表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/133

2.家族に出来ること。





「院長は、どうして孤児院を開いたの?」

「ん、急にどうしたのかしら。カイルちゃん」

「なんとなく思ったんだ。ボクたちみたいな子供を預からなければ、院長はもっと楽しく生活できるはずなのに――って」


 それは、ボクが物心ついてしばらく経った頃のこと。

 不意に思いたって、院長に問いかけた。どうして、この孤児院を開いたのか――と。質問に質問で返すしかなかったのだろう彼に、ボクは首を傾げてそう言った。


 不思議で仕方なかったのだ。

 毎日、院長は忙しそうにお金の工面をして、家事をやって……。

 ボクたちさえいなければ、もっともっと、多くの幸せをその手に出来ていたのではないか、と。それなのにどうして、ボクや他の子のように、身寄りのない子供を集めたのか、と。


「カイルちゃん……」


 ボクの言葉に、院長は泣きそうな顔をした。

 いいや。それはもう、泣き顔だ。それを見て、胸の奥がキュッとしたのを憶えている。たぶんボクも不安で仕方なかったのだ。


 ボクは院長の足を引っ張っているのではないか、と。

 そんな存在はいつか、切り捨てられてしまうのではないか、と。


 だって、この世界はあまりにも不条理に満ちている。

 生きる者はすべて、弱肉強食の理の下にある。弱い存在は抵抗する暇もなく、ただその命を食い散らかされる。その思考が、当時のボクの中にはあった。


 だから、院長のやってることが――怖かったのかもしれない。

 理解できないから、怖かった。


「ごめんね、カイルちゃん」

「院長……?」


 そんなボクを、院長はそっと抱きしめた。

 その意味が分からずに、困惑する。言葉を失っていると、彼は言った。


「不安だったわよね。でも信じて? 私とカイルちゃんは――」


 それは、ボクの中にある疑問に対する答え。


「『家族』だから、ね」――と。


 温もりが、どこか冷めていた心を満たしていった。


「『家族』……?」

「互いに助け合って、一緒に暮らす人たちのことよ」

「それってボクと院長や、孤児院の他のみんなみたいに……?」


 無言で頷いた院長に、ボクは納得する。

 あぁ、そうか。きっと『家族』というのがすべてなんだ、と。

 院長がどこまで考えてボクにそう伝えたのか、それは分からないことだけど。それでも、少なくとも孤独だったボクの心を救ったのは、それだった。


 だから、あの日から。

 ボクにとって『家族』という言葉は、特別になったんだ……。



◆◇◆



 夜の風を受けながら、ボクは束の間の想起に身を委ねていた。

 こんな状況で昔を懐かしむような、そんな余裕がある自分に驚きだけど。それでも間違いなく今、院長との過去は大切を感じるものに違いなかった。


「院長……」


 ベランダで、綺麗な丸い月を見上げる。

 街を一望できるこの家の立地は、なかなかに贅沢なものだった。


「眠れないのか? ――カイルよ」

「ん、レミア……?」


 さて。そうしていると、不意に少女の声がした。

 右を向くと、そこにはボクと同じように。ベランダに出て夜風に身を晒すレミアの姿があった。淡い赤のワンピースを身にまとった彼女は、風になびく髪を抑えつつ優しげに目を細める。心配している、というよりも共感している、といったところだろうか。


「妾も少し、思うところがあって、な……」


 その証拠に、レミアはふっと息をつきながらそう口にした。


「……なぁ、カイルよ」


 そして、少し考えてからボクの名を呼ぶ。

 こちらはあえて返事をせずにそれを認めて、彼女の言葉を待った。


「お主にとって、ダース――『家族』とは、なんなのだ?」

「……………………」


 すると、続いたのはそんな問い。

 ボクはとくに驚きも受けず、じっくりと考えた。

 彼女が云わんとするところは、分かっているつもりだ。それはきっと、院長の過去に犯した罪を知ってでもそちらを選ぶのか、ということ。


「ココから、レーナの過去を聞いてな。妾は少し分からなくなった」


 レミアは正直に、そう打ち明けた。

 それも当然といえるだろう。罪は、過去に犯したそれは、どう足掻いても消すことが出来ない。院長がかつて多くの命を殺めたのは、事実としてあった。

 そして、その被害を受けたのは他でもないレーナだ。


「ココも、心の奥ではダースを恨んでいるはずだ。それなのに――」


 ――妾には、理解できない。

 風に乗ってレミアの声が、ボクの耳に入ってきた。

 それはそうだと、ボクも思う。でも、院長とのことを水に流そうと、そう決意したのは他でもないココさん自身だった。他人にはきっと、理解できるものではない。


 だけども、その決意は苦渋に満ちていると同時に。

 とても、尊いものなのではないか。

 そう、思わされた。


「――ねぇ、レミア?」


 だからボクは、ボクの考えを通すのだ。

 それを伝えるために、レミアに真っすぐ向き直った。


「レミアは――『家族の条件』って、なんだと思う?」

「家族の、条件……?」


 こっちの問いかけに、少女は面食らったような表情を浮かべる。

 そして、しばし考えてから……。


「きっと、共に協力して生活する者たち、ということだろうな」


 そう、自信なさ気だが口にした。

 それにボクは頷いて、街の明かりに目を向ける。


「そうだね。きっと、この明かりの数だけ、そういう人たちがいるんだと思う」

「だが、その条件が今の状況と関係あるのか……?」


 レミアの疑問にボクは答える。

 一つ息をついてから、真っすぐにこう伝えるのだ。


「協力や助け合い、それってきっと――その人のことを受け入れる、ってことだと思うんだ。その人のすべてを受け入れて、間違いを犯したならちゃんと叱って、その解決に向かって手を取り合う。それは血の繋がりとか関係なしに、心の繋がりで、それを『家族』って呼ぶんだと思うんだ」


 赤髪の少女は息を呑んでいた。

 そんな彼女に、ボクは微笑みかけながら続ける。


「過去は変えられない。院長の罪は消えないし、レーナの悲しみも消えない。それでもボクたちに出来ることって、決まってるんだ。院長を助け出して怒ってから、一緒に手を取り合って、贖罪の方法を考える――」


 ふっと、感情が漏れる。

 吐き出す息に、熱がこもったのが分かった。

 でもそれを押し留めることはせず、ボクは最後にこう告げる。



「それが、きっと『家族に出来ること』だから」――と。



 迷いはない。

 その決断には、迷いなんてなかった。

 ボクを抱きしめてくれた院長の、あの温もりは本物だった。だからボクは、それを信じ続ける。過ちもまた事実だとしても、それもまた事実なのだから……。


「カイル、お主……」


 レミアはボクの名を口にして、しかしすぐに首を左右に振った。

 そして、いつものように力強い眼差しをこちらへ向ける。

 彼女は拳を突き出して、こう言った。



「――ならば『家族の家族』もまた、助け合わなければ、だな!」



 それは、なんとも心強いもの。

 ボクは少しだけ泣きそうになってから、レミアへ向かって、同じように拳を突き出した。直接に繋がりはしないけれども、彼女ともまた、ボクは繋がっている。


 心でしっかりと。

 家族としての絆を、間違いなく――。



 だからもう、レーナと相対しても気後れすることはない。

 そう思うのだった。


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2019/3/4一迅社様より書籍版発売です。 ツギクルバナー cont_access.php?citi_cont_id=408189970&s 「万年2位が無自覚無双に無双するお話」新作です。こちらも、よろしくお願い致します。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ