1.これは一人の少女の話 3
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一瞬でも気を抜けば、負ける戦いだった。
神から授けられたという武器の数々は、的確にヴィトインに傷を付けていく。
しかしそれでも、ここで死ねないという気持ちの強さで勝ったのか、最終的にその場に立っていたのはヴィトインだった。呆然とへたり込むリリスと二人で、天を仰ぐ。気付けば日は落ちて、空には闇が広がっている。
星はない。
分厚い雲に隠されてしまっていた。
「師匠……?」
リリスは不安気な声で、そうヴィトインに語りかける。
彼女の胸にあったのはいかなる感情だろうか。おそらくは微かな希望と、しかし先ほどのヴァンパイアハンターの口にした言葉による不信と、それがない交ぜになっているように思われた。少なくとも、少女の顔に浮かんでいるのは、そんな色だ。
「嘘、ですよね? 私たちが神様に見捨てられたなんて……」
そして、ついにそう訊ねた。
リリスは瞳を潤ませて、いまにも泣き出しそうな表情。
「……………………」
ヴィトインは答えない。
天を見上げたまま、何かを考えている様子だった。
「……師匠、真実を教えてください!」
そんな彼に、こらえ切れなくなったリリスは声を張り上げる。
さながら悲鳴のようなそれは、静かな森の中に響き渡って溶けていった。再び訪れた沈黙に、少女は唇を噛む。そして、もう一度だけと口を開けた時。
「私たちヴァンパイアは、世界から爪弾きにされたんだよ」
「――――え?」
ヴィトインがついに、そう口を開いた。
彼は悲しげに笑ってこう続ける。
「我々は人の形をしながら、それでいて人とは異なる。神はそのことをついに許さなかった。我らを一介の魔物として断じて、駆逐を始めたんだ」
「そんな……!」
明かされた事実に、リリスは息を呑んだ。
覚悟はしていたのだろう。それでもしかし、目の前に突き付けられると話は別だった。人間としての記憶のある彼女は、それによって苛まれる。
だが、彼女の中にはまだ知りたいことがあった。
それを詰まりながらも、どうにか言葉にする。
「我々の敵は、魔王軍ではなかったのですか……? 神様はそれでも、私たちを邪魔者として消し去るというのですか!?」
「……………………分からない。ただ、それが事実なんだ」
「そんな、ことって……!」
少女はうな垂れて、声を漏らした。
「私の村は、魔王軍に滅ぼされたのですよ? 師匠はそんな中から、私を救い出して下さったのです。それなのに、そんな仕打ちを……!」
「あぁ、違うんだ。リリス――すまない」
「なにが違うのですか!? どうして、どうして謝るのですか!!」
ヴィトインの謝罪に立ち上がり、詰め寄るリリス。
服を掴んで答えを求めた。すると彼は、ゆっくりと彼女を見て――。
「キミの村は、魔王軍によって滅ぼされたのではない」
「え……?」
そう、言った。
「キミの村を滅ぼしたのは――」
そしてリリスが耳にした事実。
それはきっと、生涯彼女の耳に張り付いて離れないもの。
「――――私だ」
◆◇◆
深い闇の中で、リリスは意識を取り戻した。
ずいぶんと懐かしい夢を見ていたような気がすると、そう静かに思う。
「あぁ、私は……何、を……?」
全身が鉛のように重かった。それでも、彼女は立ち上がり一歩を踏み出す。
無意識下のうちに、帰ろうと思ったのだろう。大切な仲間たちのいる場所へ。ここがどこかも分からないままに、それでも前に進もうとしていた。
だが、それも本当に束の間のこと。
ある記憶がリリスを深い闇へと誘うのだった。
『私が憎いのなら、殺すんだ――リリスくん』
別れ際に、師が口にした言葉。
それは決別のそれ。リリスが抱いた不信感に対する、彼の返答だった。
「あ…………っ!」
リリスは、その時から冒険者となったのである。
そして同時にヴァンパイアハンターを名乗ることとした。ヴィトインというヴァンパイアをのみ狩る、限定的な存在となったのだ。
その選択が正しかったのかは、分からない。
それでも、少なくとも彼女はこの数十年間を生き抜くことが出来た。
自らを救ってくれた師――ヴィトインを殺すという、その目的を果たすために。
「あぁ、私はもう――」
だが、それも終わりが近い。
リリスはそれを、その身をもってして感じ取っていた。
「どこにも、いけないのだな……」
その小さな呟きは、またも闇の中に溶けていった。




