガルドさん。 “灰色の風”の皆さんなら安心してお願いできます」
「そんな、持ち上げるな。仕事が増える」
「事実ですから」
さらりと言われて、苦笑するしかない。
リアナは一枚の紙を取り出した。
「事前情報は、こちらにまとめてあります。 もう目を通されていますか?」
「ああ、大体な」
「では、口頭でも簡単におさらいを。 ――この迷宮の特徴は、“即死が少なく、じわじわ削る罠が多い”ことです」
「そう聞いてる」
「滑る床、毒針、装備を溶かすスライム。 どれも、“気を付けていれば致命傷にはならない”レベルですが、連続すると帰り道で足が止まります」
「新人には、そこが分からねえからな」
「はい。 ですので、ガルドさんたちには、“入口〜奥までの危険度”“撤退ラインの目安”“新人に向かない要素がないか”の確認をお願いしたいのです」
「迷宮核は?」
「無理には追わないでください。 “底の見えない迷宮”であることは、こちらも織り込み済みです」
リアナの瞳が、ほんのわずかに鋭くなった。
「ただ――もし、新人じゃ手に負えない“危機”が見えた場合は、すぐに戻って報告を」
「……了解」
“新人用訓練場”として扱うには、どうしても確認しておきたい要素がある。
「そういえば」
リアナが、少し声を和らげた。
「“夜明けの芽”の子たち、今日も来てましたよ」
「最初に潜った、あの四人か」
「はい。また、迷宮に挑戦するために、トレーニングしてるみたいです」
「ほう」
俺は、自然と口角が上がるのを感じた。
「なら、なおさらだな。 あいつらの“行き先”がどんな場所か、見ておいてやらねえと」
「お願いしますね、“先輩冒険者さん”」
リアナが、茶目っ気のある笑みを見せる。
その顔を目に焼き付けてから、俺は仲間の方へ振り返った。
◆迷宮核の間/黒瀬視点(夜)
「――ってわけで、ご主人」
ナノが、さらっと言った。
「中堅パーティ“灰色の風”さんが、北西迷宮の調査依頼、受けました」
「マジか」
監視水晶に映る掲示板前の様子を見て、思わず頭を抱えた。
「まあ、いずれは来るとは思ってたけど……早くない?」
「新人向け推薦、出したばかりですからねえ。 ギルドとしても“底”を調査しておきたいんですよ」
「……」
迷宮核が、どくん、と一段深く脈打つ。
ワクワクと、ヒヤヒヤが同時に押し寄せてきた。
「ご主人」
「なんだ」
「迷宮の防衛としては、今回が本番ですよ」
「……だな」
俺は、コンソールに手を伸ばした。
「初級フロアの安全設計は維持。 ただし、中層以降――リリの部屋の手前から、“本気モード”のスクリプトを少しずつ解禁する」
「ご主人の“内政チート”の見せどころですね」
「チートって言うな。地道な運用改善だ」
そう言いつつ、内心では―― この状況を、どこか楽しんでいる自分がいるのを自覚していた。
新人たちを育てる訓練場。
中堅を迎え撃つ迷宮としての牙。
その両方を、同時に成り立たせる。
俺は、次にやって来る“灰色の風”と、“また来るだろう夜明けの芽”のために、 迷宮のスクリプトをひとつずつ書き換え始めた。




