3.論理などなく、されど倫理はある
ココに案内されてボクたちがやってきたのは、焼け落ちた一つの館だった。
街から見て東へ数十キロメイル。到着した頃には日が傾き始めていた。それでもまだ明るい時間帯だ。だというのに――どうして、だろうか。
この館の周辺だけが少し薄暗く、寂れた雰囲気を醸し出しているのは。
「うっ……」
「……ハリエット。どうしたの?」
「いいえ、大丈夫です。ただ少しだけ、寒気を覚えたというか」
勇者として帯同しなければならない。
そう言って聞かなかった少女が、突然にうめき声を上げる。
振り返るとそこにあったのは眉間に皺を寄せた、ハリエットの姿だった。
「うむ、カイルよ。ここの空気は――妾でも息が詰まるほどに魔力が濃い」
「魔力が濃い、だって?」
そうしていると、そう言ったのはレミア。
真剣な表情を浮かべた彼女は、その優れた魔法に対する感覚を発揮した。
「しかも、異質なものだな。妾たちが扱うような魔力とは、少しばかり物が違う。ハリエットはそれに当てられたのだ。エリオは、連れてこなくて正解だったな」
おそらくは、近付いただけで気を失っていただろう、と。
赤髪の少女はそう断言した。
「そう、なのか。ボクは別に何とも思わないんだけど……」
しかし、こちらは思わず頬を掻いてしまう。
彼女たちの抱いている感覚が、ボクには理解できなかったのだ。さすがに少し雰囲気が違うな、くらいは思ったけれども、そのように気分を害することはなかった。むしろこの空気の中なら、より身体が動くような――そんな感じさえある。
だけど、それには個人差があるのかもしれない。
ボクはそう思ってもう一人――ココさんにも確認を取った。
「ココさんは、大丈夫なの?」
「はい。おそらく私は一度、自身の中にレーナの魔力を受け入れたから、でしょうね。特に違和感のようなものはありません」
すると返ってきたのは、そんな真っすぐな言葉。
強い意思を込めたその眼差しからは、この遠征に対する決意が見て取れた。
果たしてココさんはレーナの記憶――その中に、何を見たのだろうか。残念ながらボクにはそれを知るすべがなかったし、聞くこともできなかった。
ボクが彼女にお願いされたのは「少しで良いので、レーナと話をさせてください」という、たったそれだけ。断る理由もまた、思いつかなかった。
「カイル様。あの子は――」
しばしの沈黙の後に、ココさんはそう口にする。
でもすぐに唇を噛んで、押し黙った。そして、
「――いえ。なんでもありません、そろそろ行きましょう。彼女も待ってます」
「うん……。そうだね、院長も待ってるから」
そう、ボクに告げた。
答えて前を向く。悲しげな館の跡に――歩を進めた。
◆◇◆
ココの中には、レーナの記憶がある。
それはあまりに鮮明で、それ故にあまりに残酷だった。
『いや、いやあっ! ――やめ、て。いたい、いたいいたいいたいいたい!?』
自分よりも遥かに大きな力を持つ魔族によって、一方的に傷付けられる少女。誰もそんな少女を助けようとはしなかったし、その逆に嘲笑い続けていた。ヴァンパイアの血と、魔族の血――その混血である少女はいい玩具だ。どちらの種族でもない半端者。それが、助けを求めた先での彼女の扱いだった。
乱暴され、希望を見せられては裏切られ。
まさに生きていること、そのこと自体が絶望であるような日々。
『どうして、オレが――』
だが、彼女はその中である希望だけは捨てなかった。
『オレの、願い。生きる意味。それは――』
それは、絶対に果たさなければならない目的。
『――ママ。待っててね、きっと……』
復讐の果てに、少女は夢見ていた。
きっと。それは叶うはずだと、そう信じた。
『いつかまた、会えるよね? そのためにも、あいつを殺すから』
そこに、論理性が欠片ほどもなくとも。
少女はそう。ただ愛しい母親との再会を願って――。




