4.謎と、鮮血の結末と。
ココは走っていた。
一直線に、ただ胸の高鳴りに任せて足を動かす。
その先にあるのは、おそらく誰もが望まない結末だ。それでも自身が心の奥底で願っていたこと、その一端であることは確か。だから、高鳴るのだ。
胸が、心が、そして喜怒哀楽というすべての感情が。
「は、はははっ! あはははははははははははっ!?」
笑う。ココは獣道を駆けながら、最短のルートを辿りながら笑っていた。
もう少し。もう少しで、夢にまで見た終わりがやってくる。
そう。それは――。
「ダース、ミリ……ガン!」
憎き親の仇を取ること。
その者が、自分とニナにとって大切な人の恩人だと知っていた。
だから一度はココも、その私怨の矛を収めたのだ。しかし毎日、夢の中で語りかけてきたあの少女の声が、自分の気持ちを奮い立たせた。
その正体は未だ分からない。それでも、もう構わない。
その声が何者のそれであろうとも、もう彼女は止まれなかった。
何故なら、彼女という――ココという存在意義をそこに見出してしまったから。
あの日に誓ったのは、何だったのか。
自分は両親とニナの父から、いったい何を託されたのか。
その答えはきっと、この戦いの先にあるに違いなかったのだ。それ故にやはり、彼女は止まることを許されないのだった。
――さぁ、見つけに行こう。私という命の意味を……。
「あら、貴方は……?」
そうして、無我夢中に駆け抜けた先に奴はいた。
孤児院の前。箒で枯れ葉やゴミの掃除をしているダース。
その真っすぐな視線に、ココは頬が緩むのを堪え切れなかった。彼女の目は赤く変化し、微かに身体の中に通う『眷属』としての血が沸き立ってくる。
呼吸は荒く、肩を激しく上下に揺らしながら。
全身から、力が、漲ってくる――!
「ダー、ス……! ころ、す!!」
「……………………」
感情をそのままに言葉にした。
ダースは、その様子を見てどこか、達観したような眼差しを向ける。
そして、箒を投げ捨ててこう言うのだった。
「きなさい。貴女には、私を殺す権利があります」――と。
◆◇◆
「カイル兄さんは、この街で長いのかな?」
「まぁ、産まれてからずっとここにいるから、そういうことになるね」
「そうなのか。産まれた時から、ね? ――やっぱり、気付いてないか。あの偵察役は、肝心なことを伝えないんだから。いつものことだけど……」
「え、なにか言った……?」
昼下がりの街の中。
ボクはエルと一緒に、雑踏の只中を歩いていた。
ゴスロリ衣装の少女はなにか小さな声で口にしていたのだが、周囲の人の声に掻き消されてしまう。訊き返すのだが、彼女はニッコリと少年のように笑うだけ。
ひらりと、ダンスをするかのように人の隙間を縫って先を行った。
「待ってよ、エル。キミはココさんの居場所を知っているんだろ?」
「それはオレを満足させたら教える、そういう約束だったでしょ? カイル兄さん、ダメダメだよ。女の子を急かすと、ロクなことになりやしない」
「そ、それはそうなんだけど……」
追いかけながら訊ねると、まるでからかうようにエルは笑う。
コロコロとしたその声に思わず、ボクは言葉を窮してしまった。たしかにこの少女の言う通りで、そういう約束のもとに、ボクは彼女を案内している。
エルの要望は、夜までの時間デートすることだった。
その相手がなぜボクなのか。
そして、そもそも彼女が何者なのか。
疑問は尽きることがなかったが、それでも条件を呑まざるを得なかった。
「ねぇ、兄さん? 一つ良いかな」
「質問、かな。ボクに答えられることなら」
はやる気持ちを抑えながら後を追っていると、不意にエルはそう口にする。
なんだろうか。この街についての質問だったら、きっと答えられると思うけど。――ボクはそう考えながら、一段上の位置からこちらを見下ろす少女を見上げた。
すると、そこにあったのは悪戯っぽい笑顔。ちらりと覗く八重歯。細められる眼差しには、どこか妖艶な輝きすら宿っていた。
エルは、こう問うてくる。
「恩人が、過去に大罪を犯していたとして――カイル兄さんは、庇うのかな?」
そう、まるで予言をするかのような鋭さで。
「え……。それって、どういう意味なの?」
「そのままの意味だよ。カイル兄さんの恩人――隠す必要もないか。ダース・ミリガンが、極悪人だったとして、その罪や罰を、兄さんはどう捉える?」
「院長の、罪――だって?」
理由は分からなかった。
エルの言葉を耳にした瞬間に、ボクの背筋には砂が流れ落ちていった。
困惑しか出来ない。まるで、事態が把握できない。そして何よりも、この少女が何者なのかという謎が、ボクの頭の中を支配していた。
「エル、キミはいったい……?」
掠れた声が出た。
意味もなく、訳も分からず手のひらに汗が滲む。
呼吸が乱れそうになるのを必死に抑えて、改めて少女を見上げた。
「オレは、ちょっとした復讐者だよ。そして――」
エルはボクの問いかけに、そう答えて――。
「おっと、思ったよりも早かったね。そろそろ行かないと、手遅れになっちゃうかも? カイル兄さん、孤児院に向かった方が良いよ。あははっ!」
「ちょ、待って!? エル――!」
唐突に、無邪気に笑ったかと思えば。
エルは人の波の中に消えていってしまった。ボクに、手がかりを残して。
「孤児院……? ここからなら、すぐだけど」
――いいや。考えるのは、そこに着いてからでいい。
いやな予感がした。
ボクは、エルのことを頭の中から削除して駆け出す。
そして数分の時を経て、孤児院の前にたどり着くのだった。そこには――。
「え…………?」
信じられない光景が、広がっていた。
「院長……それに、ココさん……?」
そこにいたのは、互いに血塗れになっている院長とココさんの姿。
どちらの血なのか、それは定かではなかった。だが双方ともに肩で呼吸をして、今にも倒れてしまいそうな、そんな状態だ。日は傾き、血は徐々に色を濃くする。
赤黒く。鮮やかなそれは、宵の闇の中に。
「カイル、様……?」
その時だ。
ココさんがボクの存在に気付いた。
そして、一瞬の油断を見逃さなかったのは――院長だ。
「待っ――!?」
止める暇すらなかった。
院長は手に持った、ナイフを一直線に――。
「が、は……!」
――ココさんの胸に、突き立てていた。
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