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5.そこに悪意などなく





 館の中を進むと、吹き抜けになった広い一室に出た。

 そこはもしかするとダンスホールかなにか、だったのかもしれない。

 屋根が焼け落ちて、草の生い茂る空間となったそこにはもう、その面影はなかった。意識的に見ない限り、そのような場所とは思えない。それほどまでに寂れてしまった、悲しい場所。その奥にいたのは、まるでこれから踊ろうとしているかのような――純白のドレスをまとった少女だった。


 瓦礫の上に腰かけ、傍らに咲いた小さな花を撫でる緑髪の彼女。

 その姿はあまりに浮いているようで、それでいて馴染んでいるように思われた。不釣り合いな光景。しかしだからこそ、似つかわしいと感じられた。

 少女――レーナは儚げな笑みを浮かべながら、空に手をかざす。


「…………………」


 その先にあったのは、真っ赤な夕日の欠片。

 館の瓦礫。その隙間から覗くその輝きは、独特な印象を受けた。

 あえて言葉にしようとするなら――終末だ。物事の終わり、終焉に向かっていくその道程。ここはそれを彩ろうとする舞台の上なのだと、そう表現できた。


「いらっしゃい、カイル兄さん。オレのいた世界に、ようこそ」

「レーナ……」


 ボクの存在に気付いたらしい。

 レーナはそう言って、立ち上がった。にこやかに、まるでその心の中には憂いの欠片もないような、そんな明るい笑顔を浮かべながら。


「カイル兄さんと――意外だね。ココだけ、か」


 そして、そう言った。

 うんうんと頷きながら、こちらを観察して続ける。


「考えるに、他の人はみんなダースの救出に向かった、かな?」

「それはどうかな。ボクとココさん、二人だけかもよ?」

「はははっ、それはないよ。それじゃ、勝てないもん!」


 ボクの返事に、少女は愉快そうにお腹を抱えて笑う。

 二人では自分には勝てない。そう、自信を覗かせながら断言した。


「まぁ、いいよ。オレはそれでも。それじゃ――」

「レーナ! どうしても、闘わないといけないのですか!?」

「……どうしたの、ココ? そんな、今にも泣き出しそうな顔をして」


 中空に手を突き出して武器を取り出そうとした、その時だ。

 ココさんが悲痛な声を上げる。彼女は、ボクよりも前に出て肩を震わせた。

 そのことにレーナは首を傾げる。どうしたのかと、似たような境遇だと知っているからだろう、よりいっそうに疑問に満ちた目を向けてきた。


「貴女の渇きは、それで満たされるのですか!? レーナ、貴方は――」


 それでも構わないとココさんは叫ぶ。

 想いを乗せて、問いかけた。しかし、返ってきたのは――。


「分からないなぁ……。オレは、ココが分からないよ」

「え……?」


 そんな、有無を言わせないものだった。


「そもそも、ココにはニナだっけ……がいるでしょ? だったら、ニナの分も恨みを果たそうとするのが普通じゃないのかな。それを期待してたんだけど」


 そして、出てきたのは破綻した論理。

 誰かが同じ人を恨み、憎んでいるのなら、復讐を果たさなければならない。それの強度がより増すのだと、彼女はそう言った。

 そこに根拠となるものがないにも関わらず、平然と当たり前のように。


 ――あぁ、よく分かった。

 このレーナという少女はもう、壊れている。


 自身の考えがおかしいと思わない。

 自分の中にあるのは自分だけで、そこに閉じこもって、他を受け付けない。完全に排斥して、加えてどこにも向けられない感情を抑え込んで自己破壊していた。


「知ってるよ? ニナは、カイル兄さんのことを特別に思ってるってこと。だったら、いっそのことダースとの関係を断ち切ってあげるのが、筋ってものでしょ?」


 だから、このように口にできるのだ。

 ボクは悲しみを抱くと共に、寒気を感じた。

 今から相対するのは、もはや知的な行動をしない存在。


「まぁ、とりあえず。始めようよ! カイル兄さんとは一度、真剣に手合わせをしてみたいってオレ、思ってたからね!」


 そして、それはついに動いた。

 中空に手を突き入れて、中から大きな鎌を取り出す。

 鎖の付いたそれを肩に乗せて、ニッと、無邪気な笑みを浮かべた。


「ココさん、さがって……!」


 ボクは杖を構えて前に出る。

 深呼吸をして、レーナという少女を改めて見た。


 そして思うのだ。



 ――あぁ、やっぱり。どこにでもいそうな、普通の女の子だ、と。


 


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