7.別れ その2
「それじゃあ、私たちは行くよ」
「本当に、ありがとうございました!」
街の外れにある門の前。
そこで、二人――リリスさんとヴィトインさんを見送った。
こちらに背を向けた彼らは、もう振り返ることなく歩いていく。やがて姿は見えなくなり、その場に残されたのはボクと、真っ赤な少女ことレミアだった。
「レミアは、ヴィトインさんと一緒に行かなくても良かったの?」
「む……? なにを今さら、どうしたのだ」
「いや、やっぱりね……」
二人きりになって、つい思っていたことを口にしてしまう。
すると彼女はムッとしたような顔になった。ボクとしては父親と一緒にいた方が良いのではないか、と。そう考えただけなのだが、どうにもこの子には思うところがあるらしい。大きくため息をついてから、グッと顔を近付け、こちらを睨み上げた。
そして、こう言う。
「妾までいなくなってしまっては、お主が寂しいであろう! ルゥは家族というより使い魔に近い。そしてエリオは――なんというか、怪しいではないか!!」
「いや、うん。まぁ、そうなんだけど……」
「それに妾は、お主に返しても返し切れぬ恩があるからな! あの馬鹿親父は調べることがあると出ていったが、こちらはそうはいくまい」
もの凄い早口で、こちらを捲し立てるレミア。
どことなく頬が赤いのは、いったいどういうことなのだろうか。
だがそれはともかくとして、やはりボクからしたら血の繋がりのある人と一緒にいた方が、彼女のためになるのではないかと。そう思うわけで――。
「いま、お主まさか――『ボクは血の繋がりがないから』とか、変なことを考えていたわけではあるまいな?」
「…………う」
――図星を突かれた。
その鋭さについ声を詰まらせてしまった。
するとそんなボクの様子を見て、レミアはもう一つ大きなため息。そしてジト目でこちらを見ながら、こう言うのだった。どこか、拗ねたように……。
「馬鹿者……それを決めるのは、妾であろう」――と。
消えるような声で。
「え、それって――」
「だーかーら! 妾はあの馬鹿親父よりも、お主という『家族』が大切だと判断したのだ! それともなにか、カイルはもしや……!」
一瞬だけ膨れ上がり、しかしすぐにまた萎んで。
「妾と一緒にいるのは……いや、なのか?」
潤んだ瞳でそう言った。
それを見てしまうと、こちらに反論の余地はなかった。
三百余りという実年齢には程遠い、幼い表情。それに思わずボクは、
「…………なっ!? なぜ、なぜ笑うのだ!?」
「ごめんごめん、いや。その――」
吹き出して、こう言ってしまった。
「なんか、レミア可愛いな、って思って」――と。
それは素直な感想なのであったが、どうやら少女にとっては衝撃だったのだろう。瞬間的な硬直のあとに、小刻みに震えたかと思えば……。
「か、かわかわかかかかか、かわいいぃ…………だとぉっ!?」
それこそ、真の意味で赤の少女となり。
今にも泣き出しそうな表情で、そう言うのであった。
そのリアクションにボクは首を傾げ、彼女の挙動を見守る。そうしていると、レミアはゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと動きながら、回れ右。
ボクたちの家に向かって歩きながら、こう言うのだった。
「か、帰るぞ! い、いいな、カイル!!」
先に行ってしまう少女の後ろ姿を見送って、もう一つ首を傾げる。
しばし考えるが、結論は出なかった。
「まぁ、いっか」
なので、そう口にしてからレミアを追いかける。
そうして今日も、一日は過ぎていく。一つの別れを経て……。
◆◇◆
これは、夢のひとかけら。
とある男が見た、束の間の記憶の断片だった。
「お前は逃げるのだ、いいな! ――エレミア!!」
一人の男がいた。
漆黒の鎧を、黒き力を身にまとった男だ。
薄暗い部屋の中であるため、その顔は判然としなかった。だがそれでも、夢を見ている者は、その男が何者であるのかを感じ取る。
間違いない。この男こそ、かの『魔王』だ――と。
エレミアという名を呼ばれた女性は、啜り泣きながら彼に背を向けた。
その腕の中に一人の赤子を抱きかかえて。彼女は暗く、長い闇の中へと身を投じた。互いに理解しながら。そう――これが、今生の別れとなると。
その光景だけで、二人がいかに愛し合っていたのかが分かった。
だがしかし、現実は残酷だ。
大切な宝物を彼女はいずれ、手放さなければならないだろう。
この夢を垣間見る男は、それを知っていた。何故なら、その赤子の名は――。
「――『カイル』を頼むぞ。エレミア」
◆◇◆
そこで、目が覚める。
ヴィトインは、繰り返し見た夢を必死に記憶に留めるよう心がけた。
「カイルくん、キミは……」
あまりにも悲しい夢。
どうして、エレミアという女性の見た光景を夢見るのか。ヴィトインにはその理由が分からなかった。それでもいつからか、という情報から推測できる。
間違いないのだ。これは、カイルに命を救われたあの時から。
すなわち、これは彼に関する重要な情報だった。
「師匠、また例の夢ですか……?」
「……あぁ、すまない。リリスくん、起こしてしまったね」
「くん付けは、もういいです。昔のようにリリスと呼んでください」
少し膨れ面をする女性に、小さく微笑みかけるヴィトイン。
しかしすぐに真剣な表情となり、息をついた。
「これは、やはり単なる偶然ではない。巻き込んでしまってすまないね」
「いえ。これもまた、私がカイルさんのためにできる、恩返しだと思ってますから。多少の危険は承知の上です」
「多少の危険、か……。ははっ、きっと彼が聞いたら怒りそうだ」
「ふふふっ、そうですね」
何気ないやり取り。
だが、それもここまでだ。
「師匠、もう数日で――魔王軍の領地に入ります」
「分かっているよ」
まだ明け方。
しかし、もう完全に目が覚めてしまった。
そのためヴィトインは、少し早めに出立の準備をする。
「数十分後には出るよ。準備はいいかい?」
「はい。大丈夫です」
短く答えるリリス。
ヴィトインは迷いのないその言葉に頼もしさを感じ、もう一つ息をついた。そして目的を改めて口にする。そう、それとは――。
「――カイルくんの出生。それはきっと、世界の『歪み』と繋がっている」
あの青年の存在。その正体。
この世界の命運を握るといっても過言ではない、重大な事項だった。




