3.行方不明と、出会い
「ココさん……? どうしたですか?」
「いえ。なんでもないの、なんでもないのよ……ニナ」
「そんなはずがないです! ココさん、すっごい汗かいてます!! もしかして、まだ風邪が治っていないんじゃないですか!?」
「違います。ニナ――貴女には、関係ないの」
「ココ、さん……?」
使用人用の一室にて、ニナはココに問いかけていた。
普段あまり苦しげな表情を浮かべないココ。だがそんな彼女は今、隠しきれない苦痛に顔を歪めていた。ニナはその異変にいち早く気づき、彼女をベッドに寝かせたのだ。しかし、少女の呼びかけにも首を左右に振り続けるココ。
そしてうわ言で、こう口にするのだ。
『私の心ではない、入ってこないで』――と。
「ココさん! いま、カイルさまを連れてくるです! 待っててください!」
「ニ、ナ……」
あからさまな異常事態。
ニナは主を探しに部屋を飛び出していった。
その背中に視線を送りながら、ココは湿った息を吐き出す。
「一人に、しないで……ニナ」
彼女はそう口にしたが、それは届くことなく宙に溶けた――そのように思われた。しかし、それを拾い上げる者があったのだ。それは、とても無邪気な声で。
その者は、ココの耳元で囁くように答えた。
『安心しなよ。キミには、オレがついてるからさ』――と。
少女のそれは、ココの脳髄に沁み込んでいく。
全身を麻痺させて瞬間、呼吸を止めるには十分なものだった。
『キミの境遇は、オレと似ている。だから――仲良くなれると思ってるんだ』
「やめろ、私はやめると誓ったんだ。あの子が――ニナが悲しむから……」
『でもそれは、キミの本心ではない。本当のキミは、殺したくて殺したくて仕方ないはずだよ? あの男を――ダース・ミリガンのことを』
「…………っ! やめて、お願い――!」
悲鳴が上がった。
それと同時に、小さな少女の笑い声。
「ココさん!? どうされたのです――ココ、さん……?」
それを聞きつけたニナが、部屋の中に飛び込んでくる。
だがそこには――もう、誰の姿もなかった。
◆◇◆
「ココさん、どこに行ったんだ……」
ボクは街を歩きながら、そう漏らした。
エリオからの報告を受けた後に、ニナの話を聞いたボクらは各々にココさんの捜索することに決めた。原因不明な家族の行方不明は、これで二回目。
状況自体は前回のリリスさんと似ていた。
それでも、今回はなにかが決定的に違う気がする。
直前のココさんの状態を聞くに、自分から彼女が消えるとは思えなかった。つまりこの事件の裏側には、第三者の思惑が働いている、ということだ。
そうなってくると、なるだけ慎重に動くべきなのだろう。
だけど――。
「ニナに、あんな顔で泣かれたら――ね」
誰よりもココさんのことを知っている、仲の良い少女の顔を見た。
それだけで、今回は危険を度外視しなければならない。そう思わされた。泣きじゃくるニナの姿は、それ程までに胸に突き刺さったのだ。
しかし、その思いとは裏腹に捜索は難航を極めそうだった。
「なんの手がかりもなし、それでどこを探せば……」
あのエリオでさえ、首を左右に振ったのだ。
情報ゼロ。さしもの少年でさえ、それでは探しようもない。
「どうしようか――」
ボクは立ち止まり、空を見上げてそう呟いた。
その時だった。
「もしもし? なにか、お困りですか。お兄さん?」
「――え?」
そう、こちらに声をかける人物があったのは。
振り返るとそこに立っていたのは、ゴスロリドレスを着た女の子だった。緑の髪に、真っ赤な瞳。ニッと笑うその少女に、ボクはつい呆気に取られる。
でも今は、それどころではなかった。
なので頬を掻きながら、その女の子に答える。いま油を売っている暇は――。
「ありがとう、でも少し急いでいるから――」
「お兄さん。人探ししてるんでしょ? オレ、その人を見かけたよ」
「……え、なんだって?」
しかし、その少女は思いがけないことを口にした。
ボクは目を見開いて彼女を見る。すると、緑の子は無邪気に笑った。
「エルフの女の人だよね!」
「キミは、いったい……?」
無意識に口にしたボクの問いかけに、彼女はこう答える。
なんてことないよ、とそう言いながら。
「オレの名前は――そうだね。エル、とでも呼んでくれれば!」
そう名乗るのだった。
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