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2.ニナの幸せ

書籍版は3/4発売。予約受付中です!!





 新しい朝がやってくる。

 リリスさんがこの家を去って一週間が経過していた。

 元々持て余すような空間ばかりだったのだけど、一人がいなくなるとよりいっそうに広く、寂しく感じられる。だけども、振り返ってはいられない。

 大きな欠伸をしながら、ボクは朝食を摂りにリビングへ向かっていた。

 その時だ。後方から、大きな声が聞こえた。


「カーイールーさまっ! おはようございますっ!」

「おわっ!? 誰かと思ったら、ニナか。ビックリしたなぁ……」

「あははっ、今日はカイルさまもお寝坊さんなのです? レミアさまは相変わらずですけど、最近は少しだけマシになってきたですね!」

「はは、たしかにね。そう言えば、ココは?」


 その正体はヴァーナの少女、ニナだった。

 元気印な彼女の襲撃――完全に後ろから抱き付かれている――を受けながら、ふと気になったことを訊ねる。それは相方、といっても良いほど一緒に行動をしている、もう一人の給仕について。つまりはココのことだが、彼女はニナの保護者的立場であり、常に共に行動しているのだ。


 それが今朝はどうしたわけか、その姿が見えなかった。


「あー、ココさん。少しだけ体調を崩してしまったです」

「えっ? それはいけないな。看病に行かないと……」


 ニナは何やら詰まりながら答える。

 だがその時のボクは特段気にならず、当然のようにそう口にした。

 すると獣人族の少女はどこか慌てたような表情になり、より強くしがみ付く。


「だいじょーぶ、なのですっ! むしろ、風邪を移してしまうと思うので、ココさんも余計に気を遣ってしまうのです! なので、ニナに任せてくださいっ!」

「う……? そう、なのかな。それじゃ、とりあえずよろしくね?」

「はい! ……あ、ところで朝ごはんができてますよ!」

「あぁ、それなら食べに行こうか」

「はい、なのですっ!」


 そして、何やら上手く丸め込まれて。

 ボクらはひとまず、朝食を摂りに改めてリビングを目指すのだった。



◆◇◆



 ――朝食を終えて。

 ボクはなんとなく中庭を散策していた。

 その隣には、どういうわけかニナがべったりと張り付いていて……。


「その、今日はどうしたの?」

「えへへっ! たまにはニナが、カイルさまを独占するのです!」

「独占って……。そんなことしても、特に面白いことはないと思うんだけど」

「面白いし、楽しいですよ? 少なくともニナは、カイルさまとお話しているのが嬉しいです! ……もしかして、カイルさまは嫌、なのですか?」


 とりあえず、丁度いい高さの花壇に腰かけてニナに声をかける。

 すると少女は眉をひそめて、悲しそうにそう漏らした。表情は今にも泣き出しそうなそれになっており、ボクは慌ててそれを否定する。


「そ、そんなことないよ!? ボクだって『家族』とお話するのは大好きさ!」

「よかった! ニナは嬉しいです! カイルさまは、ニナたちを『家族』だって言ってくれるですからっ! ニナはカイルさまが大好きです!!」

「あ、あはは……。そっか、ありがとう」

「にへへっ!」


 こちらの言葉に、ニナはふわふわの髪をなびかせながら抱き付いた。

 どうしたのだろうか。今日はいつにも増して、この子のスキンシップが激しいような気がする。これはアレだ。雇い主、そして一家の長として話を聞かねば!

 そう思ったボクは少しだけ彼女の頭を撫でながら、こう訊ねた。


「どうしたの、ニナ? 不安なことでもあったかな」

「にゅ……。不安なこと、ですか?」


 ニナはそれを受けて、くりっとした瞳でこちらを見上げながら首を傾げる。

 そして、唇に人差し指を当てながら少しだけ考えて言った。


「なーにも、ないですよ! ニナは今がとても幸せなのです!」


 人懐っこい、満面の笑みを浮かべて。

 おもむろに立ち上がった彼女は、くるりくるり、ミニスカートの給仕服をドレスかのように着こなしながら踊ってみせた。そして、ピタッと止まった時。

 後ろ手を組み、前かがみになりながらボクにこう告げた。


「たくさん辛いことありましたけど、それももう少しで終わるかもなのです。だから、これからのニナはずっと幸せ! 不安なんて、あるはずがないのです!!」


 そう、どこか遠くを見るように。

 どこか、触れれば壊れてしまいそうな儚さで。

 ボクはそんな少女の、少し大人びた一面に息を呑んでしまった。


「あ……。でも、そろそろ時間かもですね。またあとで!」

「え、ちょっと待って、ニナ!?」


 そうして呆けていると、彼女はパタパタと駆けていってしまう。

 その後ろ姿を見送りながら、ボクはこう呟いた。


「たくさん辛いこと、か……」――と。


 ボクは、ニナがこの街を訪れた頃。

 そしてこの街にやってくるまで、どんな生活を送っていたか知らない。もしかしたら、想像を絶するような生活をしていた可能性もある。

 そんな考えが浮かんでは、胸がチクリと痛んだ。


「ニナ……」


 そして、その名前を口にした。

 その時だった。


「カイルよ。ずいぶんと、あの娘と仲が良いではないか」


 背後から、あからさまに怒っているレミアの声がしたのは。

 不必要に肩を驚かせて振り返ると、そこには笑顔でない笑顔を浮かべる、真っ赤な少女の姿があった。彼女は傘をさして、なんともお上品にたたずんでいる。


「どう、したの? レミア……」

「いいや? どうしたも、なにもない。ただ単に、お主が楽しそうだから、それを微笑ましく見守っていただけのこと。決して他意はないぞ?」

「そ、そうですか……」

「うむ。気にするな」

「…………」

「…………」


 互いに無言になる。

 なんでだろう。もの凄く気まずかった。

 笑みを浮かべたままのレミアに対して、こっちは冷や汗が出てくるし。



 結局その後も、レミアの機嫌はなぜか悪いままだった……。


 


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