1.咎人は咎人。
「僕の調べたところによると、そのエルという女の子が――宵闇のレーナであることは間違いなさそうですね。身体的特徴も、すべてが一致します」
「やっぱり、か……。でも、どうしてレーナは院長を?」
「それは、すみません。僕にも……」
家に戻ったボクは、すぐにエリオに事の次第を相談した。
すると返ってきた答えは、エルが四魔神の一人であるレーナに違いないということ。そこまでは口振りで何となく察せたのだが、問題は彼女の目的だった。
「……ゲーム、か」
「え? カイルさん。それって、どういうことです?」
「あぁ、いや。ボクにも良く分からないんだけど、ね」
こちらの呟きに反応するエリオ。
しかし、これは少年に話していいものかどうか分からなかった。だからそう答えてはぐらかし、自分の旨の中で考えることにする。
エル――レーナは、このように言っていた。
『家族か、罪と罰という倫理観か』――と。
まるで、ボクを試すようなそれだった。
でもこちらはその意味が分からないままであり、手掛かりも他になかった。
「それ、は……ダースの過去の行いをどう捉えるか。そして、それでもなお彼を家族として扱うのか、というレーナの問いかけだと、思います」
「え……? ココさん!?」
その時、不意に後方からエルフの従者の声がする。
振り返ると、そこには苦悶の表情を浮かべながら立つ彼女がいた。ニナに支えられてはいるものの、足元がふらつくらしい。額には脂汗があった。
しかしその瞳には、何かを決意したような光が宿っている。
「あの子――レーナと接触していた私には、彼女の記憶の一部が流れ込んできました。だから、あの子の身に今まで何があったのか、おおよそ分かります」
ココさんは、ボクに向かってこう言った。
「ですから――」
真っすぐに、迷いなく。
「私に、案内させてください。あの子のいる場所へ」――と。
◆◇◆
「やあ、ダース。久しぶりだね?」
「えぇ、そうね。お嬢さん――何年振りだったかしら?」
「そうだなぁ。オレも具体的には忘れたけど、三十年と少しかな」
「もうそんなに経ったのね。あの時の子供が、これほどの力を持つなんて」
牢獄の中に捕らわれたダースを見ながら、レーナは驚いたような顔をする。
「……へぇ、意外だね。てっきりオレのことなんて憶えてないと思ったよ。なんたって、数ある『眷属』のその娘に過ぎないわけだから、さ」
「そう、ね。たしかに、貴女の言い方も間違いではないかもしれない。事実、その少し前の私は――そのように考えていたわけですからね」
「それが、今は違うって言うの? 興味深いなぁ……」
レーナは白々しい口調で、爪を噛みながら言う。
ダースはあえて彼女の顔を見ずに、どこか余裕を持ったように答えた。
「貴女のお母様を殺した時に、思い知ったの。今まで自分が犯してきた罪に、ね? ――だからその後の数十年は、なんとか罪滅ぼしが出来ないか考えたわ」
「……………………」
その言葉に、レーナは押し黙る。
ダースのそれに何を思ったのだろうか。
暗がりの中で、目を細めた。そして、小さく言うのだ――。
「――遅すぎる」
無機質な空間に残響したそれは、はっきりと、ダースの耳にも届いた。
すると今度は、彼が声を失う番だ。
「すべてが遅すぎる。お前がその結論をもっと早くに出せていれば、ママは死なずに済んだかもしれないのに。どうして、ママを殺してから気付いたの?」
冷たい、感情のない声だった。
その鋭利な響きは、無慈悲にダースの心を貫く。
「いい……? 罪滅ぼしの方法なんて、一つしかないの。自分が同じ目に――いいや、それ以上に酷い目に遭うこと。それ以外に、贖罪なんてあり得ない」
お前のやってきたことは、すべてが無駄だ――と。
孤児院を開き、多くの身寄りのない子供を救ったところで、奪った事実は消し去れない。犯した罪は消えることなく、逃れられずに残り続けるのだ、と。
それを他でもないレーナの口からもたらされ、ダースは黙って聞くしかなかった。言い返す権利は、少なくとも今の彼にはない。
「だから――」
だが、そこでふと。
彼に向けられていた言葉の重みがなくなった。
見上げるとそこには、レーナのあまりに無邪気な笑みがある。
しばしの間を置いてから、彼女はダースに向かってこう言うのだった。
「楽しみにしててね! オレ、アンタから全部奪ってあげるからさ!」――と。
少女はそう残して姿を消えた。
残されたダースは、ただ静かな空間で過去を思い返す。
その中で頻繁に顔を出すのは、やはりカイルのことだった。孤児院を開いて間もなく、その前に捨てられていた彼は今――『家族』を愛する青年となった。
「どうか……っ!」
だからきっと、レーナが奪うといったら間違いないだろう。
ダースは声を震わせた。
「カイルちゃん、逃げて……!」
せめて何の罪もない彼にだけは、被害がないように、と。
咎人はどこまでいっても咎人である。
その事実を理解しながらも、ダースは祈らずにはいられなかったのである。




