2.ニナの幸せ
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新しい朝がやってくる。
リリスさんがこの家を去って一週間が経過していた。
元々持て余すような空間ばかりだったのだけど、一人がいなくなるとよりいっそうに広く、寂しく感じられる。だけども、振り返ってはいられない。
大きな欠伸をしながら、ボクは朝食を摂りにリビングへ向かっていた。
その時だ。後方から、大きな声が聞こえた。
「カーイールーさまっ! おはようございますっ!」
「おわっ!? 誰かと思ったら、ニナか。ビックリしたなぁ……」
「あははっ、今日はカイルさまもお寝坊さんなのです? レミアさまは相変わらずですけど、最近は少しだけマシになってきたですね!」
「はは、たしかにね。そう言えば、ココは?」
その正体はヴァーナの少女、ニナだった。
元気印な彼女の襲撃――完全に後ろから抱き付かれている――を受けながら、ふと気になったことを訊ねる。それは相方、といっても良いほど一緒に行動をしている、もう一人の給仕について。つまりはココのことだが、彼女はニナの保護者的立場であり、常に共に行動しているのだ。
それが今朝はどうしたわけか、その姿が見えなかった。
「あー、ココさん。少しだけ体調を崩してしまったです」
「えっ? それはいけないな。看病に行かないと……」
ニナは何やら詰まりながら答える。
だがその時のボクは特段気にならず、当然のようにそう口にした。
すると獣人族の少女はどこか慌てたような表情になり、より強くしがみ付く。
「だいじょーぶ、なのですっ! むしろ、風邪を移してしまうと思うので、ココさんも余計に気を遣ってしまうのです! なので、ニナに任せてくださいっ!」
「う……? そう、なのかな。それじゃ、とりあえずよろしくね?」
「はい! ……あ、ところで朝ごはんができてますよ!」
「あぁ、それなら食べに行こうか」
「はい、なのですっ!」
そして、何やら上手く丸め込まれて。
ボクらはひとまず、朝食を摂りに改めてリビングを目指すのだった。
◆◇◆
――朝食を終えて。
ボクはなんとなく中庭を散策していた。
その隣には、どういうわけかニナがべったりと張り付いていて……。
「その、今日はどうしたの?」
「えへへっ! たまにはニナが、カイルさまを独占するのです!」
「独占って……。そんなことしても、特に面白いことはないと思うんだけど」
「面白いし、楽しいですよ? 少なくともニナは、カイルさまとお話しているのが嬉しいです! ……もしかして、カイルさまは嫌、なのですか?」
とりあえず、丁度いい高さの花壇に腰かけてニナに声をかける。
すると少女は眉をひそめて、悲しそうにそう漏らした。表情は今にも泣き出しそうなそれになっており、ボクは慌ててそれを否定する。
「そ、そんなことないよ!? ボクだって『家族』とお話するのは大好きさ!」
「よかった! ニナは嬉しいです! カイルさまは、ニナたちを『家族』だって言ってくれるですからっ! ニナはカイルさまが大好きです!!」
「あ、あはは……。そっか、ありがとう」
「にへへっ!」
こちらの言葉に、ニナはふわふわの髪をなびかせながら抱き付いた。
どうしたのだろうか。今日はいつにも増して、この子のスキンシップが激しいような気がする。これはアレだ。雇い主、そして一家の長として話を聞かねば!
そう思ったボクは少しだけ彼女の頭を撫でながら、こう訊ねた。
「どうしたの、ニナ? 不安なことでもあったかな」
「にゅ……。不安なこと、ですか?」
ニナはそれを受けて、くりっとした瞳でこちらを見上げながら首を傾げる。
そして、唇に人差し指を当てながら少しだけ考えて言った。
「なーにも、ないですよ! ニナは今がとても幸せなのです!」
人懐っこい、満面の笑みを浮かべて。
おもむろに立ち上がった彼女は、くるりくるり、ミニスカートの給仕服をドレスかのように着こなしながら踊ってみせた。そして、ピタッと止まった時。
後ろ手を組み、前かがみになりながらボクにこう告げた。
「たくさん辛いことありましたけど、それももう少しで終わるかもなのです。だから、これからのニナはずっと幸せ! 不安なんて、あるはずがないのです!!」
そう、どこか遠くを見るように。
どこか、触れれば壊れてしまいそうな儚さで。
ボクはそんな少女の、少し大人びた一面に息を呑んでしまった。
「あ……。でも、そろそろ時間かもですね。またあとで!」
「え、ちょっと待って、ニナ!?」
そうして呆けていると、彼女はパタパタと駆けていってしまう。
その後ろ姿を見送りながら、ボクはこう呟いた。
「たくさん辛いこと、か……」――と。
ボクは、ニナがこの街を訪れた頃。
そしてこの街にやってくるまで、どんな生活を送っていたか知らない。もしかしたら、想像を絶するような生活をしていた可能性もある。
そんな考えが浮かんでは、胸がチクリと痛んだ。
「ニナ……」
そして、その名前を口にした。
その時だった。
「カイルよ。ずいぶんと、あの娘と仲が良いではないか」
背後から、あからさまに怒っているレミアの声がしたのは。
不必要に肩を驚かせて振り返ると、そこには笑顔でない笑顔を浮かべる、真っ赤な少女の姿があった。彼女は傘をさして、なんともお上品にたたずんでいる。
「どう、したの? レミア……」
「いいや? どうしたも、なにもない。ただ単に、お主が楽しそうだから、それを微笑ましく見守っていただけのこと。決して他意はないぞ?」
「そ、そうですか……」
「うむ。気にするな」
「…………」
「…………」
互いに無言になる。
なんでだろう。もの凄く気まずかった。
笑みを浮かべたままのレミアに対して、こっちは冷や汗が出てくるし。
結局その後も、レミアの機嫌はなぜか悪いままだった……。




