5.理想の未来は
――レミアの記憶。
その中で笑うヴィトインは、父はこう言っていた。
「決して、恐怖などで相手を支配しようなんてしてはならない。すべての者が平等であり、対等に意見することのできる素敵な関係を築かなければならないよ」
「お父様? それって、つまりどういうことなのですか?」
幼い少女は、父に問いかける。
首を傾げる愛娘に対して、彼はこう答えるのだ。
「いいかい? 素敵な関係を表す良い言葉が、あるんだよ」
「それとは、どういう言葉なのですか?」
「ははは、それはね――」
ヴィトインは、その名前を口にした。
「『家族』と、いうんだよ」――と。
いつだったか、それは忘れてしまった。
それでもレミアの記憶には、その場面が残っていた。
遠い遠い、三百年の時の中でも、いまだ残り続ける大切な言葉。
◆◇◆
「お父様……お父様ッ!!」
それを思い出した。
仰向けに倒れ、生死の境を彷徨う父を見て。
レミアは大粒の涙を流しながら、そう言っていた父を思い出した。
「どうして、どうしてなの……? どうしてこんな!」
普段の口調はどこかへ消えて、少女は父の手を握る。
外見年齢に相応な表情で泣きじゃくっていた。
「これはね、私の責任なんだよ。私が、間違っていたんだ……」
「間違っていた……?」
そんな彼女をあやすように、ヴィトインは語る。
もはやハッキリと見えないであろう目で、必死に娘の姿を探しながら。
「この世界は、私たちヴァンパイアを爪弾きにした。しかしその選択をする際に、私はあまりにも無知だった。それ故に、致命的な間違いを犯してしまった」
「致命的な、間違い……?」
「この世界は歪んでいる。あまりにも歪んでいる。そのことを知らなかったばかりに、私たちヴァンパイアは種を絶やしてしまう結末となった」
掠れた声で話す父に、レミアは震えた声で相槌をうつ。
そうしていると、次にヴィトインはリリスのいるであろう方を見た。
「そして、間違いの二つ目。私はリリスくんの人間としての生涯を、その在り方を歪めてしまった。彼女は私と関わらなければ、きっと平和な未来を手にしていたはずだ。それを歪めて、あまつさえ苦しみと共に長らえさせたのは、他でもない私なんだ」
「師、匠……。そんなっ!」
正気に戻ったリリスは、その言葉を聞いて首を左右に振る。
決してそんなことはない、と。呼吸を荒らげながら、このように伝えた。
「私は、師匠を恨んでなんか……! むしろ感謝しているのです。あのままでは、私はただ死んでいくだけだった。それがどれだけ悲しいことか!」
彼女も、ヴィトインの手を取って。大粒の涙を流しながら。
「私が貴方を探していたのは、ただ――もう一度お会いして、感謝を伝えたかったから。ある日、貴方が私に言ってくれた言葉を信じていたから……!」
「あぁ、それは……なんだったかな。すまない、私も老いたのかもしれない」
こんな時に、冗談を口にするヴィトイン。
そんな彼に対して少し怒ったように、しかし悲しみを秘めながら――。
「『家族』――です! ヴィトイン卿は、私を『家族』の一人だと言って下さった! それだけで、私はこの百年の旅を続けてこられた……!」
「――『家族』」
その言葉に、反応を示したのはレミアだ。
ポツリと漏らした少女は、リリスと父を交互に見て、こう叫んだ。
「お父様――貴方は、また間違いを犯そうとしています! あの日、妾にも話して下さったではないですか! 『家族』は対等な存在だって!!」
だったら、どうして一人で抱え込んだのですか、と。
レミアの口にするそれは、次第に消え入るような声になっていく。
「あぁ、そうか――」
それを聞いて、ヴィトインは自嘲気味な笑みを浮かべた。
「――私は、また間違えた、のか」
そして、ゆっくりと目を閉じようとした――その時だ。
こんな声を上げる人物があった。
「このまま死ぬなんて、絶対に許されませんよ!!」――と。
それは、一人の青年――カイル。
彼はどこか悲しげに怒りを露わにして、彼らのことを睨んでいた。
◆◇◆
どうして、一人で抱え込む人が多いんだ。
どうして、誰かに相談しようと思う人はいないんだ。
どうしていつも、クリムだって、ヴィトインさんだって――。
「…………カイ、ル?」
突然に声を上げたボクに、レミアは驚いた表情を向けていた。
それでも、胸に湧き上がってくる感情は抑えきれない。この自分勝手な人に対する怒りと、それと同時に慈しみと。救いたいと思う、その気持ちは……。
「『家族』なら、最後までその人たちを笑顔にしないと駄目なんです!」
ボクは駆け寄り、ヴィトインさんの身体に触れる。
出来ることはないと分かっていた。それでも、どうにかしたいと思った。
「あぁ、そうだね。そうだった。私の間違いは、もしかしたら――」
そうしていると、彼は穏やかな表情でそう言って。
「最初から、その一つだったのかもしれないな」
ゆっくりと、目を閉じた。
二度と開かれることはない。そう、分かった。
呼吸は完全に停止して、レミアとリリスさんの呼びかけにも応じない。彼の命はここに終わりを迎えて、その灯火はついに消え去ったのだ。
悲鳴が上がる。
レミアと、リリスさんの。
それは、誰も望んでいなかった結末だった。
一人のヴァンパイアの死。
それは、一人の父親の死を意味し、同時に家族の喪失を意味していた。
百年――いいや。三百年以上に渡る物語の結末としては、下の下だと云えた。誰も報われない。誰も喜ばない。誰も、笑わない。
それでも、現実だ。
それが、避けようのない事実だ。
もうこれは、いかなる手段をもってしても覆すことが出来ない。
――そう。神の如き、力がなければ。
ボクは息を呑み、そしてせめて安らかにと願いを込める。
そして、ヴィトインさんの遺体に優しく触れた。
「――――――え?」
その時だった。
身体の中から、淡い光が放出されるのを感じたのは。
「これ、は……」
暖かい光。
それに、ボクたちは言葉を失う。そして――。
「うそ……」
レミアの呟き。
その先に待っていたのは、信じられない未来だった。




