4.規格外の戦闘
ボクは上層へ向かって駆けていた。
Sランクの前衛がやられた状況で、たかがBランク魔法使いに過ぎないボクにできることなどない。リリスさんが逃げろと指示したのも、当たり前のことだった。
「はっ、はっ、はっ……」
冒険者だって、無謀ばかりの博打をし続けているわけではない。
生き残ってこその価値があった。
そう、生きていてこそ。
その冒険者には、価値があるのだ――。
「――――――――――」
そう、生きていてこその。
ボクはそこまで考えて、足を止めた。
いいや。そうじゃない――その言葉は、そんな意味じゃない。
「冒険者は、生きていてこそ……」
冒険者は生きていてこそ、価値がある。
これは、冒険者ならば誰もが知っている鉄則だった。
でも、それの示す本当の意味とはいったい何なのか……。
「………………」
ボクはその意味を考えて、踵を返すのであった。
◆◇◆
私は目を疑った。
杖を剣のように構えた青年が、立っていることに。
そして、彼の目の前には――息絶えたヒュドラが転がっていたことに。
「これ、は……?」
見ればヒュドラの身体は、何かしらの力によって大きくひしゃげていた。
その分厚い皮に覆われた身体は、広く深く陥没している。これは、魔法によるものなのか。いいや、カイルくんはBランクの魔法使いだと言っていた。
ならば何故、ヒュドラはそこで倒れている……?
その理由が判然としなかった。
それでも、次に言うべき台詞を私は知っていた。
「何をやっているんだ、カイルくん! 早く逃げるんだ!!」
叫ぶのだ。
この青年を、死なせないために。私の一方的な申し出で連れだし、私の油断によって危機に晒されることになった、この青年のことを。
だが、彼はそこに立っていた。そして真剣な眼差しでこう言う。
「仲間を見捨てたら冒険者失格、です……」――と。
震えた声で、それでもハッキリとした意思を込めて。
彼が口にしたのは、おそらく『冒険者の誓い』のことだった。誰もが忘れているが、それは冒険者カードにも刻まれている。
その一、仲間を重んじるべし。
その二、生きていてこそ価値がある。
その三、すべての者に愛され、尊ばれる者となれ。
しかし今に限っては、そんな綺麗事を言っている場合ではなかった。それに彼の行為は『誓い』に則っているものの、その反面、反している。
「馬鹿かキミは! 死ぬぞ、このままではっ!」
「死にません! 逃げた方が死んでしまいます!」
「なっ……!?」
だが、私の言葉にカイルくんは反発した。
そして声を失する私の方を見て、彼はこう笑うのだ――。
「ボクは、いま逃げては『冒険者として』死んでしまうのです。他の人がボクを許してくれても、きっと、ボクはもう胸を張って『冒険者として』は生きられない」
――だから、と。
彼は杖を構えて前を見据える。
迫りくる、巨大な数多の敵を待つのであった。
「ボクは決して、仲間を見捨てるようなことはしない!」
「カイルくん……」
なるほど、私は彼という人物を理解する。
彼はどこまでも『冒険者』なのだ。それはきっと、こうありたいと。そのように生きたいと、心に誓っているから。私のような半端者とは異なり、本当に……。
「……行きます!」
そして、その直後であった。
私が再びこの目を疑うこととなるのは……。
「でやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!?」
悲鳴に近い叫び声と共に、カイルくんは疾走した。
それはまさしく疾風の如く。Sランクの私が目で追えない速度で、物陰から姿を現したヒュドラの前へ。続いて、渾身の力で杖を振るった――!
――刹那。音が消え失せ、時が止まった。
断末魔さえない。
ヒュドラの腹部には衝撃によって生まれた大穴。
九つの首は各々に赤い眼を剥き出し、薄汚れた血を吐き出した。一目見て確信が持てる。カイルくんの放った一撃は、ヒュドラに致命傷を与えた。
「そんな、彼はいったい……」
私は思わずそう呟く。
しかし、答える者はおらず。
そこからはただ、カイルくんの圧倒的な強さを見つめることになった……。
◆◇◆
ボクには、リリスさんのような戦闘技能はない。
だから出来ることと言えば、それはただひたすらに杖でヒュドラを殴ること。
「――――――――――」
恐怖心で、ついに脳が麻痺したのだろうか。
次第に視界は狭くなっていった。しかしそれでも、標的であるヒュドラは逃さない。一体、また一体と殴りつけていく。運がいいことに、どれも個体的には弱いモノばかりのようだった。
何故なら、ボクなんかの攻撃で倒せるのだから。
そうでなければ、こんなに上手くいかない。
ボクはそう考えて油断することなく、次々と攻撃を加えていった。
「――――――――――」
――あぁ、そうしていると。
浮遊感が、ボクを支配していくのであった。
だんだんと身体の感覚が消えていく。そして、とうとう――。
「――カイルくんっ!?」
リリスさんのボクの名を呼ぶ声を最後に、意識は途切れるのであった……。
◆◇◆
私は残る痛みをこらえながら、倒れ込んだカイルくんのもとへ駆け寄った。
「カイルくん、カイルくん! 大丈夫か!?」
そして、何度もその名前を呼ぶ。
脈を確認すると、やや速くはあったものの正常の範囲内であった。
呼吸も問題なく行われていることから、決してヒュドラの毒によって倒れたのではない、ということが分かる。そのことに、私はホッと胸をなでおろした。
「しかし、これは……」
だが、次に意識がいったのは周囲の状況である。
暗がりの中でも分かった。大量の魔素の大結晶が、そこに転がっている。
それもそのはずだ。カイルくんは、三十余りのヒュドラを屠ったのだから。いいや――正確には、もっと多いのかもしれない。
「………………」
私は、自身の腕の中で静かに寝息をたて始めた青年を見た。
杖を剣のように振るいて、Aランクの魔物をいとも容易く倒す魔法使い。それはあまりにも常軌を逸しており、常識では計れない存在だと言えた。
息を呑む。
抱く感情は、畏敬の念にも似たものであった。
「ありがとう、カイルくん……」
素直に感謝を述べる。
この規格外の青年に救われたこと、そして出会えたことにも。
私は間違いなく、彼に命を救われた。また、そのことで未来に光が差した。
そのように、思われたから。
だから、私はある決心をしたのであった……。
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